第39話 いつか必ず
王都行きの乗合馬車は定刻通りに出発しました。と言っても、王都まで行くことはなく、途中の街で乗り換える必要があります。王都まで直接行ける馬車がない分、時間は掛かるけど順調にいけば7日くらいで着くはず。
(乗合って言ってもこれじゃほとんど貸し切りだよね)
セント・ジョーズ・ワートから乗ったのは私と初老の男性が一人。しきりに私の方を見てくるけど怖い人じゃないよね。
「――お嬢さんはどちらまで行くんだい?」
「え?」
「お嬢さんのような若い娘が一人で旅をするのは危険だよ」
「お気遣いありがとうございます。王都に用事があるんです」
「王都?」
「はい。薬師協会にちょっと」
「薬師協会? お嬢さんは薬師様なのかい」
「ええ。エルダーで薬局を営んでいます。と言っても駆け出しのひよっこですが」
「そうかい。薬師様なのかい」
私が薬師と知って尊敬のまなざしを向ける男性に少し恥ずかしくなる。だって“薬師様”なんて村じゃ呼ばれないし、医師が少ない地方で薬師は貴重な存在だけど“様”なんて呼ばれるほど高貴な職業じゃないからね。
「突然話し掛けてすまないね。わしはコヤックという村で長をしているシビックだ」
「長ということは村長さんですね。私はソフィアと言います。シビックさんはどちらまで?」
「村に戻るところだ。セント・ジョーズ・ワートには陳情に来たんだよ」
「なにか困りごとでも?」
「ウチの村には薬師がいないんだよ。だから薬師を派遣して欲しいとね。ソフィアさんはなぜエルダー村で薬局をしてるんだい?」
「師とする人が薬局をしてみないかと機会をくれたんです」
「その場所がエルダーだったと?」
「はい。薬師がおらず、良質な薬草も豊富に採れるので初めて開くにはちょうど良いだろうと」
「しかし、王都から来たというなら不便なこともあるんじゃないかい?」
「不便という訳じゃないですが小さな村なので患者さんは少ないですね。でもやりがいはあるし、何より毎日が楽しいです」
「そうかい。村の人もソフィアさんのような薬師がいて安心しているんだろうね」
「そうなら良いのですが……って、すみません。シビックさんの村には薬師がいないのに」
「いや、田舎の小さな村で薬局を開こうと思う方が不思議だ。気にすることはないよ」
気にすることはないとシビックさんは言ってくれるけど、陳情するほど薬師が村に来ることを望んでいるんだ。少し配慮に欠けていたと心が痛み、なんとかコヤック村で薬局を開けないかとつい考えてしまいます。エルダーには
医師と比べたらその数は多く、庶民にとっては身近な存在と言われる私たち薬師。それでも人口の少ない村には薬局がないことが多いことを失念していました。
「シビックさん」
「なにかな?」
「私も薬師がいない村で育ちました。薬師がいないせいで治るはずの病で両親を亡くしました。私は自分と同じような思いをする人を亡くしたくてくて薬師になったんです。だから――」
「?」
「――だからいつかコヤックにも薬局を開けるように頑張ります。いつかは約束できないけど、いつか必ず」
「ありがとう。ソフィアさんのような人なら安心して待っていられるよ。その時を楽しみに待っているよ」
「はいっ」
見通しのない約束など本当はしたくない。でも薬師のいない村をなくしたいという夢は本物です。たとえ私じゃなくてもコヤック村で薬局を開く薬師が現れるのを願いながら王都へ向かう私でした。
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