第11話 過去回① 黒子の過去っ!!

 それは8年前のできごと。

 当時の黒子は7歳の、口数が少ない子供であった。


 学校に友達はいない。

 近所に住む幼馴染の千彩都は、私立の小学校に通っていた。

 休日にしか会えない仲だったのだ。


 学校ではいつもひとりぼっち。

 寡黙だから友達ができないのではない。

 友達がいないから物静かなのだった。


 自分から喋りかけることはしない。

 そんな権利はないと思っているから。


 自分は犯罪者の娘。

 人殺しの子供。


 周りはみんな怖がって、無視して、


「来たわ、化け物」


 イジメられもしていた。

 クラスを仕切る女子が、黒子のふでばこを奪って床に落とす。

 散らばった筆記用具を、容赦なく蹴り飛ばす。


「はははは、いい気味ね、化け物」


 周りの女子も笑っている。

 見てみぬフリをする子もいる。


「なんとか言いなさいよ!!」


「……ごめん」


「もっと心を込めて謝れっての!!」


 頭を押さえつけられ、強引に額を机に押し付けられる。

 なぜイジメられている方が謝るのか、答えは単純だった。


「ぜんぶ、ぜんぶあんたの親のせいなんだから!!」


 少女、飯島ゆゆの瞳が潤みだす。

 彼女の父は殺されたのだ。黒子の両親に。


 金を騙し取られ、命まで奪われたのだ。


 だから、黒子はイジメを受け入れるしかなかったし、ゆゆに何度も謝罪を繰り返していた。


 自分はなにも悪くないのに。


 クズとクズの間に生まれた自分も、またクズなのだろうか。

 ならば、自分の生きる意味は?


 違う、違うと何度も脳内で反芻する。


 自分は、クズじゃない。


 そう信じたいのに。


「ほら化け物、あそこのキモイの叩きなさいよ」


 ゆゆが窓際にいる少女を指差す。

 黒子と同様に物静かで、いつも本を読んでいる女の子。


「え」


「ほら、化け物らしく悪いことしなさいよ!!」


「でも……」


「はあ? 私に逆らうの? 私のパパを殺したくせに。あんたも悪いやつだって、ママや弁護士に言いふらしてやる!!」


 全身から血の気が引く。

 大人に告げ口をされたら、きっと嫌なことが起こる。

 そんな子供らしい漠然とした不安が黒子の心臓を締め付けた。


「うぅ」


 もしかしたら、自分も逮捕されるのだろうか。

 犯罪者の娘が、被害者の娘に逆らったから。

 世界中から怒られるのか。

 みんなからもっとたくさん殴られるのか。


 そんなの嫌だ。絶対に嫌だ。

 これ以上不幸になるくらいなら、私は……。



 世間を知らなすぎるが故の想像力が仇となる。

 そして、黒子は、


「ごめん」


 指示通り、少女の頭を叩いた。

 ゆゆが笑う。愉快そうに、喜色満面で。


 対して少女は、


「大丈夫だよ」


 優しく微笑んでいた。

 なにをしても笑顔で返す変なやつ。だからこの子は、イジメられているのだ。


 そうだ。きっとこの子はなにも感じてない。

 なら、何も気にしなくていい。

 飯島さんの子分として、一緒にこの子をイジメ続けていれば、私は許されるかもしれない。

 仲間として認めてくれるかもしれない。


 そのためなら、もう、クズでもいい。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ほら、先に行きなさいよ化け物」


 その日の晩、黒子とゆゆはとあるダンジョンに侵入していた。

 まだダンジョンの管理が杜撰すぎた当時、本来立ち入り禁止対象である小学生が、好奇心で侵入する事件が相次いでいた。


 黒子の後ろを隠れるゆゆが、スマホを構える。


「ふふふ、配信の仕方はわからないけど、動画を編集して投稿してやるわ」


「い、飯島さん、怖いよ……」


「言いから黙って前を歩きなさいよ」


 お互いにビクビクしながら薄暗い迷路を進んでいると、


「うわっ!!」


 巨大なヘビのモンスターが現れてしまった。

 子供なら軽く飲み込めるほど大きい。


 黒子とゆゆが同時に未来を予知する。

 

 きっと殺される!!


 一斉に踵を返して走り出す。

 逃げなくては。

 ヘビも空腹を満たそうと追いかける。

 2人の全細胞が生存のために働き出した、そのとき、


「あっ!!」


 ゆゆが足をくじいて転んでしまった。

 瞬間、黒子の脳裏が好機と訴える。


 ゆゆが食われてる間に逃げ切れる。

 そしてゆゆもこの世からいなくなる。


「た、助け……」


 見捨ててやる。生き残ってやる。

 自分のために。自分の幸福のために。

 どうせ私も、クズだから。


 ヘビの口が大きく開いた瞬間、


「危ない!!」


 見知った顔の少女が舞い降り、ヘビの頭部が爆発した。


「え……」


「大丈夫? って、飯島さん、失神してるね」


 少女がニコリと笑う。

 間違いない。今朝方黒子が叩いた女の子だ。


 なぜここにいるのか。

 なぜヘビは死んだのか。


 様々な疑問が光速通信のように駆け巡る。


「な、なんで……」


「なんでって?」


「なんで飯島さんを助けたの」


 それが最も気になる謎だった。

 彼女だってゆゆにイジメられていたではないか。


「うーん。なんでって……大事なクラスメイトだから」


「大事? どこが?」


「飯島さんも、黒猫さんも、悲しいことから一所懸命目を背けているだけなんだよ。私を標的にすることで、辛いことを忘れられるなら、それでいい」


 はじめて、彼女がここまで喋っているのを聞いた。

 なのに、何を口にしているのか、黒子はまったく理解できなかった。


「私は、人を元気づけられるほど頭も良くないし、面白くもない。けど、できる限りどんな人でも、幸せでいてほしい。毎晩唇を噛み締めて、涙で枕を濡らすような人なら、尚更」


「……」


「私に八つ当たりして、一時的にでも安心できるなら、私は構わないの。不器用なやり方だけど、それしかできないから」


 悪寒が走った。

 先ほどより一回り小さなヘビのモンスターが、無数に集まってくる。


「子供たち、かな。参ったな、このモンスター、毒があるのに」


「あ……あ……」


「救助隊を呼んであるから、じっとしてて。私が食い止める」


「ど、どうして、そこまで……」


「頑張って生きているクラスメイトを助けるのは、あたり前のことでしょ?」


 ヘビたちが一斉に襲いかかる。

 黒子はゆゆの側まで駆け寄り、蹲ってじっと目をつむっていた。

 爆発音が聞こえる。

 少女の苦しそうな声が聞こえる。


 なんでこの子は、人のためにここまでやれるんだ。


 自分は、自分のために人を殴ったり、見捨てたりした人間なのに。

 羨ましい。こんなふうに生きたかった。


 誰かのために、いつも笑顔で、強く生きてみたかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 それから3人は救助されたが、少女はヘビの毒を受けて都内の病院で長期的な入院を余儀なくされた。

 家から遠すぎて、一度しかお見舞いに行けていない。


 そして彼女に救われた事実を知ったゆゆは、人が変わったように黒子へのイジメをやめた。

 子供ながらに察したのだろう。自分はちっぽけで、彼女の寛大さに甘えていただけだと。


 黒子もまた同様に、決意した。


 あの子みたいになりたい。


 時が経ち、その子の顔も名前もぼんやりしてしまったが、あのとき抱いた気持だけはいまでも胸に宿っていた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


※あとがき


定期的にキャラの過去回を入れていきます。

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