待ちわびる人-02
レオンとジェイソンは共に首を傾げた。エリスもオロキも他の子供達も、スヴロイに来た他所者が生きて帰った事はないと言っていたからだ。
唯一可能性があるとすれば、その商人がスヴロイの者である場合のみ。
「先に言っておく。おれはスヴロイから救出した子供達やオロキから、集落に来た奴で生きて帰った大人はいないと聞いているよ」
「で、では……その男はまさか、スヴロイの」
『しかし、貴様の居場所を知っておったというのに、なぜ殺しに来なかった。なぜここで殺さなかった。他の者は全員殺されていたというのに』
ジェイソンのその言葉に、老人はハッとした表情でレオンの顔を見た。その口元が震え、頭に手をやる。
「わ、儂はもしかしたら、と、とんでもない事をしたのかもしれん」
「どういう事?」
老人は暫く愕然とした表情のまま、囲炉裏の火を見つめていた。
「……北にはな、もっとここよりも厳しい暮らしをしている者達がおるんだ。過去の戦争の頃、この大陸は特に発展しておったそうだが」
言語共通化の策が話し合われた時、このランド大陸での言葉や習慣が基本となったくらいだ。アンガウラも今でこそ人口数百人だが、昔はとても栄えていた。
しかし、アンガウラは経済力しか持たず、武力を殆ど備えていなかった。交通の要所として一番に狙われ、町は破壊された。殆どの者が内陸や北の氷に閉ざされたような土地へと逃げる羽目になってしまった。
資源があるかも分からず、厳しい気候が年の半分以上を占め、港を築ける海岸線もない。そんな北部へと進軍する物好きな国はなく、おかげで逃げ延びた者達は小さな集落を築き、慎ましく生活する事は出来た。
そんな祖先達は、生きるのに過酷な土地をわざと選んで住んでいた。
しかしそれから千年も経てば、そんな土地で生きる意味などない。土地を出ようとするのも無理はない。
「儂が1人になってからも、北から南へ移住しようと通りすがった者が何組もいた。儂は言ったよ、スヴロイという集落にだけは近づくなと」
「じゃあ、みんな大丈夫だったんじゃないの」
「……商人が来るまで数週間もない時は、この集落に住ませて待ち、商人に道案内をさせておったんだ。スヴロイを避けてくれると安心させてな」
『……その商人、もしやこの者を利用するために生かしたか』
その商人がスヴロイの者であれば、老人は意図せず加担したことになる。
愕然と座り込む老人に、レオンは何と声を掛けて良いか分からなかった。
老人は困っている人を助けるため、善い行いをした。だが、結果を見れば騙していたのと一緒だ。
正しい事をしたというのに、最悪な結末の手助けとなる。
レオンはそんな事もあるのかとがっかりしていた。老人を罰するべきなのか判断できなかったが、罰したくないと思っていた。
「おじいさんは、ならず者じゃない。おじいさんを利用したそいつがならず者」
「……儂も同じようなもんだ。儂のせいで一体何人が殺されたのだろうな」
『仮定で罪は背負えぬ。しかし、もうスヴロイは消滅しておる。その商人が戻った所で何1つ残ってはいないぞ』
「そうなると、商人は……」
レオン達は少しの間、商人がどのような行動を取るかを考えた。まずはスヴロイに戻った時点で事態を知り、途方に暮れながらどこかに移り住む可能性。
2つ目は、この集落に戻り、老人の差し金だと文句をつけ殺しに来る可能性。
3つ目は、何食わぬ顔で移住者の案内を装い、金品を奪う行為を続け財を確保する可能性。
「どこかに移り住むと言っても、まずアイーイェは受け入れない。子供達もそいつの顔を知っているはず」
「となれば、大陸北部から中央部の集落や町に移住するのだろうか」
『半年に1度来ていたというのは、行商よりもこの集落に獲物が掛かっていないか、確認しに来ていたのだろう』
「……そういえば、誰もいない時は山羊を1頭買って行ったが、その次に来るまでの間隔はやや短かった気もするな」
「じゃあ、やっぱりそうだね」
商人を装う男は、北から全財産を持って移住地を求める者達を狙っていたのだ。
しかも老人がご丁寧に「あの商人なら、スヴロイも場所もスヴロイの奴らの顔も分かる、間違って足を踏み入れたり騙されたりする事はない」などとお墨付きを与えてしまった。
