第16話 ハイゼンスレー

 男はサングラスで再びオッドアイを隠すが、口元は不敵に笑っている。


「ふっ…何処でその名を知ったんだ?

まぁいい…この顔を見られたなら仕方ない」

男は部下に脱出の準備を急がせた。


「まっ…待って!」

アキは痛みを堪えて男の方へ走り出そうとするが、両腕を吊るされてそれ以上動けなかった。


「待って! 逃げるな!」

アキの悲痛な叫びが響く。

何度も吊るされた腕を振り解こうとするが、外れる様子はない。


脱出準備が完了した知らせを受け、奥のドアへ進み、手前で一度振り返ると銃口をアキに向けて笑った。


「あの世で父親と再会するんだな」


たが、男が放った光弾はアキの脇腹をかすめただけだった。

アレスが横壁をぶち抜いて飛び込んで来た衝撃で的を外したのだ。


「チッ!」

男は舌打ちするとそのまま奥に走り去った。


「待って! 待ってーっ!」

アキは半狂乱になりながら叫び続けた。


アレスから降りてきたグロックが暴れる彼女の躰を片手で抱きかかえると、もう片方の手で吊るされていた両腕を外した。

両腕が自由になるや、去って行った男を再び追いかけようと走りかけたが抱えていたグロックの腕は緩まなかった。


「何処へ行くんだそんな躰で!」

彼女の脇腹はかすめたとは云え、光弾の熱で焼き切れたように抉れている。


「離してっ!アイツが逃げちゃう!追わないとーっ!」

グロックの腕の中で藻掻いて暴れたため、焼き切れた傷口が裂け血が吹き出し始める。


「今はお前の躰の方が大事だろう!」

暴れる彼女をアレスに乗せようと、グロックも声を荒らげるが一向に訊く様子がない。


「ダメよ!アイツを見つける為に入りたくもない宇宙軍に入ったんだから!

今逃がしたら次いつまた見つけられるか判らない!だから離して!」


アキは泣き叫びながらグロックの腕の中で藻掻いた。しかし、傷ついた脇腹は見た目よりも深く吹き出した出血の多さに躰の力が入らず倒れそうになる。


「先ずは傷を治せ!たとえ今追いかけてもその傷では追いつく前に犬死にだぞ!」


尋常でない彼女の様子に何かを感じたが、状況からグロックは治療を優先させた。

アキはグロックに抱えられアレスの中に入れられる。

力の入らない躰ではどうにもならない。

彼女はグロックの腕にしがみついて悔しさで歪んだ顔を埋めた。


「折角…見つけたのに…父様の…」

そこまで言いかけて彼女はグロックの腕の中で意識が遠のいていった。


気を失ったアキの躰は後ろのシートに固定された。

出血の止まらない傷口を応急処置で塞ぐ。


脇腹以外にも損傷がないか手早く確認すると、躰中に付いた鞭の痕や紫色への変色。

顔に至っては叩かれたのか腫れ上がり唇の端が切れ擦り傷まである…


『くそっ! こんな酷い真似しやがって!』


こんな傷で逃げた誰かを追おうとしていた。

いくら宇宙軍に入ったからといって、まだ訓練生の彼女が初の実戦でこんな目にあえば恐怖の方が先に立つものだ。


なのに、逃げた先に向ける目つきは普通じゃなかった…


地上に出たグロックは、待機していたスヴァンヴィートに乗込みリュブラナの街を後にした。


テロリストの巣窟であったリュブラナの街は、文字通り塵も残さないほど見事に破壊尽くされた。






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