第21話 帝王との闘い
「所長。どうするんです。明日は闇試合の日ですが行くんですか」
「そうだな、どうしようかな」
「ねぇねぇ、行きましょうよ。私より強いのがいると言うのなら是非戦ってみたいわ」
「相変わらずだな。おまえは」
「詩芽、お前はどうだ」
「私はどっちでもいいけど。所長が行くと言うのなら私も行きます」
「そうだな。黒沼もそれが望みらしいから行って見るか」
「ヤッホー!」
亜里沙と豊洲には午後は野暮用だと言って抜けた。黒沼には前もって連絡をしておいた。約束の場所に行くと黒沼は待っていた。
「来たか。やっぱり来ると思っていたよ。あんたはそう言う人間だ」
「あんたに言われたくはないがな」
「それとな、今日は特別試合がある日なんだ」
「特別試合?」
「そうだ。闇試合の帝王が現れる」
「強いのか、その帝王と言うのは」
「俺はそいつに負けて引退した」
「なる程な、あんたの目的はそれか。まぁいい。見せてもらおうか。その帝王と言うのを」
四人は黒沼に連れられてまた闇試合の会場に向かった。会場は既に熱気に包まれていた。
試合は中盤戦のようだった。やがて休憩に入り、またエキシビジョン・マッチが始まった。その時会場アナウンスが
「本日もまた前回の優勝者、華麗なお二人の女性闘士が来ておられます。みなさん盛大なる拍手をお願いいたします」
その瞬間会場は割れんばかりの拍手が響き渡った。
「なんなんですか、これは」
「黒沼さん、謀ったな」
「そうじゃないだろう。あの子達だって出たいんじゃないのか。だから手間を省いてやっただけだよ」
詩芽もリカも戸惑いながらもまんざらでもない感じだった。しかも二人共ちゃっかり戦闘服を持って来ていた。
「おい、何だそれは」
「だってさ、大事な服が破けたりしたらもったいないじゃん」
「そう言う問題か」
戦闘服に身を包んだ二人はまた試合場に立った。今回は一般選手の中からも挑戦者があった。
それも上位者だ。前回の戦い方を見て刺激されたんだろう。あの女達を倒してみたいと。
それでも詩芽達は順調に勝ち進んだ。詩芽の最後の相手は一般の3位の選手だった。
ムエタイの選手だ。蹴りと打撃が主体だが投げ技もある。接近戦では膝と肘が怖い相手だ。
ムエタイの選手は果敢に攻めたが、それでも詩芽には全て受け流されてしまった。
残った勝利の方程式は接近戦だ。捕まえて膝蹴りで勝負をつける。この体格差なら顎への膝蹴りも十分に可能だ。
そう思って、クリンチに持ち込み何とか詩芽を捕まえ、首の後ろを押さえて膝蹴りの態勢に持ち込んだ。
これで終わりだ。この態勢なら投げる事も出来ないだろ。それにこの態勢から出せる打撃技などないはずだった。
その時彼は見た。その少女の拳が自分の腹部に当てががわれているのを。
しかしそれが何だと言うのだ。そこから何が出来る。接触する形で拳が触れているだけだ。何も出来るはずがないと。
しかしその瞬間、目も眩むような衝撃がその男を襲った。その場から後ろに数メートルはふっ飛ばされた。
だた飛ばされただけではない。意識も一緒に完全に飛ばされていた。
1週間位は起き上がれないかも知れない。ともかく凄い発勁だ。
こんな技を使える人間が本当にいたとはと会場中の人間が驚いた。そして物凄い拍手が響き渡った。
選手口で見ていた選手達が騒いでいた。
「あれって本当に発勁なのか。あんなものが本当にあるのかよ」と。
第二試合はリカだった。こっちも無難に勝ち進み後は決勝戦を残すばかりだった。
しかしここで彼女の前に立ちはだかったのは一般6位のレスラーだった。なんと身長215センチ、体重200キロと言う化け物だ。
如何にリカが詩芽より多少体格に恵まれているとは言え、所詮身長168センチでは相手にならないだろうと誰もが思った。
試合開始と供にレスラーが突進した。まるでリカをノシイカにする勢いで。
なのにリカもまたレスラーい向かって突進した。それはもう自殺行為以外の何物でもなかった。
