第10話 正真正銘の百合回!!

 黒子には古くからの友人がいる。

 現在黒子の家のソファに寝っ転がってスマホをいじっている女こそ、幼馴染の逆叉千彩都であった。


 丸メガネに時代錯誤な2本のおさげ。

 昭和の田舎娘のようなスタイルは、「キモい男にナンパされないため」にわざとやっているらしい。


「黒子さあ、デリバリーは順調なん?」


 パソコンでFXのチャートを眺めている黒子が答える。


「ぼちぼちかな〜」


「一日何件依頼がくるの?」


「少し前は2000件とかいってたけど、みんな私一人じゃ周り切れないって察したのか、最近は500前後に落ち着いてきたよ。それでもほとんど断ってるんだけどね」


「ちなみに『黒猫黒子スレ』って知ってる?」


「なにそれ」


「あらゆる冒険者の配信をチェックして、黒子が登場するのを監視するスレ」


「うわぁ、き……」


「黒子は可愛いからね〜」


 歯がゆそうに顔を歪めて黒子が続ける。


「嬉しいけど、私は別にかわいくないよ。それより、なにかわかった?」


「平田広場のボスについてでしょ? 私もアンダーブに潜っていろいろ見てみたよ」


 闇の動画配信サイト、アンダーブ。

 まともに検索してもたどり着けない、いわゆるダークウェブに存在するサイトである。


 黒子は、基本的なパソコン操作はできてもネットに詳しいわけではないので、千彩都に調査を依頼していたのだ。


「何人か、同じような暴力配信をしてるやつがいたね。でも、誰がボスなのかとかはまったく。ただ」


「ただ?」


「そいつらは裏の配信運営会社、『ドットマジェスティ』って組織に所属してるっぽい」


「どっと……聞いたことないね。警察に通報できないかな?」


「うーん、証拠がねえ、集めにくいのよ。アンダーブは動画の保存ができないうえに、無理に録画しても真っ暗な画面しか映らない。そのうえ、下手すれば厄介なウィルスでパソコンがぶっ壊されちゃう」


 おまけにアンダーブで配信しているものは、ほぼ確実に顔の一部を隠している。

 前回の平田広場も、黒いマスクで口元を隠していた。


「確実な証拠がないとモンスターのせいにされるし、なによりダンジョン攻略は自己責任の世界だからね。危険を承知で踏み込んでる以上、警察も運営も下手に手出しができない」


 ダンジョンは未だ未知数な点が数多く存在する。

 いわば異世界のようなもの。日本の法律では対処しきれず、また法整備も追いついていない。

 実質無法地帯なのだ。


 一応、運営側も環境改善に取り組んではいるが、あまり成果はない。

 ほとんど法が適用されない以上、リンチされたって泣き寝入りするしかないのである。


「うーん」


「暴力、カツアゲ、モンスターの虐殺、なんでもありだよ」


「なんだかなー」


 黒子はため息混じりにマウスを操作し、FXの取引を損切りで終わらせた。

 それを見越したように、呼び鈴が鳴る。


「お、きたきた」


「あ〜、アポ魔女が来るんだっけ?」


「うん。お昼に会うって約束してたの」


「帰ったほうがいい?」


「別にいいよ。晩ごはん一緒に食べたいし」


 しばらくして、もう一度呼び鈴が鳴り、黒子が鍵を開ける。


「いらっしゃい、駿河さん」


「えぇ」


 ほんのり、駿河の唇が綻んだ。

 不思議と今日の黒子が煌めいているようにみえる。


 どうだ蔵前ルルナ。私はお前の『推し』と交友関係にあるのだ!!


 と優越感に浸っていたのも束の間、


「うは〜!! ほんもんのアポ魔女じゃん」


 駿河の知らない女がいた。


「あ、駿河さん。こちら私の『親友』の千彩都」


「ども。事情はいろいろ聞いてるっす」


 親友。


 親友


 親友。


「私なりに平田広場の組織について調べたんで、協力しますよ〜」


 親友……。


 黒子の親友。


「その前にひとつ、サインもらっていいですか?」


「ちょっと千彩都、行儀悪いよ」


「えぇ〜、いいじゃ〜ん」


「もう、千彩都ったら〜。あはは」


 あははって。

 しかも呼び捨て。

 めちゃめちゃ仲良し。


 駿河の優越感を、台風の日の傘のように軽く吹き飛ばす圧倒的親友感。

 長年気のおけない間柄であったのは一目瞭然。

 それに比べて駿河は、ついこの間黒子と出会ったばかりの新参。


 家だってはじめてきた。

 そもそも「さん」付け。


 駿河には黒子しかいないのに、黒子には他にも友達がいるのだ。

 絶望的な真実。

 まるで空から落ちてくる隕石を眺めているかのようなどうしようもなさ。


「駿河さん、どうぞどうぞ、ソファに座って」


「えぇ。お邪魔するわね」


 こうなってしまうと駿河は面倒くさい。

 案外すぐ拗ねる性格なのだ。


 別に、利用できそうだから友達を演じているだけで、本当に友人だとは思ってないし。

 黒猫黒子なんてしょせん道具。お姉ちゃんを見つけ出したらもう関わらないし。

 別にいいし。別にどうでもいいし。


 とまあ、こんな感じで心をシャットダウンしちゃうのだった。


「で、どんな情報を掴んだの?」


 黒子の『親友』が、先ほどの口にした『ドットマジェスティ』について語る。


「なるほど。ダンジョンに蔓延る闇の組織というわけね」


「駿河さん、この人達ならお姉さんのこと知っているんでしょうかね?」


「彼らが姉さんを誘拐したり、監禁したりしている可能性もある。けど、そうじゃなかったとしても、彼らなら何か知っているかもしれない。ダンジョンで突然行方不明。モンスターに食われた形跡もない。そんな不審な失踪、裏を生きる人間なら、何かしら情報を得ているかもしれない」


「なるほろ……」


「黒子さん、私は今後もダンジョン攻略を続けるわ。有名になればなるほど、向こうと接点が持てるかも知れない」


「はい」


「黒子さんも、怪しい依頼人がいたら注意してほしい」


「わかりました!!」


 おもむろに、駿河の手が黒子に握られた。


「お姉さん、はやく見つかるといいですね!!」


 思考や感情の一切が吹き飛ぶほどの眩い笑顔であった。

 駿河にとって、誰かにここまで優しくされたのは姉以外にはいなかった。


 シャットダウンしていた心が、呆気なく全開放された。


「えぇ。……ただ単に家出しただけ、だったらいいけど」


「そいえば駿河さん、一緒に夕食でもどうですか?」


「え?」


「千彩都と3人で。美味しいトマトソースパスタをご馳走しますよ!!」


「あ、えっと……親御さんにご迷惑じゃない?」


「へーきへーき、です」


「平気なの?」


「はい、いませんから」


 ハッと、駿河は眼球を動かして周囲を見渡した。

 この家、一人暮らしなのか。


 親がいる形跡がない。

 もしそうなら、黒子はいつもひとりでご飯を食べていることになる。


 寂しい食卓。

 駿河にも経験がある。


 気持ちがわかるからこそ、


「じゃあ、お言葉に甘えましょうかしら」


 手と手を取って寂しさを埋めるしかない。

 それが、友人というものである。


 まぁ、黒子には駿河の他にも『親友』がいるのだが。


 人生初の友人との食事。

 笑って、お喋りしながらする食事。


 その後、駿河は黒子や千彩都と、楽しい夕食の時間を過ごしたのだった。


 ふたりっきりだったら文句なしなのに。

 なんて不満があったのは、秘密である。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


※あとがき


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