第115話 切り分けられた愛の行方

 結局、俺とショウタロウが相対したのは学祭一日目の夜ということになる。


 桜庭高校では学祭一日目の夜に、広いグラウンドを使った花火大会が催されることになっているのだった。何も一日目の夜に締めのようなイベントを持ってくることがあるか、というのは予てよりの疑問だったが、


「だって、一日目の夜にカップルが出来上がらないと、二日目学祭デートするって流れにはならんだろ」


 というのが氷室会長の回答で、それは結構得心する回答ではあった。


 夜の花火大会ともなるとロマンチックこのうえない、交際を申し込むには絶好のシチュエーションだ。最初にスケジュールを考え出した人間の意向なのかは知らないが、ともかく決戦は一日目の夜である。


 ショウタロウに俺が呼び出されたのは、まさしく花火大会真っ只中の人間観察部部室だった。


 このシチュエーションに、何故。


 花火前後の混乱を避けるために、全生徒は一度体育館へ集合して、学年ごとにグラウンドへ放出される手筈になっている。つまり、花火大会への参加はほぼ全生徒に課せられた義務であり、こっそり抜け出した俺とショウタロウの他に今の校舎には誰もいないということだ。


 奴は、俺より先に部室に立ち入っていた。薄ぼんやりとした長身の影が、展示している写真の前に立っている。校舎全体の電気は消灯しているので、手元はスマートフォンで照らしているようだ。


「写真を見るつもりなら、昼にでもここに来ればよかったんだ」


 俺が声を掛けると、ショウタロウの手元の明かりが素早くこちらを向いた。


「おおおっ。蓮かあ。おっどろいたなぁ」


 俺の顔を照らして安心したのか、いつものへラッとした表情になる。


「何ビビってるんだ。そっちが俺を呼びつけたくせに」


「そうそう。悪いね、花火大会の最中なんかにさ。……もしかして、誰かと花火見る約束してたりしたんじゃないの?」


「そんな約束があったら、お前との約束よりそっちを優先するから心配しなくて良い」


「はっははは。そりゃ、そうだね。蓮ならそうするよな」


 ショウタロウはカラっと湿り気のない笑い声を上げて言った。こっちとしては、結構身構えて部室に姿を見せたというのに、呼びつけた本人の方は余裕があるというか――腹を決めている気配を漂わせている。その異様な雰囲気が、ますます俺は緊張させる。


「それより、そっちこそ郁を放っといて良いのか」


「……ん? 宮島?」


「今日は一緒に回ってただろ。一日の締めに持って来いのイベントに、なんでお前は俺なんかと密談しようなんて思うのかな」


「僕にも色々あるんだよねえ」


 ショウタロウは溜息を吐きながら何も置いていない机に尻を乗せた。


 俺は、立ったままでいる。


「どうも、うちの花火大会って告白するには絶好の機会らしいじゃない。夜空に花火が開くとき、桜庭高校の校舎裏でカップルになった男女は、末永く幸せになるっていう伝説がある――って、これは氷室会長から聞いた話なんだけど」


 氷室会長に伝説とくれば、夏の合宿のときに聞いたアレか。


「それって、もしかして生徒会四伝説ってやつか? 生徒会関係無い気がするんだけど……」


「らしいよ? なんでも、昔の生徒会には若い女性の顧問がいたらしいんだけど、男性体育教師への悲恋を成就させるために、生徒会が花火大会を企画して工作していたっていうのが発端らしいね。勿論、当時の女子生徒会長の顔は額縁入りで飾られている……」


 なるほど。元々は教師同士の恋愛話だったものが、下の世代に語り継がれるにつれていつの間にか生徒たちの伝説になったわけか。


 滅茶苦茶どうでもいい話を聞いてしまった。


「そういうわけで。この時期の女子って結構目がギラギラしてて怖いんだよ。こういうおまじないって男子よりかは女子の方が真面目に受け取ったりするしね」


 それは、ショウタロウを見る女子の視線がギラギラしているってことだよな……。でも、想像が付く話だ。何と言ったって、今年の夏頃にショウタロウが生徒会に入ったことで女子の入会率に大きく影響を与えたというし。