そして衝突の瞬間、まるで爆発の様な空気の振動が会場に伝わった。
そしてレスラーが遥か後方に蹴り飛ばされていた。常識では不可能な事だった。勿論これもリカが蹴りに気を込めて蹴り飛ばした。
どちらも信じられないような勝利を収めた。これで益々彼女達の人気は高まった。
それを貴賓室から見ていた男がいた。そしてその目は会場にいる鳴海に向けられた。
エキビジョン・マッチも済んで、一般試合の優勝者も決定した。今回の優勝者は総合格闘家だった。
ただこの男は帝王には挑戦しなかった。第2位のレスラーが帝王に挑戦する事になった。
帝王との特別試合、これは誰もが待ち望んだものだった。それはどっちが勝つかではない。
勝敗は既に決定してるとみんな思っていた。ただ帝王が今回はどの様に料理するのか。それだけがみんなの楽しみだった。
帝王が現れた。こちらも巨漢だ。身長210、体重160キロ。鋼鉄の様な肉体をしていた。
対戦したレスラーも195センチあったが、まるで子供の様に扱われた。
そして最後は高々と頭の上に差し上げられ会場の外に放り投げたれ、それで終わってしまった。
あまりにもあっけない試合だった。ただ投げられたレスラーは頭から落ちた模様だ。死ぬかも知れないなとみんな思った。
しかしこのあっけなさに会場の観客は不完全燃焼気味だった。その時、帝王が急に会場の一角を指差した。
それは鳴海に向けてのメッセージだった。「降りて来て俺と戦え」と言う。
帝王がこんな事をしたのは後にも先にも今回が初めてだった。一体何の為に、また誰を。みんなは驚いていた。
鳴海にはわかっていた。あいつが俺を呼んでいると。鳴海が立ち上がろうとした時、リンが止めた。
「何も所長がわざわざ出る事もないでしょう。あんなやつ、俺一人で十分ですよ」と。
リンと鳴海が揃って会場を下り、試合場の前まで来た。そしてリンが
「お前の相手は俺がしてやる。もし俺に勝てたらこの人がお前の相手をするだろう。しかしそんなチャンスはまずないと知れ」
これには黒沼が驚いていた。
「無理だ。お前では無理だ。こいつの相手は鳴海にしか出来ないんだ」と。
帝王はフンと鼻で笑って指を上に曲げて試合場へ誘った。まるで遊んでやると言わんばかりだった。
「所長、大丈夫なんですかリンさん。相手、滅茶苦茶強そうですよ」
と詩芽とリカが傍に来ていた。
「何言ってるの先輩。リンに勝てる者なんかこの世にいないんだから。まぁ、鳴海さんを除いてだけどね」
「おまえならどうだ詩芽。勝てるか」
「わかりません」
「正しい見方だな」
リンと帝王は試合場に上がった。冷たい石の舞台が心地よかった。リンは静かにそこに立っていた。
何の緊張もない。帝王もまた何の意識もしていなかった。しかしこっちはお前など問題外だと言う無意識だったのだろう。
仕掛けたのはリンだった。何気なく帝王に向かって歩き出し、すーと間合いに入った。そして帝王の腹部に掌を置き、すっと力を入れた。
それだけで帝王は数メートル後ろに弾かれた。倒れはしなかったものの帝王の顔に驚きの表情が見えた。
『まさかこいつ、俺と同じ技を』
そう言えばさっきの二人の女達も同じ様な技を使っていたなと思い出した。
『こいつらは一体』
黒沼も驚いた。このリンと言う男がこれほど出来るとは思っても見なかった。
もしかすると鳴海と同等か。そんな思いがした。
「いいだろう。本気で相手をしてやろう。ただし死んでも文句は言うなよ」
そう言って帝王の攻撃が始まった。技は実に単純なものだった。ストレートパンチにキック。
どれも簡単に受けられそうに思えた。しかしこれが罠だった。受けに行った手足はみな粉砕されてしまう。
帝王の身体に当てた拳でさえ粉砕された。だから誰も帝王には触れる事さえ出来なかった。
唯一闘いらしいものをしたのは黒沼だけだった。だが今は違う。二人は戦っていた。供に拳を出し、蹴りを出し合って。