「……そんな悪党だと知っていれば、刺し違えてでも殺してやるつもりだったのに! 儂の仲間を、儂の息子夫婦を殺した憎き奴らの手助けを、儂は……!」
老人の頭の血管が切れてしまうのではないか。そう思ってしまう程、老人の怒りと後悔は激しいものだった。
我が子を殺し、孫を誘拐しておきながら、男は老人の事をどう思っていたのか。
少なくとも心の中で老人を嘲笑っていたのは間違いない。
老人は立ち上がり、どこかへ出かける準備をしようとする。
「どこに行くん」
「あの男を追う。儂があいつの息の根を止める! それが儂に出来る唯一の償いだ」
「無理だよ」
レオンはとても冷静に老人を諫めた。
極寒の季節にも足元の悪い中、遠い集落と往復出来るくらいには元気な者と、衰えているうえ、貧しい生活で体力もない老人。
どちらが勝つのかは言わなくても分かる。
ましてや相手はこれまで人を攫う事も騙す事も、殺す事さえも平気だったヒトデナシ。老人もその被害者の1人となるだけだ。
レオンは老人に1つ提案をした。
「おれ、始末屋なんだ。おれがそいつを始末してやろうか」
「いや、儂がやらにゃならんのだ。儂が勝てなかろうと」
「そういうの、無駄死にって言う」
『正義は勝てるだけの力を持って初めて振りかざせるものなのだ。正義は容易に負けてはならぬ、貴様に正義を託せば、悪が勝つ未来しか見えん』
魔族に正義を語られ、老人は悔しそうに拳を握りしめる。老人も怒りで突発的に行動を決意したが、冷静になれば自分に勝ち目がない事は自覚していた。
レオンはそこで更に畳みかける。
「おじいさんは生きてオロキに会え。オロキの唯一の身内だぞ」
『オロキは親の事を殆ど覚えておらぬのだ。貴様が伝えてやらず、誰がやれる』
オロキの名を出すと、老人はハッとしたように平常心を取り戻した。
「そうだ、儂までいなくなっては……あいつが儂を覚えているとは思わんが、天涯孤独ではないことくらい、教えてやらねば」
「だったら、おじいさんが行くべきは復讐じゃなくて、アイーイェだよ」
『商人がスヴロイへ戻っていったというのなら、どうせついでだ。吾輩とレオンで貴様を送り届けてやってもいい』
「ジェイソンがいたら、山羊達も従うだろうからね」
「しかし間に合うだろうか。儂らは14日間かけてスヴロイの手前に着いた。だがあの男なら10日と掛からんだろう」
「おれとジェイソンは7日でここに着いた。間に合う、大丈夫」
レオンは老人に荷物をまとめるように指示し、自身は2時間だけと言って仮眠を取った。その間、ジェイソンは村の中で好き勝手していた山羊を威圧して従わせていく。
レオンが起きた時、山羊は一列になってジェイソンに従い、老人は思い出の品々をまとめて背負う所だった。
* * * * * * * * *
「重く、ないのか」
「全然。よぼよぼ歩かれても追いつけん、黙って背中に乗っとき」
住人1人だけの集落がついに廃村となった後、レオンは老人ドマを背負って速足で商人の後を追っていた。
レオンが荒れ地を軽々と通り過ぎていくとしても、3日の遅れは大きい。先にスヴロイに辿り着かれてしまえば、そこからの追跡が難しくなる。
『ヤツの容姿は吾輩も把握した。追いつけば確実に分かる』
「ドマさん、寒くない?」
「怒りで暑いくらいだ」
山羊のペースまで考えていると取り逃がしてしまう。途中から遅れ始めた山羊達の世話は、ジェイソンの分身達が見る事となった。
4日目の昼。途中で小さな集落で聞き込みをしたところ、時々訪れる小柄な男が1人、今朝出発したという。
住民から聞く容姿も、ドマが知る男の容姿と一致した。ジェイソンが読んだ心の中の人物とも一致する。
「レオンさん、あんた北に向かっていたんだろうに、戻らせる事になってすまない」
「おれは正しいことをする。ならず者を許さないだけ、気にするな。ご主人も生きてたらきっと助けてやれって言った」
レオンはあと数時間で追いつくと言い、ドマを背負ったまま駆け足で街道を進み始めた。
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