第13話 意外な依頼人 その2

 翌日。


「うひゃひゃ!! また来てくれたよーっ!!」


 黒子はまた本間ねねから依頼を受け取り、急いでダンジョンに潜った。


 いつもの依頼よりも速く速く向かっている。


 どうしてもあのおばあちゃんが気になるのだ。


 ねねがいるのは前回同様地下ダンジョン。

 攻略ルートが複数あるので、今回は昨日と違ったルートを進むらしい。


 そしていざ、黒子が合流すると、


「ね、写真撮ってよ写真!! ツーショット!!」


 ねねの孫も、いたのだった。


「え、なんで……」


「俺さークラスのみんなに自慢したんだけど、『本当にお前が撮ったのか』って疑われたんだよねえ。ネットで拾った動画じゃねえかって」


「君じゃなくておばあちゃんでしょ」


「あぁ、普段はおばあちゃんか映らないようにしてたから。俺が攻略してたことにしてんの」


 人の活躍を自分の手柄にしていたらしい。


「だから、こうして俺が直々に来て、俺の活躍を撮りまくるわけ」


 ねねが申し訳なさそうに頭を下げた。


「どうしてもというもので」


 孫に甘すぎるのも如何なものか。


「小学生はダンジョン禁止でしょ?」


「大丈夫だって。みんなやってんだから」


 確かに、ありとあらゆる手段でダンジョンに忍び込む子供は少なくない。


 とりあえず、黒子はねねに依頼品のポーションを渡したあと、渋々孫と記念撮影をした。

 本当に欲しいのはポーションではなく、黒子とのツーショットだったのだろう。

 一応ピースこそしているものの、笑顔のない仏頂面であった。


「あのね君、あんまりおばあちゃんを困らせちゃダメだよ」


「よその人間が口を出すなよ」


「なっ!?」


 孫もねねも納得し合っているのなら、確かに口を出すのは憚れるものだが……。

 それにしたってこの子供、教育がなっていなさすぎるようだ。


「ほら行こーぜおばあちゃん。おばあちゃん足遅いんだから、離れないでよ」


「はいはい」


 などと孫が先走った矢先、


「うわあ!!」


 落とし穴のトラップにまんまと引っかかってしまった。

 幸い、穴の縁に掴まってギリギリ耐えているようだ。


「あら〜、大変」


 ねねが引き上げようとするも、力及ばず。

 仕方なく、黒子も協力して孫を救出した。


「へへへ、危なかったぜ。ほら、行こうぜ!!」


 黒子には別の依頼も来ている。


 しかしこの2人を放っておくのは……やはり気が引けてしまう。

 黒子は他の依頼をキャンセルし、彼らについていくことにした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「おら!!」


