第117話 秋花火 青添えて

 告白は、何回目のデートでやるものなのか?――


 目の前のイケメンが斜め下のことを言い出すので、呆気に取られてしまった。


「いや、告白なんて、何回目のデートででも……っていうか、デートなんかしなくたって、いきなり想いを伝えれば良いだろ」


「ダメだよ! そんな突拍子の無い告白なんて中学生までって書いてあったんだからさ」


「書いてあったって、どこに」


「インターネットの知恵袋さ」


 ショウタロウは、何故か気取って言う。


 こいつ、もしかして情報弱者だったりするのか?

 

「あ、その顔馬鹿にしてるな!」


「馬鹿には……してるな。なんだよその胡散臭いソースは」


「意外と馬鹿にならないよ? 考えてもみれば、僕だって見ず知らずの女の子に告白されてもドキドキより困惑が勝つしさ。宮島だって同じようなものだと思うんだ」


 あ。そうか。ショウタロウも郁もしょっちゅう告白されているという点では同じなのか。


 そういうもの、なのか? インターネットの知恵袋は正しいのか?


 ……いきなり告白は、ダメなのか。


「問題は、僕と宮島の関係が初対面というわけでもなく特別親しいわけでもないってことなんだよね」ショウタロウはスマートフォンを掌で上に向けたり下に向けたりしながらぼそぼそと呻いた。「宮島も難しいんだよ。LINEのやり取りで感じが良いと思ったら、何だか勘違いしてブロックされるし、ブロックされたと思ったらいつの間にか蓮と仲良くなってるしさ。仲が良くなってるのか悪くなってるのか分からないんだよね」


 そうそう。そもそもの発端は郁がショウタロウが美少女を連れ添って歩いているところを目撃したことなんだ。……まあ、その美少女というのが美取、という肩透かしの事実は既に明らかになっているが。


「でも、今日は連れ添って歩いていただろ。あれもデートだろ」


 フッと寂しい笑顔を見せる。


「一応こっちはデートのつもりだけどね。宮島の方はどうだか。何だか終始ぼんやりしてて、デートって感じはしなかったよ。進展といえば、どさくさに紛れて『さん』付けから呼び捨てに戻れた位かな」


「はあ……」


 それは進展と言うのか?


「だから、教えて欲しいんだよ。蓮が僕に協力したくないと言っても、これくらいは友情価格の適応範囲だろ? 僕は、何回目のデートで宮島に告白すれば良い? この年齢イコール男を憐れだと思ってさ」


 俺は、冗談ではなくショウタロウが可哀想に思えてきた。この男がこの世に誕生して以来この調子だとするなら、まともな友人の一人も出来なかったんじゃないか。……俺も人の事は言えないけど。


「……分かったよ。じゃあ友情で教えてやる。一般的に考えて、そういうのは回数とかじゃなくて、時期だよ。時期」


「時期!」


 ショウタロウは律儀にスマートフォンでメモを取り始める。


「例えば今日。女子受けしそうなシチュエーションで、するものだろ。告白って言うのはさ。今年で言うと……残ってるのはクリスマスくらいか?」

 

「なるほどな! そういえば、ドラマとかでもこういうのって特別な日に決まってるからな!」


「うん。まあ、そう言われると非モテの発想みたいだけど……多分そういうもんだろ。要は、週末のデートとかで点数稼いどいて、特別な日に告白の成功率を上げておく。そんなイメージじゃないか」


「オッケー。分かった!」ショウタロウは身軽に机から降りると、すっきりした表情で教室を出て行く。「じゃあ、取り敢えず今週末にでもデート誘おうかな! 早速、宮島に予定聞いてみるよ! 色々ありがとう!」


「お、おう……。あ、美取によろしく」


 背中を見せながら手を挙げるショウタロウを見送って、部室で一人考える。


 俺は、もしかしてあいつの口車に乗せられたのだろうか? と。


 ――なんだかんだと、ショウタロウの告白をサポートしてしまった気がする。


 それにしても、これどういう展開になるんだ?


 ショウタロウが郁にアタックするのは分かった。しかし、それは人間観察部、ひいては桜庭高校にどういう影響を齎すのだろうか。


 なんだか、取り返しの付かないようなことをしたような……心が急いて、マトモに思考が回らない。俺がこれからやるべきことは何かあるのだろうか。残る今年の予定は、東海道先生との食事くらいしか無かったというのに。


 ……あっ。ちょっと待てよ? このシチュエーションもしかして。


「甲塚!」


 俺は廊下に拡がる闇の中に呼びかけた。


「甲塚! どうせいるんだろ。出てこいよ」


 再び闇の中に叫ぶ。いつもの流れなら、ここらで俺の背後からのっそりと声を掛けてくるのが彼女だ。だが、闇の中からは絹擦れの音一つ聞こえてこない。


「……」


 うーん。


 甲塚なら無断で抜け出した俺かショウタロウを見逃さないと思ったのだが、流石に追ってくるまではしないか。あいつも花火見たいだろうし。俺の考えすぎか。もしこの場にいて、俺とショウタロウの話を聞いてくれていたら都合が良いと思ったんだが……。


「よく分かったわね?」


「おうおぉぉ!!?」


 何故か俺の背後に甲塚が立っていたので、このパターンで過去一くらい驚いてしまった。尻餅をついた俺の前で、逆に甲塚の方も驚いた表情をしている。


「な、何よ。私が隠れていたこと分かっていたんでしょ? 何でそんなに驚くの」


「え、いや……だって今、出入り口も通らずに……えっ!?」


 甲塚が呆れた表情でハッと息を吐いた。


「ばーか。私が隠れていたのは掃除用具箱」


「そ、掃除用具箱……?」


 言われてよく見ると、甲塚の前髪に大きな埃が一つ付いている。立ち上がって取ってやると、ハムスターのように自分で髪を撫でた。


「そうよ。じっと息を潜めていたら急にあんた達がやってきて密談を始めるんだもの。てっきり私は佐竹が機転を利かせたのだと思っていたけど、違うの?」


「違う。この部室に呼び出したのはショウタロウの方だ。……というか、お前は一体何で掃除用具箱なんかに……」


「何でって、それは――」


 ――トォン、という音と、窓が煌びやかに光るのは同時だった。


 赤白の火花に甲塚の笑顔が一瞬照らされているのを、俺は見る。


「花火。下から見上げるのなんて馬鹿馬鹿しいでしょ。この部室からなら良く見えると思ったんだけど……思った通りみたいね」

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