捜索
「ペルル? いますか?」
オーリが、ペルルの部屋の扉を叩く。
「いないって! 馬車に乗せられて行っちゃったんだから」
頬を膨らませて、プリムラが後ろから言う。
「まあ待てよ。人違いだったら、それでいいだろ」
アルマが宥める。
が、室内からは返事がない。
「入りますよ」
一言告げて、すぐに青年は扉を押し開いた。
居心地のいい居間には、誰の姿もない。
床のあちこちに、幾つものクッションが散らばっているのが、異様だ。
「プリムラ。これは、君が出かける前から?」
「……ううん」
顔を青褪めさせて、プリムラが首を振る。
大股で中に入りこんだアルマが、他の扉を開く。
城塞では使える部屋はそう多くない。寝室と衣装室、浴室のどこにも、ペルルはいなかった。それらの部屋は、きちんと整頓されている。
「居間にいたところを、無理矢理連れ出されたか……?」
「いやでも、悲鳴の一つも聞こえなかったよ」
アルマと怒鳴りあっていた時なら、普通の会話は聞き逃した可能性はある。だが、異常な声が上がれば、オーリにはすぐにそれと気づかれた筈だ。
「声を出さないように脅されたのかもしれない」
それは重要なことではない。そもそも、ペルルはここにいないのだ。
視線をプリムラたちに向ける。
「どこで馬車に乗せてたって?」
「城塞の、南側。階段の外らへん」
だが、階段など幾つもある。
「地図が要るな。談話室に戻ろう」
オーリの言葉に、アルマがすぐに踵を返す。
「ねえ、そんなことしてる場合じゃないでしょ! 早く追いかけてよ」
「俺たちは今、ペルルを人質に取られてるようなものだ。騒ぎ立てるのは得策じゃない」
平坦な声で、アルマが告げる。
「だって、ペルル様が今どうしてらっしゃるか」
「危害を加えるのが目的なら、ここで実行できただろう。それをわざわざ連れ出したんだから、大丈夫だ」
一応慰めるつもりの言葉に、プリムラは鋭く息を飲んだ。
「何でそんなこと言えるの! 幾らペルル様のことがどうでもいいからって、あんまりよ!」
ぴたり、と足を止める。後ろから小走りについてきていた少女が、びくりと立ち止まった。
「誰がどうでもいいだと?」
彼に冷たく見下ろされるのは、先日経験した。
だがしかし、今回のアルマはその時よりも怒りと苛立ちが増大している。
それを真っすぐに向けられたことと、不安とが相まって、プリムラは今にも泣き出しそうだ。
「落ち着くんだ、プリムラ」
いつまでも子供たちがやってこないことに気づいて、先に進んでいたオーリが戻ってくる。ぽん、と片手を少女の赤銅色の髪に乗せた。
アルマは無言で踵を返すと、足音高く歩き出す。
「だって……」
アルマの視線からは解放されたが、
「彼が、本当はペルルのことを心底案じているんだってことぐらい、判ってるだろう。八つ当たりはよくない。特に、こんな状況で。判るね?」
だがそう続けられて、プリムラは不承不承頷いた。土に汚れた髪を何度か撫でて、オーリも歩き始める。
ぎゅ、と唇を噛むプリムラの手を、そっとケルコスが取った。
部屋に入ると、アルマは既に地図を広げていた。城塞内部ではない。砦全体の地図だ。
「どの辺りだって?」
プリムラとケルコスが、同時に一点を示す。
「今、兵士の居住区は北西から北東にかけて埋まっていっている。人気がない方へ行くとすると、南だな」
それは、北側が王都に続く街道へと向いていて、敵はそちらからやってくると思われているからだ。
「うん、馬車は南の方に走っていったよ」
「それに、馬車の屋根にスカーフを結びつけておいたわ」
口々にケルコスとプリムラが告げる。
唖然として、アルマとオーリは少女を見つめた。
「……お前、どうやってそんなことを?」
「屋根に飛び移ったのよ」
「プリムラ!」
何となく予想はついていたが、問いかける。あっさりと答えられて、オーリが声を荒げた。
「もう、終わったことをごちゃごちゃ言わないでよ。あれぐらい、クセロと仕事をしてた時にやったことがあるもの。怪我もしてないんだし、いいじゃない」
「それは結果として無事だったに過ぎない。そこまで無茶をしなくても」
「でも、ペルル様を連れて行った馬車に目印をつけられたのよ。そうでなかったら、どうやって馬車を見つけられるの?」
自信たっぷりに言うプリムラに、青年は更に何か言いかける。が、アルマがそれを遮った。
「よくやってくれた。ありがとう。オーリ、この件について責めるのは後だ。少なくともペルルを救け出して、グランに報告してからだな」
グラン、という名前に、プリムラが少し複雑な表情になる。叱られるかどうか、判断がつかないのだろう。
「……判ったよ。じゃあ、どうする? 南、と言っても広い」
「そもそも、グランたちに連絡をつけるのか?」
アルマの問いかけに、二人は揃って眉を寄せた。
正直、
グランらは、今日は閲兵式に向かっている。モノマキア軍、スクリロス軍、火竜王宮竜王兵、水竜王宮竜王兵が対象だ。アルマの代理として、テナークスも同行していた。
閲兵式はただでさえ時間がかかる。全部の兵士を対象とするなら、数日費やされると見ていいだろう。勿論、その只中にこんな知らせが届けばどれほどの騒ぎになることか。
しかし、この四人だけで砦の南半分を捜索することは、どう考えても無理だ。
「……人手が要るな。口が固くて、目端が利いて、隠密活動に長けた集団が」
ここが普通の街なら、クセロから地元の犯罪組織に口を利いて貰えただろう。
だが、ここは砦だ。一般人などいない。
「……あの。ロマは、どうかな」
おずおずと、ケルコスが口を挟む。
アルマとオーリが顔を見合わせた。
風竜王宮親衛隊は、今日の閲兵式の予定に入っていない。カタラクタの伯爵たちが微妙に乗り気でなかったからだ。
だからこそ、オーリが城塞に残っていられた訳でもあるが。
「イェティスがいるから、命令系統は問題ない。問題は、龍神に
「単独行動を禁じて、複数人で組んだグループで探索させれば、何とかならないか? それより人数だ。今、どれぐらいいる?」
「百二十程度だ。そもそもの人数が多くないし、志願兵もそれほど大量じゃない」
「四人ずつとして、三十組か。ある程度組織的に割り振れば何とか」
「その辺りは、イェティスと話した方がいい。出よう」
頷いて、地図を丸めようとする。が、その端を小さな手が押さえていた。
「どうした、ケルコス?」
苛立ちを押し殺して、尋ねる。
「あの、ごめん。やっぱり、無理かもしれない」
困ったように、少年が呟く。
「何故だ?」
「……ロマは、まだ、貴方のことを恨んでいるから。アルマナセル」
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