待ちわびる人-04



「い、家が! 誰が、どうしてこんな事が……」


 プーキンは膝から崩れ落ち、頭を抱えて蹲る。油を撒かれたせいで集落内の全てが激しい炎に焼かれ、無事なものは何1つない。


「はっ……誰か、誰かいないのか!」


 プーキンは集落内を走り、モルタルを敷かれた空き地に驚いたまま、そこに転がる黒焦げの亡骸に口を押えた。

 視線を逸らした先、広場から数十メルテ離れた所にも亡骸が転がっている。プーキンはとうとうその場に嘔吐した。


「ならず者」


「あ、あんた……」


 レオンの存在などすっかり忘れていたのか、プーキンは驚きで飛び上がり、後ずさりをする。その背後にドマの姿を見て、プーキンは事態を理解しつつあった。


「おまえの集落はもうない。欺いて殺した罪なき者に、謝る事も償う事も出来ない。許される事も出来ないから」


「まさか、お前が……お前ら、俺の故郷を焼き払って、皆殺しにしたのか!」


「うん」


 レオンは特に表情を変えることもない。プーキンは怒りで唇を噛みしめ過ぎたのか、血を垂らしながらレオンへ突進した。


「この野郎……!」


「レオンさん!」」


 ドマが慌てて止めようとしたが、レオンはその場から動かない。

 レオンが山形鋼を低い位置で構え、地面と水平に振り切った時、プーキンはレオンの顔しか見ていなかった。


「ぐあっ!?」


「躾よくしておけ」


『猪突猛進と言うが、まさにこのクズは畜生だな』


「畜生らしく、人を騙したりしないで草食って生きてくれた方がマシだった」


 プーキンが顔から地面に突っ込むように倒れ込んだ。レオンはその背に山形鋼を突き立てるようにして動きを封じ、ドマに発言を促す。


「貴様が……儂の息子と嫁を、皆を殺したスヴロイの人でなしだったとはな」


「騙されて俺を善人と思い込んで、ご丁寧にカモまで土産にくれた滑稽なジジイか」


「なぜ、なぜ殺さなければならんかった!」


「こうするしかなかったんだ! 俺達だって生きていくのに精いっぱいで……」


 プーキンは悲壮な声で許しを請う。自分も利用されていた、集落に人質を取られていたなどと言い、被害者なんだと主張している。


 だが、レオンもドマも、男の話を信用してはいなかった。そもそもジェイソンは既に男の魂胆を見抜いている。


「だから?」


「……へ?」


「人を殺す集落に、お前は分かってて人を送り続けた。お前は被害者じゃない、加害者だよ。お前は人殺し」


「そ、それなら、俺に旅人を託したその爺さんも……」


「ドマさんは助けるためにお前に旅の者を預けた。お前はドマさんを騙した。何が一緒なんだ」


 レオンに言い返され、プーキンは不機嫌そうに顔を伏せる。詫びを入れたなら見逃して貰えると思っていたのだろう。


「俺だけ逃げてしまえば、この集落に置いた俺の家族はどうなる! 家族の為には従うしかなかったんだ!」


『貴様の家族は人殺しに加担していないのか』


 ジェイソンの発言に、プーキンの顔色は蒼白となった。今の今までジェイソンを大きな黒猫だと思っていたからだ。


「な、なんで、なんで喋って……」


『魔族が喋って何がおかしい』


「おれはレオン、こっちはジェイソン。始末屋をしている者だ」


『魔族の前で偽る事の意味は、分かっておるだろうな』


 レオンが帽子を取り、コートの裾から尻尾を覗かせて見せると、プーキンは暫く表情を固まらせた後、深くため息をついた。


「演技をしても無駄って事だな。なぜ? 都合が悪いからだよ……」


 プーキンは開き直った。自分がどうなるか、分かっているのだろう。この期に及んでまだ強がり、ドマを嘲笑おうとする。


「てめえがスヴロイは危ないだの人殺しの集落だのと言いまわってくれたおかげで、収穫もめっきり減っていい迷惑だった」


「儂が、儂がどんな思いでお前に困った旅人を託したか! どんな思いで……息子達が殺される様子を見たか! お前にも聞かせたはずだ!」


「ああ愉快だった! 真実を知ったらどんな気持ちになるのかを想像すると、ついつい笑顔になっちまったさ!」


「ドマさん、心に訴えて通じるのは、心がある奴だけだよ。ない奴には何を言っても駄目だ」


『さあ、こいつの始末は任せろ。自分の努力次第で助かりそうだが、ギリギリのところで絶対に助からない。見捨てられ、侮蔑の目線を向けられ、己の怒りと後悔をどこにもぶつけられない、そんな最期を与えようぞ』