 ショウタロウ目当ての女子は、この学校では歩いて電信柱を見かける以上の確率で存在する。


「それじゃあ、今の時間に郁から離れたのって――」


「まあ、彼女を守るためでもあるかな……って、こういう言い方はかっこつけすぎかあ」ショウタロウはヘラヘラ笑いながら格好良いことを言い出す。格好良い奴はいくら格好付けても損をしないからずるい。「実際問題、僕に興味がある子を裏切りたくない、とかそういう気は無いんだ。あくまで、宮島に迷惑を掛けたくないってだけだから。あんまりこっちのことは気にしないでよ」


「……あ、そう」


 若干、癪に触る部分が無いでも無いが、そこはまあ良いとして。


「で、こんなところに呼び出した本題は?」


「ああ。そうそう。本題ね。本題……」


 そう呟いたきり何故か後頭部を掻きむしる仕草をするので、おや、と思った。


 いつも飄々としているこいつには珍しい。……今なら、こっちが主導権を握れるかもしれない。


「美取のことだな?」


「ああ。……うん。そう……もう名前で呼び合う仲なのね」


 あれ。なんか、こいつショック受けてる?


「名前呼びも何も、美取は殆どの知り合いに名前で呼ばせている――知らないのか?」

 

「え? 美取さんが?」


「うん。って、お前は『さん』付けなのか」


「まあね。蓮は僕たちが家族ってことを承知だから言っちゃうけど、ぶっちゃけ会話無いんだよ。美取さんがモデルやってる、とかは親越しに聞いてるんだけど、彼女がどういう生活をしているのかも知らないし、どういう人たちと付き合っているのかも知らないんだ」


 ショウタロウが美取の生態の多くを知らないのも無理はないのではないか。何しろ、彼女の趣味はすけべ絵の鑑賞で、交友関係はゼロに近いというのだから。


 しかし、生活を知らないと言うのはどういうことだろう。家族なら、会話は無いにしても一緒に食事をしたりするだろうに。


「だから、驚いたんだ。SNSで美取さんがバズってると思ったら蓮が一緒に写ってるんだもん。しかも、授業を抜け出して彼女と遊んでたっていうんだろ?」ショウタロウは、自分で言っている事実に改めてショックを受けたように顔をゴシゴシと擦る。「示し合わさないと、ああいうことにはならないよね、普通。――これは、そういうことだと思って良いのかな」


「良くねえよ。俺が美取とヤマガクの学祭を回ったのはたまたま、話の流れでそうなっただけなんだから」

 

 事実ベースの言い訳をすると、鬱陶しそうに俯いたまま手を振る。


「いいよ。そういうのは。美取さんのことは僕もよく知ってる。そもそも他人からは一線引いた彼女と遊んでるっていう時点で、こっちは衝撃受けてるんだから。蓮はどうか知らないけど、少なくとも彼女にその気が無いとそういうことにはならないんだって」


 こいつ、やけに食い下がるじゃないか。そんなに美取と遊んだことが気に病んでいるのか。


「ああ、もう。分かったよ。じゃあ取り敢えず俺と美取がそういう仲だったとして、ショウタロウは何か文句があるってわけなのか?」


「え!? いや、まさか。文句なんて無い無い!」何故か、取り繕った笑顔でそう弁解してきた。今日のショウタロウはやけに表情が豊かだ。「たださ。蓮が美取さんを取る、ということなら僕としてもじっとしていないよ、ということを伝えたかったんだ」


 ……言っていることの意図が分からない。


 首を捻ると、ショウタロウが前髪を息で吹いてから言った。


「僕も腹を決めたんだ。こっちは、宮島を取る。宮島に、交際を申し込む」


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昨日は更新できずすいませんでした。

今日余裕があればもう一本更新します。

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