第20話 晩夏と予測図3

その後、圭介と颯に電話をして、亜紗が見つかったことを報告した。

亜紗の声を聞いた圭介はようやく安心できたようで、そのまま少しだけ3人で過ごしてから帰ってきてもいいと言ってくれた。

颯と落ち合って3人が揃ったところで、何をして過ごそうかとあれこれ話し合っていたときだった。

「キャッチボールが可哀そうだろ」

一度は回避したはずのその言葉を、結局、聞く羽目になったのだ。この夏、3度目の「可哀そう」に、凛太郎は今度こそ、「また始まったよ」と言った。

「キャッチボールは、俺たちがしなかったところで、泣いたりしないよ」

 いつもは諦めてきた凛太郎も、今日こそは颯の「可哀そう」戦法を覆してやろうと立ち向かうことにした。

「泣いてるよ。今、しなかったら、この先ずーっと泣いてるよ。凛太郎はどうして、あのときキャッチボールをしてくれなかったんだろうって」

 なんだかそう言われると、キャッチボールが可哀そうに思えてきた。

「颯がしたいから、そう言ってるだけだろ。泣くのは颯だ」

 負けじと言い返してみる。キャッチボールをすることになったとしても、せめて颯がそうしたいからするのだと言わせたい。そうでないと、負けた気分になる。なんだかそんな気がした。

「違うよ、キャッチボールがだよ。だって凛太郎、よく考えてみなよ。ボールは泣くでしょ。野球部のラッキーボールだって、ずっと木の上で泣いてたと思うよ」

「それは……」

 ボールを失くしかけた罪悪感からか、反論が鈍る。

「ボールが泣くなら、キャッチボールも泣くよね」

 筋が通っているようでまるで通っていない理論で、颯は堂々と言い切る。

 すると、傍で見守っていた亜紗が悟ったような瞳で凛太郎を見た。

「凛太郎、諦めよう。颯がこう言ってるときは、何を言っても無駄なんだから」

 そうだった、颯の「可哀そう」戦法は、小学生のときからだ。亜紗に説得され、凛太郎は今回も白旗を上げることにした。

 この夏、颯には亜紗からのお願いとはいえ、一緒に学校を探し回ってもらった。事件に巻き込まれたし、危ない目にもあったけれど、地図を片手に遊び回っていた子供の頃に戻ったようで楽しかったのだ。颯の野球に付き合うのも悪くないかもしれない。



颯のひと言のおかげで、行先は夜の学校に決まった。

今しないと泣いてしまうというキャッチボールを救うため、野球部のグローブやボールを借りて、3人でグラウンドに立つ。

三角形を作るようにして向い合うと、颯が凛太郎にボールを投げる。颯が取りやすいように投げてくれたボールも、凛太郎は危うく落としそうになりながらキャッチする。

それから今度は凛太郎が、亜紗に向かってボールを投げる。あまり距離を取っていないので、暴投とまではいかなかったものの、変な方向にボールは逸れて亜紗は走り回った。

「……反対周りにしよう。亜紗が大変過ぎる」

 見かねた颯が提案する。

「俺が下手なことくらい、わかってただろ」

 仕返しとばかりに、凛太郎が颯にボールを投げる。少し走ってもらおうと遠くに投げたつもりだったのに、ボールは颯の方へまっすぐに飛んでいった。

「おお、うまくなってきてるじゃん」

 なぜか褒められてしまい、余計に悔しくなる。

それでも、しばらく続けているうちに、だんだんと狙った場所に投げれるようになってきた。

「ねえ、明日3人でタイムカプセル埋めない?」

 スムーズにボールが回るようになってきたところで、そう言ったのは亜紗だった。

「いいんじゃない。でも俺、手紙とか書けない人間だからな」

 颯が賛成しつつも、困ったように答える。

「手紙じゃなくてもいいよ。好きなもの入れてさ。凛太郎は、どう?」

「手紙じゃなくてもいいなら」と凛太郎も案に乗ると、「じゃあ、決まりね」と亜紗が笑った。

 あの頃にはできなかった、また会うための約束ができた。それでも、今度はいつ帰って来るのか、それを凛太郎も颯も聞けずにいた。本当に帰ってきてくれるのだろうか、という心配もあったのかもしれない。

