第84話 ピコ=ヨトゥン=クエタ

─明後日


 僕はシロと二人、魔法学校?の理事長室に居た。



「我が魔導学園、【リリーズ・マジカルアカデミー】へようこそ!」


「聞いてませんでしたが?」


「はて、何のことかしら?」


「理事長じゃないですか!?」


「何を言ってるの? 私は元理事長であって、今は特別名誉顧問ですのよ?

 現理事長クラリスへ全ての権限は譲渡しているわよ?」


「じゃあ、どうして理事長室にいるんですか?」


「あなたたちが来るって言うから借りてるだけだわ。 別に他意はないかしら」


「………………」


「マダムかっくいい〜♪」



 今日のマダムは胸元が強調されたスーツで、いつものランジェリーを思わせる衣装とは打って変わって引き締まった印象なのだ。 普段からこうあってほしい。



「それで、試験はどちらで行うんですか?」


「まあ、待ちなさい? あと一人編入試験を受ける者がいると言ったでしょう? じきに来るはずよ?」



─コンコン⌒☆

 巨大で分厚い理事長室の入口のドアノッカーが鳴らされる。



「どうぞ〜♪」



 マダムが軽い口調で返事をすると大きなドアを開けて入って来る大きなひとつの影がのそりと入って来た。



「失礼しま……」


「あ……!?」


「クロさんじゃないっスか!?」


「何やってんだ、ハイモス!? まさかお前が編入生のお貴族様!?」


「とんでもない!! 俺は付き添いで来ただけで……編入生はこちらのお方……王子殿下、どうぞお入りください!」


「王子っ!?」


「はい、こちらはヨトゥン巨国第三王子、ピコ・ヨトゥン・クエタ殿下です」



 ……紹介された王子はどこにも見当たらない。



「あの……すみません、本日はお世話になります。 ピコ=ヨトゥン=クエタと申します。 宜しくお願いします」



 ハイモスの大きな身体の背後、いや、足元から小さな、とても巨人族とは思えない、小さな少年がちょっこりと顔を出して恥ずかしげに名乗った。 何故か片目に眼帯を付けて、胸には大きな石のペンダントをしている。


─妖精?


 と思える程に可愛らしい。



「王子、お初にお目にかかります。 当学園の特別名誉顧問を務めております、ヘンリエッタ=ジャガーノート=リリーと申します。 どうぞ、お見知り置きを」


「マダム、遅くなりました。 従者のセバスチャン様が来られなくなり、急遽こちらのハイモスさんが王子の付き添い人となります」


「分かったわ。 ご苦労さま、クラリス。 下がってよろしくってよ?」


「はい、失礼します」



 理事長?のクラリスさんはひとつお辞儀をすると部屋を後にした。

 いや、彼女の部屋だろう? と、突っ込みたかったが、お貴族様の……しかも殿下の御前、あまり軽口も叩けない……。



「王子、そんなに緊張なさらなくって大丈夫ですよ? どうぞくつろいでください」



─パチン

 瞬時に大きなソファと小さなソファが用意される。


─パチン

 テーブルに紅茶とお茶菓子……魔法とは言え、どんな原理だ!?



「王子殿下、申し遅れました。 私、本日殿下と編入試験をご一緒させていただく、ノワール(クロ)と申します。 こちらは妹のロゼ(シロ)、以後お見知りおきを」


「ピコちゃんよろしくね♪」


「こら、ロゼ!? 王子にピコちゃんはいけないよ。 ピコ様とお呼びしなさい?」


「いえ!ノワールさん、そして皆さんも、ボクのことはピコと呼んでください。 愛称も構いません!

 王子だと言う事は他の人には黙っておいて欲しいです。 敬語も礼儀作法も必要ありません。 普通に扱っていただけると助かります」


「わかったわ。 皆さん宜しくって? 王子と言う事は他言無用。 契約魔法が必要かしら?」


「いえ、必要ありません。 皆さんを信用しております」


「ピコさん、とても好感が持てますわ♪ それでは皆さん、場所を移しましょう!」



 僕たちは学園の本館から少し離れた所に位置している【魔導訓練棟】へと移動した。

 ハイモスが何か言いた気にしていたが、知ったことじゃない。


 マダムの所有する【リリーズ・マジカルアカデミー】、つまりこの魔導学園も広大な敷地に設けられている。 リリーズ・キャッスル程ではないが、それこそ街一つ飲み込むくらいの広さはあるだろう。 