 ジェイソンの放った言葉に、プーキンがビクリと肩を震わせた。


「お、おい」


「ドマさん、アイーイェに行きましょう。おれはその後でこいつを始末します」


「……頼みます、レオンさん。儂が20回でも30回でも殺したいところだが、オロキを人殺しの孫には出来ん。代わりに殺してくれるならこちらからお願いしたい」


『走ればすぐだ。このクズは吾輩が引きずって連れて行く』


「有難う。じゃあ、行こうか」


 レオンはわざと黒焦げの焼死体の横を通り、プーキンが恐怖に震えるようゆっくりと歩いた。直接手を下したいであろうドマのため、せめてプーキンの無様な姿を見せてあげたかったのだ。


 それを優しさや気遣いと言っていいのかは判断しかねるが。


「お、俺は直接手を下した訳じゃない! て、手伝ったのは事実だけど、俺が殺した訳じゃないんだ! なあ、見逃してくれよ、俺は……」


「うるさい」


「放せ、おい狐耳! クソッ! 俺がてめえに何かした訳じゃねえだろ!」


「復讐代行屋だから、おれはお前がならず者かどうかでしか判断しない。お前はならず者。反省もしないし償う気もないから救えない」


「あ、謝ったじゃねえか! なあ、俺だってやらなきゃ生きていけなかったんだよ、許してくれよ!」


 アイーイェに引きずって行かれる間中、プーキンはずっと命乞いを続けていた。途中で服をよじって脱ぎ、脱走を試みたが成功するはずもない。

 山形鋼で容赦なく右肩を殴られてしまい、もう腕は使い物にならないだろう。


 疲れているドマを背負い、ジェイソンが分身して雑にプーキンを背に乗せ走り1時間。

 アイーイェに着いたレオンはドマを背から降ろし、大きな声で「ごめんください!」と声を張り上げた。


 第一声が「ごめんください」なのは1人しかいない。

 レオンが戻ってきたと知った住民は、何事かと家から出てきた。その中にはオロキやエリス、長の姿もある。


「どうしたんですか? ストレイ島に行くと言って……その男は」


『スヴロイの生き残りだ。こいつは罪なき者を騙して連れ去り、人を殺す手引きをしていた。これから吾輩とレオンで始末に向かう』


「ゆ、許してくれ、お、俺は殺していないんだ、俺は殺してない……」


 プーキンは集団で暴行されるのだと思い、半狂乱で泣き叫ぶ。レオンはその腹をひと蹴りして黙らせた後、オロキへ手招きした。


「何ですか、レオンさん。そっちのお爺さんは? スヴロイにはいなかったはず」


「お、オロキ、オロキ! 儂だ、じっちゃだよ!」


 ドマは泣きそうな顔で躓きながらも駆け寄り、オロキの両頬を優しく包む。2、3歳の頃の面影は、どうやら残っていたらしい。


「ああ、目元が嫁そっくりだ、輪郭は息子そっくりだの、大きくなった、良かった……!」


「じい、ちゃん?」


 オロキはドマの事をあまりよく覚えていなかった。しかし、自分に祖父がいた事は覚えており、その記憶と結びつけるのに少し時間がかかっている。


『オロキ、山羊と共に生きておっただろう。祖父と草をやり、乳を搾り、好きな本を読んで貰いながら昼寝をしていただろう』


 ジェイソンがオロキとドマに共通する思い出を読み取ると、オロキの目が大きく見開かれた。


「爺ちゃん……爺ちゃん!?」


「ああ、そうだ、お前の爺ちゃんだ。すまない、こんなに迎えに来るのが遅れて……本当に、本当に……すまなかった! お前の父ちゃん母ちゃんの代わりに……儂が、儂が」


「いいんだ、爺ちゃんが、爺ちゃんが生きててくれたとは思ってなかった。有難う、会いに来てくれて……有難う」


 2人して大声で泣き、周囲の者もその涙につられ、目元を押さえる。


「レオンさん、有難うございます。真っ当に生きる猶予を下さった上に、爺ちゃんにも会わせて下さって」


「オロキが選んだ事だよ。正しく生きる価値がある、だから助けただけ」


 レオンは涙ながらに感謝を述べる2人を見て、珍しく笑顔で「良かった」と呟く。


『さあ、我らは仕事に向かおうではないか』


「ひ、ひいぃ……ゆ、許して、助けて……」


「うん、そうだね。じゃあ、コイツの始末に行ってくる。おれは始末屋、感動の再会は任せたよ」

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