第116話 バッドエンドの憂鬱
「お前が郁に……」
毅然とした告白に、思わずたじろいでしまった。
ショウタロウが、郁に告白を――
冷静になって考えれば、昼からこいつらは一緒に行動していたわけだし、こいつがこんなことを言い出すのは全然自然な流れなのだ。なのだが、改めて言葉にされると心が鐘のように震動してしまう。
なんてったって、あの郁なのだ。幼馴染みで、いつかは俺のことを好きだとか何とか言ったような言っていないような気がする、あの郁。
彼女がショウタロウに告白されたとしたらどうなる。
「……」
付き合う――のではないだろうか。
あのノリの良い郁のことだし。……気になる幼馴染みであった俺も、今の彼女に取ってはただの変態すけべ野郎に格下げしているわけだし。ショウタロウに交際を申し込まれたんじゃ、断る理由なんて一つも無いんだよな。
「ははは。なんか、そっちもそっちでショック受けてるみたいだね。そんな蓮の顔初めて見たよ」
「……」
一体、俺は今どんな顔をしているんだ。明かりのない部室では、窓は闇しか写さない。
「考えてみれば、宮島って蓮の幼馴染みだもんね。……で、美取は僕の家族であると。とんだ偶然だけど、お互いがお互いに近い人間を好き合っているっていうわけだよ。なんだか面白いことになったじゃないか」
「……いや」
「僕たち、協力できると思わない? 好きなものとか、趣味とか。そういうもの、情報交換できたりして」
「お前美取のこと何も知らないって言ってただろ」
「これでも家族なんだ。彼女のスケジュールを調べる位なら文字通り朝飯前」
「――お前、本気で言ってんのか?」
俺は闇の中でショウタロウの顔を凝視したつもりだった。しかし、うすぼんやりとした中では表面的な感情は分かっても奥底にあるものまでは見通せない。
ショウタロウの影が、急におどけたように肩を竦めた。
「嘘、嘘。冗談だよ。蓮が僕の恋路に協力するとは思えないし、ぶっちゃけ僕も蓮を手助けするつもりは毛頭ないんだよね」
……さっきから、すっかり俺が美取を狙っているものだと勘違いされているらしい。一体どうしてどいつもこいつも写真に写ったというだけで男女をカップルとして認識してしまうのだろう。
それはそれとして、さっきからのショウタロウのあやふやな態度は気になる。結局、こいつが俺を呼び出した目的っていうのは郁に告白する宣言、ということで良いのだろうか。
「一応聞いておくけど、なんで俺を助けようとしないんだ?」
「そりゃ、複雑だもん! 同い年の家族なんて、自分の半身みたいなもんだよ! 美取さんと付き合いたいって言うんなら、蓮には是非とも苦労して貰いたいもんだね!」
「何だよ、それ……。完全に私情じゃねえか」
俺は呆れ半分、戦き半分といった調子で呟いた。
やっぱり、美取という存在が俺たちの間に転び出た途端にショウタロウのキャラクターがおかしくなっている気がする。……それに、こいつは何故か美取が家族であることを秘密にしているようだし。
……待てよ? 美取とショウタロウは、同い年、なんだ。
で、美取の方が先に生まれて、後にショウタロウが――同じ年に、二人の人間が。
「そうは言うけど、蓮だって僕のこと応援するつもりはないように見えるけどね」
「……まあ、無いかな」
「はははは。なんで?」
「夏の合宿から思っていたんだけど、お前何かおかしいんだよ。初めは女子を選り好みするいけ好かない男なのかと思ったら、むしろ出来るだけマシな女子を義務感で選んでいるという感じがする。気のせいだと思っていたけど……今話してて確信した。多分、お前が郁のバッドエンドなんだな」
「う~ん。僕が宮島のバッドエンドか。酷い言われようだなあ」
ショウタロウは大してショックを受けた風でも無く、後頭部を掻きながらぼやく。こういう態度が癪に障るんだ。人の敵意を、それが敵意と知りながら掌で転がすような態度が。
「とにかく、予想通り蓮と僕は相容れないわけだね。じゃあ、僕たちで競争しようよ」
こいつ……。
「……。あぁ……?」
「競、争。僕が宮島を落とすのが先か、蓮が美取さんを落とすのが先か。競争相手がいた方が、こういうのってやる気出るでしょ。この勝負、乗るよね?」
「乗ら、ない」
「乗ら、ない!?」
ショウタロウが悲鳴に近い声色でオウム返しする。
「何で乗らない!?……あ、そうか。何も賭けて無かったもんね。そうだな――」
俺はいい加減溜息を吐いて頭を振る。こいつの馬鹿馬鹿しい話に付き合うのにも気が滅入ってきた。
「何を賭けようと、乗らない。乗るわけがないだろ」
「なんで!?」
「まず、お前は大きな勘違いをしている。俺と美取は恋人でもないし友達以上恋人未満でもない。俺が美取を狙っているということもない。そもそも勝負の前提が成立していない」
「いやいや。それはねえ」
「次にな!」ショウタロウがごちゃごちゃ言いたそうなので、被せて続ける。「お前は人の気持ちを一体何だと思ってるんだよ。どっちが先に落とすのか競争だと? 馬鹿にするのも大概にしろ。郁も美取もダーツの的じゃねえんだぞ! 生きてる人間の感情を傾けて勝負するなんて失礼だろうが!」
「お、おお……。流石人間観察部だ。言うことが違うね」
「!……」
ショウタロウは、素朴な感想を言ったつもりらしい。人間観察部のことは俺が人の感情がどうのこうのと言ったから持ち出したんだろうが、奴の意図とは関係無い部分で俺の気勢が大きく削がれてしまった。
そうなのだ。俺たち人間観察部は、こんな男の秘密で、本気で学校生活を変えようとしちゃってるんだから。甲塚の計画じゃ、これが郁と美取どころじゃない人数の感情を大きく傾けてひっくり返そうと言うんだぞ。
一体どの口が言うんだって話じゃないか。
そんな俺の抱えるジレンマには気付かず、ショウタロウは俺の沈黙を怒りと解釈したしたらしい。向こうも俺の表情は良く見えないんだ。困った表情で人好きのする笑顔を見せると、
「ごめんごめん。確かに蓮の言うとおりだと思ってさ。デリカシー無かったよ、僕。反省してる」と、にやけた面のまま弁解してきた。「でも、宮島のことについては、結構本気なんだよ。蓮が幾ら僕をバッドエンドだなんだと言っても、やると決めたらやるんだ」
「……あ、そう」
まあ、確かに人間観察部のことは置いといて俺にショウタロウを止める筋合いが無いのは事実なんだよな。
困ったな。
どうしよう。
「……で、告白って何回目のデートでやるものなのかな?」
「え。そっから?」
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