第38話 迷子?

 セント・ジョーズ・ワートに着いたのは村を出て2日目の朝。王都との中間にある村に向かう乗合馬車が出るのはお昼すぎ。

 「それじゃ、バートさん。送って頂きありがとうございました」

 「そんな堅苦しい間柄じゃないだろ。気を付けてな」

 「はい。行ってきますね」

 軽くあいさつを交わしバートさんと別れ、乗合馬車が出る時刻までどう過ごすか悩む私。半日近く時間はあるから市内を散策するのも良いけど、この街の地理に精通している訳じゃないから遠くへは行けないよね。

 「とりあえず診療所のある方にでも行ってみるかな」

 あの辺りなら道も解るし、露店も多いからちょっと行ってみようかな。

 「しまった。バートさんも仕入れがあるって言っていたし、市場まで乗せてもらえばよかった」

 バートさんと別れたのは城門を抜けてすぐの広場。バートさんはそのまま街の中心へ馬車を走らせて行ったし、別に城門で分かれる必要はなかったんだ。ここから少し歩けばハンスさんの診療所がある通りに出るけど、もう少し楽すれば良かったと思う私です。

 「それにして、やっぱり都会は朝から活気づいてるねぇ」

 いま歩いている通りは商店が建ち並ぶ場所で多くが既に店を開けている。近くにパン屋さんがあるらしく、焼き立てのパンのいい香りが漂っているし甘い匂いもする。どうやら近くにお菓子屋さんもあるみたい。なんだか王都にいた頃を思い出すな。

 「師匠が早起きしたときは朝ご飯を食べに市場に行ったよね。ほんとたまにだけど」

 夜遅くまで薬学や医術の研究をすることが多い師匠は朝が苦手。薬局を開ける時間までには起きるけど、朝ご飯は一人で食べるのが多かったな。

 「いきなり帰ったらさすがに驚くかな」

 免状の更新手続きを終えたらすぐ村に戻るつもりだったから王都に行くことを師匠には伝えていません。だけどエドたちが「里帰りしろ」とあまりにも煩いので一泊だけすると決めたのは村を出る前日。いきなり帰っても迷惑なんじゃないかと少し心配です。むしろ急に帰ったら何かあったのかと変に心配させちゃうかな。

 「帰ったら師匠にいつものアレ、作ってもらおうかな」

 アレとは師匠特製シチューのこと。鶏肉とたっぷりの野菜をクリームで煮たオーソドックスなシチューだけど、師匠が作ると一味も二味も違うんです。

 「それから、精密薬の調薬方法をまた教えてもらおうかな」

 いくら薬師と言っても全ての薬の調薬法をマスターしている訳じゃありません。滅多に作らない薬は大まかなレシピは知っていても作れるとは限りません。師匠から大半の薬の作り方は習ったけど、それでも麻酔薬や解毒薬と言った普段使わない薬の調薬はちょっと苦手です。ハンスさんの診療所に卸すようになって少しは上手くなったけど、それでも師匠の腕には遠く及びません。薬師としてのスキルアップするためにもまた教えてもらおう。

 「そうだ。こっちじゃ手に入り難い薬草も仕入れて……あれ?」

 しまった。考え事をしながら歩いてたら商店が並ぶ通りを抜け、見知らぬ場所まで来てしまっていた。どうやらハンスさんの診療所がある通りを過ぎてしまったみたい。大きな聖堂がある広場まで来てしまったけど街の中心まで歩いちゃったのかな。

 「やっちゃたよ。えっと……通りを真っすぐ来たから、素直に戻れば城門まで帰れるよね?」

 セント・ジョーズ・ワートには何度も来たことがあるけど、ハンスさんの診療所があるエリア以外はほとんど知らない。このまま迷子がてら散策も良いけど、今日は乗合馬車の時間もあるから来た道を引き返そうかな。いや、その前に馬車乗り場を確認した方が良いよね。

 「たしか乗合馬車の乗り場は――」

 事前に取っていたチケットには馬車は聖堂広場の南側から……あれ? 聖堂広場って――

 「――ここのことじゃない?」

 よく見ればここから少し離れたところで馬車が何台も停まっているし、御者と思しき人たちが輪になって談笑している。

 「よかった。迷子になったかと思ったけど結果オーライだね」

 予定よりも少し早いけど馬車乗り場に着いちゃった。遅れて乗り損ねるよりマシだし、時間までここで待っていようかな。

 馬車が出るのはお昼だし、朝ご飯もそういえば食べてないから軽く何か食べよう。広場をよく見れば幾つか屋台も出ているから時間つぶしにもなるよね。

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