第15話 ユズキの過去
「ごめん、みんな。私やっぱり進学する事にする」
卒業式が終わり、教室に残っていたのは
「ヒカリ、どうして!?」
思わず大きな声を出したのはナナミであった。
「まあ、ウチの場合親が厳しくてさ……。個人探索者なんて許さない、大学に行けって言われてて。実は推薦で秋には大学に受かってたんだよね。今までどうしても言い出せなくて、ごめん」
親の反対と言われると強く言えない一同。これから探索者として一歩を踏み出そうとしているが、やはり親の賛成と応援は必要だ。
親の反対を押し切ってまで「北の誓い」として探索者をする決意を固めているのはユズキ1人であり、残りのメンバーは熱意の違いはあれど家族の理解と応援は受けることが出来ている。
そんな中、ユズキと同様に親の反対を受けていたヒカリはこの土壇場で家族を……進学を選択したというわけだった。
「まあ親が反対してるなら仕方ない、か……」
家族に反対されている事は、ユズキはヒカリにしか打ち明けていなかった。するとヒカリも「実は私も」と話してくれた。だから周りのメンバーにとって親の反対は寝耳に水であるだろうし、ギリギリまで言い出せなかったというヒカリの気持ちに寄り添うように、彼女を責める者は居なかった。
だけどユズキは違う。家族に反対された者同士、どうしようか真剣に話し合って励まし合ってきた。本格的に受験をしないと宣言してからの半年ほど、ユズキは家族に居ないモノとして扱われるようになった。食事は自室に運ばれるようになり、正月の親戚の集まりへの参加も許されなかった。それでも辛いのは自分だけでは無いとヒカリと励まし合って乗り越えてきた。
しかしそんなヒカリは実は大学に合格しており、家族仲も良好であったとなればこの半年間、彼女はどんな気持ちで自分に接してきていたのだろう。
ユズキが呆然としている傍らと、ヒカリは他のみんなに握手して回っている。ごめんね、がんばって。そんな台詞を吐きながら、いつもの人懐っこい笑顔を振り撒きつつ。
「ユズキも……本当に、ごめん」
ユズキの番が来たようだ。目の前に立ったヒカリが手を差し出してきた。
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「……まあ私はその時、その手を取れなかったわけ」
カンナが作ってくれた料理に舌鼓を打ちつつ、ユズキはあっけらかんと話す。既に過去の話として自分の中で決着はついており、今さら思い出して辛いというわけではない。
「握手しようと差し出された手を無視して、そのまま教室を出て帰っちゃった。その後ヒカリが残りのメンバーと何を話したかは知らないけど、さすがに私が家族の反対を押し切って探索者になったって事はバラしてはいなかったみたいで、翌日他のメンバーから「気持ちはわかるけど、心の整理がついたら許してやればいい」とか言われて、それでおしまいだったかな」
「カンナちゃんはこの話、知ってたの?」
こちらももぐもぐと料理を食べつつ、マフユが聞いてくる。カンナは小さく首を振る。
「ユズキがご家族の反対を押し切って探索者になったって事は前に一度聞いてたけど、ヒカリさんの話は初耳……ユズキの幼馴染って北の誓いの5人だけかと思ってた」
北の誓いはユズキを追放した後に解散した。あまりいい思い出ではないかなと、カンナからは積極的に触れられない話題だったからこれまで「他に幼馴染はいなかったの?」なんてあえて聞こうとすら思わなかった。
「じゃあユズキさんとしては、同じ家族に反対されてる仲間だと思ってたヒカリ嬢が実はさっさと探索者を諦めて大学に合格していたのに、それを黙って何食わぬ顔で話を合わせてたのが許せなかったってこと?」
「当時はそう思ってたのかなあ。今になるとヒカリも言い出せなかったのかなって思うけど、まあ不誠実には変わりないよね」
「ちなみに幼馴染7人組の中で一番仲が良かったのもヒカリ嬢?」
おかわりのビールをコップに注ぎつつ、カンナが聞きたくても聞けなかった質問をするイヨ。カンナは「ナイス!」と心の中でイヨに拍手する。
「あー……、うん。まあ、そうなるかな。7人全員で遊びに行ったり、女子4人でって機会も多かったけど2人きりで買い物に行ったりお互いの家に行ったりっていう相手はヒカリだけだったし」