 孫が金属バットで小型スライムを殴り飛ばした。


「へへーん、どんなもんだい」


 なんだかんだで、3人は順調にダンジョンを攻略していた。

 危険なときは黒子が対処しているのだから、当然であろう。


「ふぅ、ノブ雄くん、おばあちゃん少し休んでもいいかな?」


「えー、またー? おばあちゃん体力無さすぎ」


「ごめんねぇ」


「あ、黒猫さん、おばあちゃんにポーション飲ませてよ」


 黒子の眉間に皺がよった。


「ちょっと、おばあちゃんをなんだと思ってるの」


「いいんですよ宅配屋さん。ノブ雄くんの足を引っ張っている私が悪いのです」


「でも……」


 ねねはその場に座り込み、一息ついた。

 さすがに、老人の体には堪えるか。

 もう引き上げよう。そう黒子が提案する直前、孫は苛立ちを隠さず吠えた。


「俺もう先に行くからね」


「で、でもノブ雄くん」


「おばあちゃん使えないもん。俺一人で充分だっつーの」


 なんたる言い草か。


「じゃあね」


 孫が走り出す。

 どんどん小さくなっていく後ろ姿を眺めていると、


「うわ!!」


 絶叫と共に、孫はまた落とし穴に落ちてしまった。


「まったく」


 呆れる黒子の傍で、


「ノブ雄くん!!」


 休息を取っていたねねが走り出した。

 きっとまた大したことないだろう。そう黒子はため息をつきながら後を追う。


 穴はかなり深く、大きめで、どうやら下の階層に繋がっているようであった。

 罠、というより、風化して地盤が緩んでいたのだろう。


「いてて……」


「あぁ、宅配屋さん、どうしましょう」


「任せてください」


 リュックから縄を取り出す。

 引き上げるのには苦労するが、仕方ない。


「これに掴まってねー」


 と指示するも、孫は黒子たちがいる上方ではなく、前方を見つめていた。


「な、なんかいる……」


 怯え切った声色。

 腰を抜かして立ち上がれなくなっている。


「なんかたくさんいる!!」


 瞬間、黒子は思い出す。

 このダンジョン、巨大サソリの巣があったはず。


「まずい!!」


 黒子よりも先に、


「ノブ雄くん!!」


 ねねが飛び出した。


「ちょ、ねねさん!?」


 落下しながら、ねねが手をかざすと、シールドが出現した。

 防御のスキルを有しているのだ。

 シールドをクッションにして着地すると同時、一匹の巨大サソリが襲いかかった。


 ねねはシールドでサソリの尾を防ぐが、四方から別のサソリが迫ってくる。

 どうやら何匹もいるらしい。


「ねねさん!!」


 黒子も急いで落下する。

 黒子の靴はスキルで生み出した特製品で、落下の衝撃を和らげる力がある。


 着地と同時、黒子はお馴染みのフレイムガンを取り出し、応戦しはじめた。

 一対一なら大したことはないが、群れで囲まれるとさすがの黒子も厳しい。

 ましてや攻撃も防御もできない足でまといがいるのなら、尚更だ。


 とはいえ、一気に打開する手はある。

 黒子のアイテム生産スキルならば可能だ。

 しかし……。


「ノブ雄くん、撮影用のドローンちょうだい!!」


「え!? なんで!?」


「ドローンと別の素材を組み合わせる」


「じゃ、じゃあ俺のドローンはどうなっちゃうの!?」


「モンスターを一掃するにはそれしかないの!!」


「や、やだ!! 絶対やだ!! これがなくなったら、録画できなくなるもん!!」


 サソリの尾がノブ雄を狙う。

 どうにか孫だけは守ろうと、ねねはシールドで尾を防いだ。


「大丈夫よ、おばあちゃんが助けるかーー」


 油断していた背後を、別のサソリが突き刺した。


「あっ」


「おばあちゃん!!」


 ねねが地に伏せる。

 刺された衝撃、出血、そしてサソリの持つ猛毒がねねの生命力を奪っていく。


「ねねさん!!」


「お、おばあちゃん、な、なんで降りてきたんだよ!! 弱いくせに!!」


 第一声がそれか。

 黒子はフレイムガンと電撃銃の2丁でサソリたちを牽制しながら、怒鳴った。


「どこが弱いの!?」


「え」


「おばあちゃんは、体も悪いのに、いつもいつも君のために頑張ってきたんだよ。いま、君は怯えて動けやしない。でもおばあちゃんは、毎回そんな怖い思いをしながらダンジョンを攻略してたんだ。さっきまでだって、ずっと文句ばっかりの君を、精一杯守っていたんだよ!? なんにもできない君より、よっぽど強いよ!!」


「……」


「なんでもかんでもおばあちゃんに頼って、感謝もしないで、迷惑をかけてるだけ。君が、君がおばあちゃんを殺しかけているの!!」


「お、おれ……」


「いまならおばあちゃんを助けられる。撮影を取るか、おばあちゃんを取るか、どっちがいいの!?」


 孫の目がねねを見つめる。

 このままでは本当に危ない。


 ノブ雄の目頭が熱くなる。

 自分が、おばあちゃんを殺しかけている。

 自分のせいで、おばあちゃんが死ぬ?


「そんなわけ……」


 そんなわけないと反発したいけれど、恐怖と混乱で萎縮した脳みそと心では、そんな勇気すら湧かなかった。


 サソリたちの猛攻は止まらない。

 黒子がどうにか牽制してくれている。


 自分は、黙ってみているだけ。


 ようやく己の未熟さを思い知る。



 自分は、おばあちゃんや黒子を巻き込んで、駄々をこねて、なにか起きても、責任すら取れない。


 最高にダサくて、カッコ悪い。


 さっきだって、おばあちゃんが守ってくれなかったら、いまごろ自分は死んでいた。

 あんなに酷いことを言ったのに、おばあちゃんは……。


「おばあちゃん……」


 当たり前だと思っていた。

 おばあちゃんに頼るのが、甘えるのが。

 罪悪感すらなかった。


 でも、それは決して当たり前なんかではない。


「お、俺は……」


「おばあちゃんは君のために命をかけた。君は、なにができるの?」


 きっとこの状況、編集して投稿すればバズるだろう。

 しかし、ここまでしてダンジョン配信をすることになんの意味がある。


 おばあちゃんがいなくなってしまう。


 頼ることも甘えることもできなくなるのだ。

 一緒にテレビを見たり、お寿司を食べに行ったり、お母さんに怒られたあと慰めてくれることも、寂しいときの話し相手になってくれることも、知らないことを教えてくれることもない。


 わがままだって、もう聞いてもらえない!!


「だめだ……」


 なら、今度は自分が守らなくては。

 でないと、もっとカッコ悪い。

 おばあちゃんが自分にかっこいいところを見せてくれたように、自分も、おばあちゃんのためにかっこいいことをしなくては。


「黒猫さん、ごめんなさい」


「うん」


「撮影なんてできなくてもいい!! なんでもするから、おばあちゃんを助けてください!!」


「任せて!!」


 黒子は撮影用ドローンを手に取ると、さらにリュックから殺虫剤と緑色の魔力石を取り出した。

 風属性の魔法を強化する魔力石だ。


 3つの素材を手に取り、


「融合!!」


 生み出した緑色のドローンを頭上に飛ばす。


「私から離れないで」


 ドローンがプロペラから強風を吹かせ、黒子たちを中心に竜巻が発生した。

 もちろん、殺虫成分を含んだ竜巻である。

 竜巻の目、つまり風を受けない中心地にいる黒子たちだけが、その影響を免れる。


「あとはサソリ達がやられるのを待とう。この風と薬で、身動きできずに倒れちゃうから」


「お、おばあちゃんは?」


「大丈夫。私はアイテムデリバリーだよ? 解毒剤や止血剤なら常に持ってる。応急処置をして、病院に送ろう」


「……黒猫さん」


「ん?」


「本当にごめんなさい。ありがとうございました」


 素直に謝り、感謝した孫に、黒子は微笑んだ。


「お礼はおばあちゃんに、ね」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その後、ねねは無事に一命を取り留めた。

 案外傷は浅かった上、応急処置が功を奏し、数日程度で退院できたらしい。


 ノブ雄は深く反省し、自分が大人になるまでダンジョン配信は諦めるとのこと。

 これからは、たくさんおばあちゃん孝行をするのだと息巻いていた。



 ちなみに、アイテム生産の素材にされたドローンだが、録画機能は残っていたらしく、上手い具合に編集され、結局世に放たれたのだった。


・さすが黒猫


・おばあちゃんもすげえ


・子供もちゃんと反省したか


・黒猫なんでもありかよ!!


・強すぎんだろ……。


 これには黒子も苦笑いである。


「あ、あはは。またバズっちゃった……」

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