「わたし、この町が好きだよ」

 ボールを投げながら、亜紗が言う。

「ふたりとの思い出があるから、この町が好き」

 そのボールを凛太郎が、しっかりと受け取る。

「わたし、また夏になったら帰ってくるから。そのときに、3人で開けようよ」

 約束の言葉を聞きながら、凛太郎が颯にボールを投げる。緩やかな放物線を描いてから、ボールは綺麗に颯の手の中におさまった。



 亜紗が東京へと戻る日がやってきた。

昨夜のうちに、タイムカプセルを埋める場所は3人でよく遊んでいたあの神社に決めてある。両親のお墓参りがある亜紗に合わせ、早朝から神社に集まる約束をしていた。

凛太郎は眠い目をこすりながら、家を出た。まだ約束の時間には早い。けれど、少し町を歩いて、遠回りをしてから向かいたかった。

日が昇ってすぐの町は、まだ動き始めていない。変わった場所と変わっていない場所に頭の中で印をつけるようにしながら、ひとり歩いた。

3人で学校帰りに遊んだ小さな公園の遊具は、新しくなっていた。でも、そこから見える景色はあまり変わっていない。商店街を通れば、ところどころ新しいお店に変わっている。けれど、3人でたまに立ち寄った、小さなおもちゃ屋はまだそこに残っていた。

路地を抜けて、神社の前の通りまで出る。ゆっくり散歩していたせいで、思ったより約束の時間ギリギリになってしまった。

神社の石段を上ろうとしたところで、木がざわざわと音を立てて揺れ、風が吹き抜けた。地図を手に、宝探しに向かう小学4年の自分たちが、すぐ傍を通り過ぎた気がした。

幻のようなものを追って、振り返る。そこには、自分より背が少し高い颯が立っていた。

「さては凛太郎も、寝坊したな?」

 颯が、軽やかに笑う。

「一緒にしないでよ。俺はちょっと寄り道してたら遅くなっただけ」

 颯と並んで、石段を上っていく。

「でも、遅れてはないだろ。約束の時間ちょうどだ。まあ、きっと、今日も亜紗が一番乗りだと思うけど」

 颯の予想通り、石段を上りきるとそこには既に亜紗の姿があった。

 神社の神主さんには、昔から顔を覚えられている。タイムカプセルを埋めたいと話すと、快く了承してくれて、道具まで貸してくれた。

裏手にある林の中から目印になりそうな木を見つけ、その傍に穴をひとつ堀ったところで、亜紗が持ってきた空き缶を取り出す。

「俺は、これ」

そこに、まず颯がボールを入れる。

「亜紗は何を入れるの?」

「わたしは、手紙。そんな大したこと書いてないけどね」

 そう言って、封筒に入った手紙をひとつ缶に入れる。

「凛太郎は?」と、亜紗が聞く。

「俺は、地図」

「まさか、暗号の地図じゃないよね?」

「そのまさかだよ。3人で行ってみたい場所が書いてある」

 凛太郎も、綺麗に畳んだ地図を入れた。

 缶を穴に入れて、土を被せて埋めたところで、不意に颯がハッとしたように声を上げた。

「ってか、この神社、俺たちがこれを掘り返すときまであるよな?」

 凛太郎がそれに答える。

「さすがに、そんなすぐにはなくなったりしないんじゃない?」

「まあ、そうか。でも、この木がなくなるかもしれないよな。そうしたら、俺たちが埋めた場所もわからなくなるんじゃない?」

「きっと、神主さんが残しておいてくれるよ」

 亜紗が屈託のない笑顔でそう言う。

その隣で、凛太郎もきっと大丈夫だろうと思った。

もし、目印のこの木がなくなったとしても、またこうやって会える気がした。

亜紗はきっとこの町に帰ってきてくれるし、颯が埋めた場所を見つけようと誘い出してくれる。

「それに、場所がわからなくなったら、凛太郎がまた見つけてくれるよね?」と、亜紗が言う。

「ああ、何回でも見つけるよ」

 何度、見失ってもまた探せばいい。間違う度に、やり直せばいい。そうやって、少しでも思い描いた自分に近づきたい。変わらないものを持ちながら、変わっていけたらと思う。


境内を風が吹き抜け、木漏れ日が揺れている。

亜紗と再会した日より、涼しい風だった。

夏が終わる。

次に来る夏に約束と小さな課題を残して。


(終わり)

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夏の日の重ね地図 瀬戸みねこ @masutarooo

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