 本館棟、魔導訓練棟、魔導研究棟、魔導具研究棟、魔法生物研究棟、魔法植物研究棟、図書館棟、学生寮など敷地内には多岐にわたる建物があり、ニヴルヘル冥国の魔導研究がここに集約されていると言えるだろう。


 魔導訓練棟は入るなり大きなドームとなっている。 詳細には大きなドームが四つ、地下に中くらいの部屋が八つ、地下二階に小さな部屋が十六部屋もある。 どの施設も魔防壁で仕切られていて、魔法による破壊は実質不可能となっているらしい。

 それってマジックキャンセラー的な要素が含まれているよね? 魔法って完全に防げるものなのか? まあ、そんな魔法の事を学びに来たのだ。 先ずは試験に受からなければ話にならない。


 僕たちは地下二階にある一室に集まった。

 部屋にはいくつかの魔導具らしきものが用意されていて、それぞれの前に試験官と思われる人物が立っている。 マダムは順番にそれらの人物を紹介し始めた。



「右から紹介します。 魔導倫理・魔導関係法規を教えていただいているカトリーヌ先生。 身体強化系魔法の講師グレアム先生。 魔導具講師のボルトン先生。 そして我が校が誇る大賢者、エルサリオン教授です」


 各々頭を下げていく。

 カトリーヌ先生は人族と魔族のハーフ。 眼鏡の端で人が刺せるのではないかと思えるようなザマスメガネをかけていて、ブロンドの髪の毛もしっかりと団子に纏めた如何にも真面目そうなタイプ。

 グレアム先生は本当に魔法使いなの?と思うようなとても筋肉質な身体を持っている。 髪はアッシュブラックで少し大きめな角が生えている。 肌色は赤褐色。 ニヴルヘルなのにタンクトップを着ているのは、身体強化で寒くないと言う事だろうか?

 ボルトン先生はドワーフ族なのだと言う。子どもような小さな身体なのにしっかりとした肉付き。 肌色は浅黒く、髪の色もダークブラウンだ。 おぼこそうな顔立ちだが口髭が逞しい。 何と言うか……可愛い。

 エルサリオン教授はエルフ族だ。 細面ほそおもてで長い耳、どれくらいの時を経たのか、足元に届きそうな長い髭が特徴的だ。 色白で髪や髭も白髪化したのか真っ白である。



「マダム、大賢者はやめてくれ。 儂はまだ何も悟ってはおらん。 魔法もまだまだ未熟なヒヨッコじゃよ」


「あら、帝国のバハムート級ドラグーンを単騎で落とせるお方が、謙遜する必要はないのではありません?」


「やめてくれ、あれは事故じゃよ。 隕石が降って来て当たったんじゃ。 儂は何もしとらん」


「へえ……」


「まあまあ、そんな事は宜しいではありませんか。 それより心の準備は良いかしら?」



 赤いザマスメガネのカトリーヌさんは何故か興奮気味でやる気満々だ。 少し紅潮していて鼻息も荒い気もするが、気にしないでおこう。



「そうねカトリーヌ、始めてくれるかしら?」


「畏まりましたマダム。 それではピコさん? こちらの魔力計に手を当てていただけますか? こちらに右手、こちらに左手を」


「は、はい!!」



 魔力計と呼ばれるその魔導具アーティファクトは左右に魔水晶がはめられていて、そこに両手を置くようになっている。 正面に計測された数値が表示される電光掲示板が設置されていて、一目瞭然で解るシステムだ。



「ピコさん、魔力を右手から左手に流す要領でお願いしますわね? さあさ、お手をしっかりと……ふふふ♪」



 と言うと、カトリーヌさんはピコさんの手を取って魔水晶に置くと、ぴったり手のひらが当たるように、上から自分の手を添えた。


 ………………。


 ………………。


 まあまあ長い。



「さあ、計測いたしますわね♪」



 まだ計測してなかった!! 

 カトリーヌさんはピコさんの手を触っていただけだったのだ。

 マダムや他の講師もカトリーヌさんを訝しむ様な目で見ている。 きっとそう言うことなのだろう。 ピコさんやロゼは何も疑ってはいないようだが、ハイモスさんは少し不機嫌な様子だが……。


 ともあれ、合図と同時に魔導具アーティファクトは稼働している様子で、ピコさんの眼前にある数値計はぐんぐんとその数値を上げている。

 数値は万の位までは計測可能となっている様だが、万の位が6、7、8と上がり続けて行く……このままだと……。

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