第12話 意外な依頼人 その1
「師匠、洗い物終わったっすー」
鎌瀬太郎が満面の笑みで告げる。
黒子はパソコンのモニターから目を離すと、キッチンへ向かった。
「ありがとう、鎌瀬くん」
「いえいえ、弟子っすから!!」
「あ、あはは」
ひょんなことから鎌瀬太郎が弟子(仮)になったわけだが、あまりにも「お手伝いしたい」としつこいので、黒子はこうしてときどき家事をお願いしていた。
一人暮らしだとついつい溜まってしまうものなのだ。
「おかげでベストタイミングで株を売れたました」
「なんのなんの!! ついでに洗濯物も回しといたっす」
「え!? 洗濯物!?」
「溜まってたんで」
「そ、それって……」
「安心してください。ちゃんと下着はネットにいれましたから」
「下着触ったんですか!?」
「気にしないでください。俺、ボンキュッボンな金髪外国人が好みなんで。師匠みたいなちんちくりんボディーには興奮しないっす!!」
「ち……」
瞬間、黒子はここがダンジョンじゃなくてよかったと心から安堵した。
ダンジョンだったら太郎をモンスターに食わせてる。
この鎌瀬太郎という男、弟子入りする前は横暴で失礼なやつだったが、弟子入りしてもナチュラルに失礼なやつであった。
「と、とにかく、干すのは自分でやるから。鎌瀬くんは休憩でもしててください」
「はいっすー」
はぁ、と大仰なため息をつくと、スマホが鳴った。
デリバリーの依頼が来たようだ。
さいたま市にある『ウアジェト』と呼ばれる地下ダンジョンだ。
依頼主は本間ねね。体力と魔力を回復させるエリクサーをご所望らしい。
「ちょうど時間空いたし、行ってこようかな」
「俺もお供するっす!!」
「鎌瀬くんはここでお留守番」
足手まといだから。
とは言わない黒子であった。
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「おおおおお待たせしましたーーっ!!」
毎度のように電動キックボードで参上した直後、黒子は視界に入った光景に思わず硬直した。
地下ダンジョンの第3階層。少し広い空間には、他のフロアへ通ずる穴がいくつか開いている。
中には行き止まりもあるだろう。どれが正解の道かはわからない。
そんなことよりも驚愕すべきなのは、じっと正座をしている、1人の老婆の存在。
齢80前後だろうか。
あまりにも場違い。あまりにも意外。
「あ、あの、黒猫黒子のデリバリーサービスなんですけど……」
「ほえ? あ〜、宅配屋さんかね」
「え……本間ねねさんですか?」
「はい。本間ねねと申します」
マジか……。
と、さすがの黒子もこれには苦笑いである。
しかもこのねねという老婆の頭上で、ドローンが滞空している。
配信をしているのだろうか。
いや、コメントを見るためのバーチャルディスプレイはないので、ただの録画の可能性がある。
「あ、えっと、エリクサーお持ちしました」
「あら〜、よっこいしょ。わざわざありがとうございます」
「いえいえ」
老婆の方から小さな声が聞こえてくる。
耳につけているワイヤレスイヤホンを通して、誰かが喋っているのだろう。
「あの、宅配屋さん」
「はい?」
「孫がお話ししたいとお願いしているのですが……」
「あ、はい」
孫と通話していたらしい。
「はてはて、どうするのだったかしら」
ねねがスマホを取り出して操作すると、彼女の横にバーチャルディスプレイが出現した。
明らかに若い、生意気そうな小学生男子が映し出されていた。
『すっげーー!!!! ホントにきたよ黒猫黒子!! おばあちゃんマジさんきゅー!!』
こんな子供にまで名が知られて、少しこそばゆい黒子であった。
『なあおばあちゃん、サイン貰ってよサイン!! 友達に自慢しよ。ネットの有名人のサインなんてみんは羨ましがるよ!!』
「いや、サインが欲しいのはこっちなんですけど……。ていうか、これはいったい?」
『俺、小学生だからダンジョン入れないじゃん? だからおばあちゃんにダンジョン攻略してもらって、その動画を俺が編集して投稿してんの!!』
「へ、へえ」
黒子は基本的に誰に対しても優しい性格だが、年上に敬語を使えないガキは苦手であった。
『やべ!! もう友達ん家行かなきゃ!! おばあちゃん、ダンジョン攻略頼むよ!!』
「はいはい。わかってますよ」
朗らかで、優しそうに頷いた。
『おばあちゃん足遅いんだから、頑張ってね!!』
最後にクソ失礼な発言をして、孫は通話を切った。
孫の代わりにダンジョン攻略をするおばあちゃん。
こんな依頼人、黒子もはじめてだ。
「えっと、では先に受け取りのサインを」
「はいはい」
「あの……」
「はい?」
「嫌じゃないんですか? いくら孫のためとは言え、ダンジョンは危険が多いわけですし」
「ふふふ、どうせ生い先長くない身ですから、孫にカッコいいところを見せたいのですよ」
スラスラとサインを書き終えると、ねねはエリクサーを受け取り、グイっと口に含んだ。
それがさらに、黒子の不安を掻き立てる。
「回復系アイテムはエナジードリンクみたいなもので、生命力の前借りでしかないんです。あんまり頼らないようにしてくださいね」
「ご忠告、ありがとうございます」
深々とお辞儀をされて、黒子もつい頭を下げてしまった。
「私もサイン、いただいてよろしいですか?」
「あ、はい」
リュックからメモ帳を取り出し、サインを書く。
有名人らしいサインなど書けないので、とりあえず黒子は自分の名前と猫のマークを書いておいた。
「本当に、ありがとうございました。これで先に進めます」
「ここ、30階層までありますけど……」
「私はCらんく? なので、一番下まで降りられません。もう少しで帰りますよ」
「ついて行きますよ」
「平気です。お忙しいのでしょう?」
実際、ここに来る途中で新たに依頼が来ていた。
できればすぐにこのダンジョンから出たいのは、事実であった。
「本当に大丈夫ですか?」
「はい」
10階層までなら、雑魚モンスターしか出てこない。
それになにかあれば救助隊が助けてくれるだろう。
黒子は若干の罪悪感を抱えながら、ダンジョンを後にした。
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「っぱり気になるなー、あのおばあちゃん」
「どうかしたんすか?」
帰宅後、黒子は太郎が入れた緑茶を飲みながら、あの老婆について考えていた。
いつからやっているのだろう。
いつまでやるつもりなのだろう。
孫はちゃんと感謝しているのか。
どうして孫のためにそこまでするのか。
「人のために尽くすって、大変だよね」
「そうっすか? 俺は師匠のために働くの好きっすよ。こう、生まれ変わってく気がして。もはや生きがいっす」
「あ、ありがとう。嫌になったらすぐに辞めて良いからね」
「自分、空いた時間はダンジョン攻略に費やしてるっす!! ダンジョンでもお役に立てるように!!」
「あはは」
乾いた笑いである。
コンクリートの上で干からびているミミズくらい乾いている。
「あ、そいえば洗濯物、干しといたっす!!」
「え!?」
バッとベランダを確認してみれば……あった、下着が堂々と。
「私がやるって言ったのに!!」
「だって師匠、お仕事に行かれていたので」
「で、でも!! あんな干し方して、誰かに見られたら恥ずかしいよ!! しかも、鎌瀬くんに触られてるし」
「平気っすよ。ここはタワマンの20階。誰も見ませんって。それに、俺が好きなのはボンキュッボンの……」
「そういう問題じゃなーーいっ!!」
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