第121話 人間観察部の未来
「いや、ショウタロウがせっかく誘って、一旦オーケーしたのを断るのはちょっとな……流石に、可哀想だぞ」
「うーん、そうなんだよねえ。ていうか、蓮は気にしないわけね。私が臼井君とデートすること」
「……あー、えーと、気には……するんだけど。なんていうかな……」
これは想像だにしない展開だ。
ショウタロウが郁に告白すると聞いたとき、俺は二人の仲が恋人に発展するまで秒読みだろうと思い込んだのだが――どうやらあのイケメンは、あまりに残念すぎたらしい。すっかり郁が引きの姿勢を見せ始めているではないか。
甲塚は、ショウタロウが郁と付き合おうと付き合わなかろうとボロが出ると予言した。……だけど、付き合う付き合わない以前に自然消滅するパターンは流石に予想していなかったんじゃないか?
……まずいことになった、かも。
*
一日目のうちに大方の知り合いと顔を合わせてしまったので、正直俺としては学祭二日目に熱量はない。今日も、まあ昼頃までは人間観察部の受付という虚業に従事して――良い頃合いに抜け出すってところだろう。
ところが黙りこくった郁と校門を抜けてみると、昨日よりは全然盛況している学祭風景がそこにあった。玄関は出入りの人でごった返しているし、取材に来たらしいテレビのクルーまで出張ってきている。彼らの話を聞くに、どうも今日の目玉は体育館ステージに登壇する芸人の漫才らしい。
流石、マンモス校で知られる桜庭だ。払える予算は意外とあるんだろう。
「なんか、昨日より賑わってる気がするな……」
「そりゃそうだよ。今日土曜日だよ? 昨日は、どっちかって言うと校内向けに開かれていた展示が、今日は外部の人向けにやってるんだから。むしろ今日が本番だよ」
「あ、そうなのか」
「そうだよ! 部室にも沢山お客さん来るんじゃないかな」
大胆な郁の予想を、俺はさらりと笑って流した。
人間観察部が盛況するだと? そんなわけがあるかい。多目的室Bはフロアの中でも結構辺鄙なところにあるんだ。来るとすれば、迷い込んだ子供くらいだろ。
……という認識は、甘かったらしい。
いざ部室の前に到着してみると、なんと、甲塚が数人の年配客に展示の説明をしているではないか。……勿論、顔は青ざめていて、ドモりまくりの拙い案内だ。それでも、優しげな年配客たちは恵比寿眼で彼女を見守り、うんうんと頷いている。
俺は、とっさに郁と目を合わせて、彼女も俺と同じ考えらしいことを確認する。
それから、足音を忍ばせて廊下の柱の陰から観察を始めた。
「あの人たちなら、甲塚さんの良いトレーニング相手になりそうだね」
ワクワクした眼の郁が呟く。気持ちは分かる。
「だな。俺が人間観察部に入ってからというもの、一体何度矢面に立たされたか分からないしな。それに、最近本気であいつの将来が不安になってきたし……」
そうしている間にも、甲塚はレポートを指差す婦人に拙い説明を足しているらしい。そんなことを複数の老人相手にやっているんだから、少しは人見知りも改善すると思いたいが。
「甲塚さんの将来? なんでまた?」
「人間観察部――いつまでも、あるわけじゃないだろ」
「えっ!? そうなの……?」
間近にある郁が驚愕の表情になる。
「そうだろ。人間観察部は、話を端折ればショウタロウの秘密を探るために設立された部活なんだぞ。目的を達成してしまえば甲塚にとっちゃ用済みになる。……そのとき、あいつが仲良しクラブとしてこの部を存続させるとは思えない」
「あ……ええぇーっ……それじゃあ、私達は……?」
「帰宅部に復帰ということになるだろうな。その頃には俺たちが二年になるかならないかって頃合いだろうし、俺と甲塚も、クラスが離れるかも」
「離ればなれに、なる?」
「少なくとも、放課後に顔を合わす動機は無くなる……」
「……」
しょんぼりしてしまった郁の顔で気が付いた。
人間観察部が廃部になるということは、俺と甲塚だけのことじゃない。俺と郁、郁と甲塚、それどころか俺たちと東海道先生、生徒会――そういう連中との距離も一挙に離れるということなんじゃないか。
甲塚だってそんなことは分かっている筈だ。……分かっていてなお、それを躊躇わない理由がある。彼女はそういうもを破壊しようとしているんだからな。
「動機も無いのに、私と蓮が放課後に会うのって、変かな?」
「ん?」
「私じゃなくても、蓮と甲塚さんでとか。……ね! 私達で放課後渋谷に遊びに行くとかさ、そういうことするのに理由なんて要らなくない? 廃部になったってさ!」
郁の子供染みた発想に、返す言葉を一瞬探してしまった。
「……あのさ。俺たちってもう高校生なんだよ。恋人でもない男女が、放課後しょっちゅう遊び歩くってのはな」
「あ~……」
気付けば、部室の出入り口にもそもそと年配客が集っていた。彼らは何らかの団体で、どうゆうわけか今日朝一にこの人間観察部の展示を見に来たということになる。
一体どういう趣味の連中なんだろうか……と観察を続けると、団体の代表らしい老人が甲塚に頭を下げた。
「今日はありがとねえ。キコちゃん」
キコちゃん、と呼ばれた甲塚は、早押しクイズのボタンを押すように頭を下げる。
「こっ……こちら、こそっ!」
「うちらの活動に、若い人たちから興味を持って貰えるなんて嬉しいねえ」
そう言って、老人は仲間達と顔をほころばせている。
……合点がいった。
「あの人達、甲塚さんが取材したっていうボランティアさんなんだね」
郁が、俺の認識した事実をそのまま喋るので頷く。頷いてから、苦笑いした。
「にしても、キコちゃんってなあ。あの甲塚がちゃん付けされるなんて、どんだけ猫被ってるんだか」
「でもキコちゃんって可愛い呼び方だよね。ふふふ。私もそう呼んだら怒られるかな」
俺たちがひそひそと話をしている間にも、甲塚キコちゃんは老人達と別れの握手をしている。冷や汗を浮かべながらも、あっちの手、今度はこっちの手と存外優しげな対応だ。しかし目線がすっかり下に行っていて、目の前の獲物に食いつく猫みたいになっている。
「あははっ。課題は、眼を合わせることだね」
「だな。……全く、俺たちとあの人たちで、どうしてこうも対応が変わっちゃうんだか」
そう言いながらも、俺はそんな光景を暖かい気分で見守っていたらしい。
――そうだよなあ。世の中の人間がああいう風に優しい人ばかりだったら……
と、そんな馬鹿なことを考えてしまったのだから。
「それじゃあキコちゃん。イツコちゃんによろしくね」
老人は、最後にそう一言言い添えて去って行った。甲塚はぺこりと頭を下げて、ぞろぞろと移動する老人ボランティアグループを見送る。
見送りを終えて部室に入ると、こっちの力が抜けそうになるほど体全体で溜息を吐いた。
「――イツコちゃん?」
聞き慣れない名前を呟いて、郁と顔を合わせる。郁の方にも憶えがないらしい。
「そんな子知らない。甲塚さんの友達なら、私達分かるよね? 多分」
「そう思うが……」
甲塚に、まだ俺たちに明かされていない交友関係なんかあっただろうか。あの老人が口に出した名前なんだから、取材に関係した人間だよな――と、俺が脳みそを回転させていると、
「甲塚さーん! イツコちゃんって誰ー!?」と、隣で様子を窺っていた郁が躊躇いなく尋ねてしまうではないか。
……まあ、直接聞けば早いんだけどさ。
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