どちらの拳も足も壊れてはいない。これはどう言う事なのか。誰もが我が目を疑っていた。
「所長、あれって」
「そうだ。供に気で戦ってる。双方の拳脚に気を乗せて打ち合っているんだ。だから気力の落ちた方が負ける」
「何処で身に着けたかは知らんが大したものだ」
「でもあれじゃー基礎体力の大きい帝王の方が有利なんじゃ」
「いや、違うな。質の問題だ。帝王のは所詮格闘の世界の技だ。しかしリンのは違う」
「違うって、どこがどう違うんです、所長」
「まぁ、見てればわかるさ」
これでは埒が明かないと思った帝王は持てる気の最大パワーを右拳に込めてリンを打った。リンはそれに対し掌で受け止めた。
普通なら受けたリンの手の方が粉砕されるはずだった。しかし異様な音と供に粉砕されたのは帝王の拳だった。いや、拳から前腕までが破壊されていた。
それは見事な返し技だった。相手の気を引きこみそのまま自分の気を上乗せして返したのだ。あの瞬時に。それは誰にでも出来る技ではなかった。
最高難度の技だ。よほど気の扱いに熟達した者にしか出来ない技だった。
それをリンはいとも簡単にやってのけた。帝王など足元にも及ぶものではなかった。
そして動きの止まった帝王の懐にリンは入り、胸に掌を当てて発勁を発動させた。帝王は場外まで吹き飛ばされ起き上がってはこなかった。
完全に意識を失っていた。こんな事を誰が想像しただろう。この10年間誰一人としてなし得なかった事だ。
「凄い所長、リンさん。凄いですよ」
「詩芽、覚えておけ。あれが格闘の世界と戦場の違いだ」
「戦場って何ですか、所長。ここは日本なんですけど」
「まぁ、その内わかる」
そうしてリンはあっさりと帝王を葬り去ってしまった。ただこれでは会場が収まらない。そこでリンはマイクを取ってこう言った。
「これは正規の試合ではない。あくまでアトラクションだ。だからこれで今までのタイトルや順位が変わる事はない。帝王に関して、これからどうするかは選手達の問題だろう。もし必用ならまた新しい帝王を選べばいいだけの話だ。我々はこれで失礼する」
そう言ってリンと鳴海達一行は会場を去った。それでも会場はまだ騒然としていた。
この時、帝王のリングサイドから暗い刺すような目で見ていた男のいた事を知っていた者はいただろうか。
「所長、あれ」
「お前も気がついたか。あいつ相当なものだな」
「ええ、もしかすると帝王と互角か。いや、それ以上かも」
「かも知れんな。どっちにしても厄介な相手になってくれなければいいが」
「そうですね」
一緒に出て来た黒沼は疲れがどっと出た感じだった。あれは一体何だったんだと。
「リンさんとか言ったか。あんたは一体何者なんだ。いや、あんだけではない。あんたらみんなだ。あんたらは本当に人間なのか」
「違うと言うのか、黒沼さん」
「俺には化け物としか見えないんだがね」
「世の中は広いさ。中には俺達みたいなのもいるし、もっと強いのもいるかもしれない。そう言う事だろう。あんたが敵わなかったあの帝王もまた人間だよ」
「俺はまだ修行が足りんと言う事なのか」
「さーな、それはあんた次第だろう」
「あ、そうだ言い忘れたが、武藤はちゃんと就職したよ。今、警備主任として働いてる」
「そうか、それは良かった。あいつの事だけが気になっていたんでな。きっとあんたが何とかしてくれたんだろう。礼を言う」
「ではまた機会があれば会おうか、黒沼さん。失礼する」
「しつれいしまーす」
と言ってみんは黒沼から離れて言った。
「おしかったな。もっとやってればもっと稼げたのに」
とリカが未練がましく言っていた。
「その代わり死んでいたかもしれんぞ。ははは」
「そうか、そう言えばあいつ、やばかったもんね」
四人は何事もなかった様に帰路についた。
鳴海達の後を見送りながら黒沼は
「やっぱりあいつらは化け物だったか」と一言いった。
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