不思議の神隠さんと七陣小の七不思議

青木のう

第1話 神隠さんとの出会い

 世の中不思議な事は山ほどある。例えば電子レンジがどう動いているかなんて、私にはわからない。だから不思議だ。例えば昨日宿題を忘れた理由。特に覚えていない。だから不思議だ。人、物、事。世の中は不思議にあふれている。


 不思議と言えば、私――近藤こんどう かえでを良い人だなんてみんなは言うけれど、私は単に自主性が無い人間なだけだ。だから五年生に進級して図書委員になったのも、別に本が好きとかいうわけじゃなくて、単に断ることができなかっただけだ。


「退屈だな」


 放課後、図書室。

 カラスが鳴き始めた頃、私は貸出カウンターの席でぐっと伸びをした。


 私の通う七陣しちじん小学校では、放課後の図書室の貸出当番は四年生から六年生の図書委員が順番に担当する。今日は五年二組と四組が担当。つまり五年四組の図書委員である私は、今日が当番日だ。


 けれども七陣小は特別読書が盛んというわけでもないし、外はぽかぽかと春の陽気だ。こんな放課後に図書室を訪れる生徒なんてそういないわけで……退屈だ。退屈だと不思議と時間の進みが遅く感じる。


和田わださん、遅いなあ」


 おばあちゃん司書の和田さんは、『新しい本が届いたみたいなの』と二組の図書委員である杉山すぎやま君を連れてどこかへ行ってしまった。もう三十分以上も前の事だ。


『ごめんな、楓』


 ぼーっとしていると、クラスのもう一人の図書委員、有原ありはら あんちゃんの声が脳内に響いた。杏ちゃんは用事があるとかで、今日の放課後当番は欠席して帰ってしまった。杏ちゃんがいれば、この退屈な放課後も少しは楽しかったかもしれない。


「あと十分か」


 放課後の貸出当番は学校が終わってから一時間。時計を見ると、終了の時間はすぐそこまで迫っていた。


 利用者は来ない。杉山君は和田さんと、新しい本を運んでいるんだろう。このままじゃ私だけ放課後ぼーっと過ごして終わってしまう。それじゃサボりみたいだ。


 そう思った私は、カウンター脇の古い本棚にある本を整理し始める。この棚には学校誌や昔の卒業アルバムみたいな、七陣小学校に関する本が並んでいる。

 ほとんど利用者はいないけれど、古く痛んでいる本も多いから時間がある時に整理してほしい。そう和田さんが言っていたのを思い出した。


「うわ、思ったより重いなあ……」


 アルバムは分厚く、重い。あと十分、ただ座っているだけでもきっと何も言われない。けれどこうやって仕事を見つけるあたり、たぶん私はまじめなのだ。


 そういえば二組の図書委員の一人は杉山君として、もう一人はどこだろう? 杏ちゃんみたいにお休みかな? そんなことを考えながら、重いアルバムに手をかけた時だった。


「ねえ、なにしてるの?」


 声が聞こえて動きを止める。女の子の声だ。

 振り返ると、すごく綺麗な子がそこにいた。


 すっきりとした目鼻立ち。肩の先まで伸びた黒髪は、つやつやと輝いている。色白の肌にこれまた白のワンピースがよく似合っていて、まるでお人形さんみたいだ。誰だろう。見かけない顔だ。


「えっと、図書委員の当番で本棚の整理を……」

「図書委員!」


 そう言って、女の子の瞳が見開かれる。

 宝石みたいに綺麗な瞳だ。そんな瞳に、私はギュッと吸い寄せられてしまう。


「実は私も図書委員なんだ。二組の。ごめんね、用事があって遅くなった。私は神隠かみかくし あおい。よろしくね」

「あ、えーっと、私は近藤 楓だよ。よろしく」


 つまりこの子がもう一人の図書委員。神隠、珍しい名字だ。でも少し変わった雰囲気――まるで人間ではないような空気をまとうこの子には、ピッタリのように感じる。


「ねえ楓ちゃん、他の人は?」

「あ、うん。司書の和田さんは杉山君を連れて新しい本を取りに行ったよ。四組のもう一人の図書委員の有原さんは用事があって、当番を欠席してる」

「へえ、じゃあ一人で本棚の整理を。楓ちゃんは偉いね」


 私が正直に本棚の整理を始めたのはたった今だと言おうか悩んでいると、神隠さんは、私の横に積まれた卒業アルバムの一つを手に取りパラパラとめくっていた。そしてあるページで指を止め、興味深そうにながめる。


「ねえ、これ面白そうだと思わない?」


 いたずらっぽい笑みを浮かべた神隠さんが見せるページには、こうタイトルが書かれていた。“七陣小七不思議”。


「……七不思議? 七陣小にも七不思議ってあったんだ」

「ほんと、私も知らなかった。ねえ、楓も気になるでしょ?」

「いや、私は……」


 タイトル以外は見えなかったけれど、七不思議と言えば動く人体模型だとか見ると呪われる鏡だとか、怪談が定番だ。私はそういうの正直苦手だ。だから首を横に振ろうとしたけれど、その前に神隠さんが口を開く。


「この七不思議、私たちで確かめようよ」


 宝石みたいな瞳が、ギュッと私をのぞき込む。それはまるで魔力を持つように、私から「イエス」を意味する言葉を引き出そうとする。けれど怖いのが苦手な私は、なんとか「ノー」を意味する言葉を口に出そうとする。


「でも、私……」


 断ろう。断らなければ。断るしかない。だいたい神隠さんと出会ったのは、ほんの今だ。いつの間にか名前で呼ばれているけれど、つきあう義理なんてない。簡単だ。いいえと言えばいい。城門を閉ざすんだ。よし言おう。


「その……」

「きっと楽しいよ。だから、ねえ?」

「その、はい……」

「よし、決まりだね!」


 城門崩壊。ノーと言えない日本人の私に、不思議な魅力でぐいぐい迫って来る神隠さんは防げなかった。


「ごめんなさい、遅くなって」


 ちょうどその時、司書の和田さんが帰ってきた。時計を見ると、当番の終了時間はもう十五分も前に過ぎていた。

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