後悔
「だからどうしてそう君は意地っぱりなんだよ!」
「意地とかそういう問題じゃない。筋が通らないと言ってるんだ!」
その部屋の中は、怒号で満ちていた。
アルマは、親しい人間に対しては割と気が短い。忍耐強く接するのは大概が友好的でない相手だ。
大抵の場合はそれを楽しんでいたオーリだが、しかし彼としても楽しめない状況というものはある。
「大体、君はペルルの為だったらそんな筋、一本や二本や十本や二十本、捻じ曲げてきたじゃないか。どうして今回に限ってそう我を通そうとするんだ」
オーリの言葉に、思わず詰まる。
当のペルルに拒絶されたからだ、とは言えなかった。
元より報いを求めていた訳ではない。だが、話し合いすら拒まれた、と思っているアルマには、こちらから折れるということはできなかった。
理不尽さに対する怒りだけではない。拒絶されることに対する恐怖もあったが、それはまだ彼は自覚できていない。
「……どうでも、いいだろ。何だって、お前はそうお節介を焼こうとするんだよ。関係ないくせに」
「関係ない? 君は、まだそんなことを言うのか? 君は私の大事な友人だって、何度も言っているじゃないか」
捨て鉢に言った台詞に、オーリは眉を寄せ、強く主張する。再び詰まったアルマが、小さく息を吐いて口を開いた。
「お前、そう言っておけば俺が折れると思ってるだろう」
「私が? まさか。それとも君は折れるつもりだったとでも?」
「……いや」
が、口調を変えずに言い募られて、怯みながらも小さく返す。
「だろう。全く、三ヶ月前ならこれで簡単にごまかされてくれたっていうのに、君も随分図太くなったものだよね、アルマナセル」
「お前も手のこんだ嫌味を言うようになったよなぁ!?」
両手をわななかせて怒鳴る。いい加減、強引にでも追い出そうかと思ったところで、ふとオーリが声を落した。
「君が、それで後悔しない、と言い切れるなら、私もお節介は焼かないことにするよ」
「え?」
突然の言葉に、肩透かしを食らう。
だが、オーリの表情は真面目だ。
「君が、そうして意地を張っていて、もしも、この瞬間にペルルが死んでしまっていても、絶対に後悔しない、って言い切れるなら、ね」
「……何、言ってんだよ。言っていいことと悪いことが」
流石にその仮定は、気分が悪い。
「君こそ何を言っている? ここは戦場だ。少なくとも、早ければ一週間ほどで戦いが始まる可能性がある。ペルルは前線に出ないから安全だと思ってるのか? そんな予測に何の保障がある」
「オーリ……」
「戦場では誰が生きて誰が死ぬかなんて、運次第でしかないんだ。彼女と最後に何を話した? 彼女と一緒に何を見た? 彼女の笑顔を思い出せるのか?」
「オリヴィニス」
「君は後悔するな。したくなくたって、どうせしなきゃならなくなる。だけど、しなくていい後悔は、早いうちに回避しろ。君には、まだそれができる」
「ノウマード!」
堪りかねて、名を叫ぶ。最も馴染み深い名を。
その選択に驚いたか、ようやく青年は畳み掛けるような言葉を止めた。
「……お前は、ずるい。お前の一番大切なものは、お前を置いていったりしないじゃないか」
拗ねたような、咎めるような言葉に、オーリは一度目を瞬かせて、そして苦笑した。
「そうだな。ほぼ確実に、私は置いていかれることはないだろう。不公平だったね、アルマ。……でも、一度、私はそれを失いそうになったことはあるんだ。その経験に免じて許してくれないか」
「仕方がないな。許してやるよ」
言い争ううちにいつの間にか立ち上がっていた二人は、そこで再び腰を下ろした。天井を見上げ、溜め息をつく。
「……なぁ、ノウマード。謝るかどうかの見極めって、どこで決めてるんだ?」
「ん? まあ、私の場合は優先順位だね。その相手と、プライドのどちらが優先されるかを考えてみればいい。大事なものから目を離さなければ、大抵の場合は上手くいく」
「大事なもの、か」
小さく呟く。
「私が君の事をどれほど大事な友人だと思っているか、少しは判って貰えるかな?」
「そこら辺の判断はまだ保留だ」
にやにやと笑いながらの軽口をばっさりと切り捨てる。
ぼんやりと考えているうちに、オーリが身を起こした。不審そうな顔で、廊下の方へ顔を向ける。
「どうした?」
「いや、プリムラとケルコスが帰ってきたみたいなんだけど」
「あいつらが?」
オーリはもう廊下に出ようとしている。
「何かあったのか?」
「いや、何も話してないから。ただ、階段を駆け登ってる」
「四階だぞ!?」
呆れて、アルマも立ち上がった。足早に廊下を進むオーリの後を歩いていく。
やがて、彼の耳にもばたばたと騒がしい足音が聞こえ始めた。数メートル向こうの角を勢いよく曲がり、子供たちが姿を見せる。
「……オ、リ」
こちらの姿を認め、止まる。息が上がっていて、切れ切れに名前を呼んだ。疲れを一気に感じたのだろう、二人ともがぺたん、と床に膝をつく。
「おい、どうした?」
慌てて駆け寄る。プリムラは頭から土に汚れているし、ケルコスは更に腕や頬に擦り傷があった。
「怪我をしたのか?」
オーリは傷は癒せるが、ペルルのように外傷を感知できる訳ではない。心配そうに、背中を撫でてやる。
「ペルル、様、が」
呼吸がままならないのか、もどかしげに大きく喘ぐ。
「ペルル様が連れていかれちゃったよ!」
そして、泣き出しそうな声で叫んだ。
一瞬言葉に詰まって、その後アルマはゆっくりと視線を横へ向ける。
「……お前の仕込みか?」
「何でだよ!」
呆然としていたオーリが反射的に怒鳴り返した。
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