第71話 暴風の揺り籠

 ヒルダの聞き込みによって示された秘密基地で、サラを迎えたのは五人の少年少女だった。


「お兄!」


 サラの背中から飛び降りたエミルが兄に駆けよっていく。


 秘密基地は屋根が抜けたまま放置された穀物倉庫だった。作りは石造りで頑丈そうだが、古い農具や樽、端材などが乱雑に積まれており、あちこちに砂ぼこりが積もっている。持ち主に放置されたガラクタは子供たちの基地作りには格好の資材となったことだろう。


 この城の主である子供たちは、出入り口から見える煙を避けるように、奥の壁際で身を寄せあっていた。


「エミル!お前なんでここに」

「お兄を探してたんだよ!あのお姉ちゃんが助けてくれて」


 エミルが指さしたサラに子供たちの注目が集まる。サラは努めて明るい表情を作り、子供達を安心させようと振る舞った。


「私が来たからにはもう大丈夫。みんなでお母さん達の所に行くぞ」


 それを聞いた子供達は一瞬明るい表情を見せるが、直ぐに顔を見合わせてしまう。サラが「ん、どうした?」と訪ねる。


「それが、リリーが怪我しちゃって歩けないの」


 地震が起こった際、ちょうどガラクタの上に登っていた子がバランスを崩して落ちてしまったらしい。診せてもらうと足首が大きく腫れている。これでは歩くのは難しいだろう。


 エミルの兄達といっても全員まだ子供だ。動けない一人を担いで逃げる事も出来ず、この場所に留まるしかなかったのだろう。


 エミルを含めて男子四人に女子二人。その内動けない怪我人が一人。サラ一人で全員を一度に運ぶ事は出来ない。子供の足で移動するには今の街は危険過ぎる。


 応援が必要だ。

 手が空いている人員は居るか?

 居たとしてここに来るまでどれくらいかかる?

 既に炎に囲まれつつあるこの場所へ来れるのか?


 悲観的な推測は山ほど立つ。しかしサラはそれらを振り切るようにヒルダへ応援要請を送った。


 とにかく、今ここに居るのは私だけ。まずは傷の手当てから......。


 サラが添え木にちょうど良い端材がないかとあたりを見回したその時。視界の端で影を捉えた。続いてコーンという乾いた音が倉庫に響く。子供たちがびくりと固まる。


 燃えた木片?

 焦げ臭さが鼻を突くよりも先に、事態を理解したサラは大きく抜けた天井を仰ぎ見る。


「屋根のある位置まで走れ!」


 事態が飲み込めない子供たちは動けないでいた。サラは風魔法による感知領域を最大限に広げながら叫ぶ。


「竜巻で吹き上げられた瓦礫が降ってくる!早く屋根の下に!」


 言いながらサラは子供らへの落下物のみを遠くへ蹴りとばしていく。風魔法により目で見るよりも早く感知し、最短最速の動作で繰り出される蹴りは正確無比に危険を排除する。


 次々と降ってくる落下物を目の当たりにして子供達もようやく動き出した。足を怪我したリリーはエミルとお兄ちゃんが両側から支えて移動する。よろめきながらも励ましながら避難する姿に、サラは口元に笑みをこぼす。


 優しい、いい子たちだな。


 サラは増えてきた落下物に対応するため、天井の穴から屋上へと跳び上がった。建物から出た途端、熱風がサラの小さな身体を煽る。


 炎の竜巻は目の前まで迫っていた。


 先ほどよりも大きく成長したそれは意地悪くもこの建物に真っ直ぐ向かってくる。今ですら魔法を使わなければ火傷しかねない熱風だ。建物を直撃したら子供達はひとたまりも無いだろう。


 サラは詠唱と共に自問する。


「無尽の青嵐!」

 なんの為に強くなった?

「渦巻け、綾なせ」

 理不尽に負けない力が欲しかった。

 院長先生に生きていて欲しかった。

「凶事を拒絶し、我らに凪を!」

 弟を守り、その力になってやりたかった。


 サラを中心に風が渦巻く。出力を限界まで上げて、炎の竜巻に匹敵する風の障壁を作りだす。


暴風の揺り籠テンペスト・クレイドル


 その風はサラと子供達が居る建物を守る形で吹き荒れ、その勢いは無数に降っていた瓦礫も全て弾くほどだ。


 サラは魔力を振り絞る。この程度ではあの竜巻は止められない。風使いの本能がそう報せていた。


 もっと吹き荒れろ。もっと速く。もっと強く。風に私の命を乗せろ!

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