ちょっと言いにくそうに答えるユズキ。
「元カノ?」
「違います」
そこはキッパリと否定する。イヨはこっそりカンナに目配せした。聞いてくれてありがとう、カンナはイヨに感謝しつつ、彼女の取り皿にお代わりのラザニアを盛り付ける。海老を少し多めに乗せたのは感謝の気持ちだった。
「あの子に対する恋愛感情みたいなのは全く無かったし、そういう雰囲気になった事すら無いわ」
「ちなみに変なこと聞くけど、幼馴染7人の中で好いた惚れたはなかったの? 高校生くらいだとそういうのありそうだけど」
「男子から女子に好意はあった気がする。例えばコウキはリナにアピールしてる時期があったりとか。ただ女子側からするとあの3人はちょっと好みじゃなかったって言うか、小学校からの腐れ縁って感じで今さら彼氏にしようとは思えなかったんだよね」
「それでそのまま探索者か。有る意味すごいね。大抵の男女混合パーティは恋愛絡みで空中分解するっていうのに」
まあそれで言ったら柚子缶も
「一応、北の誓いを結成してからはパーティ内恋愛禁止ってルールは設けたけどね。裏でどうだったかまではわかんないなぁ」
気が付けばカンナが用意した料理は全て食べ尽くされていた。イヨとマフユもカンナの料理を大絶賛して「いいお嫁さんになれるね」と褒めてくれた。
気付けばみんなでまったりとお酒を飲みつつおつまみ――これもカンナの手作りである――を頂いている。
「それにしてもユズキちゃん、ご家族に反対されてたのかあ」
「隠してたわけじゃなんだけど、実家と仲が悪いなんてあんまり楽しい話じゃ無いから……」
「でも親御さんが個人探索者になるのを反対する理由って大抵は収入が不安定だからだよね。ユズキさんはもうサラリーマン一生分くらいは稼いでるわけだし今なら認めてもらえるんじゃない?」
イヨに訊ねられると、ユズキはうーんと難しい顔をする。
「うちの実家って会社やってて、個人探索者を見下してる空気があるのよね。実家の会社でも探索者はたくさん雇ってるし、探索者は企業に所属してこそ! みたいな雰囲気というか……。だから私が家を出た時も「どうせ成功出来ずに泣きついてくるに決まっているだろう」って言ってたわ」
「あちゃー、それだと探索者として成功したユズキちゃんに対して余計拗らせてるかもだね」
「多分そうだと思う。なまじ自分に自信があるタイプなだけに、思い通りにならないとヘソを曲げるタイプだから」
「頑固オヤジだ」
「うちのナンパオヤジとは正反対だね」
ナンパオヤジとは、不倫して子供を作って出て行ったカンナの父親の事である。場を和ませようと上手いこと言ったつもりのカンナであったが、ちょっとブラック過ぎて「お、おう……」という空気になってしまった。ブラックジョークって難しい。
「あれ、ユズキさんって仙台出身って言ってたよね? もしかしてご実家はアマクラ興業?」
「あ、うん、そう……」
「イヨさん知ってるの?」
「大企業だよ。全国的な知名度はD3ほどじゃ無いけど、東北においてはアマクラの方が力があるんじゃ無いかな」
「はぇー。ユズキってお嬢様だったんだねぇ」
実家が大企業だと言われてもピンとこないカンナ。すごいなぁくらいの感想でしかない。だけどそんなカンナの様子はユズキを安全させた。子供の頃から「天蔵のお嬢さん」として扱われる事が多かったユズキは、どうしてもそういう色メガネ無しでフラットに接して欲しいというが欲求が強い。
「じゃあユズキちゃんが協会のルールに詳しいのってご実家の仕事に関係あるの?」
「そうなるかな。会社は兄と姉が後継者教育されていて、私は協会に就職して会社に便宜を図れるようにしろって言われてたから。中学生の頃くらいまでは真面目に勉強してたから、色々と細かいルールとかはその時の知識ね」
「それが巡り巡って探索者としての活動に活きてるんだから何が役に立つか笑がないものだね」
「全くだわ」
あははと笑い合う4人。
「ちょっと話が逸れたけど、そんなわけで私は今さらヒカリに会ってもどんな顔すれば良いかよく分からないんだけど、あの子は全く以前と同じように話しかけてきたから調子が狂っちゃったって感じかなあ。今さら仲良しには戻れないけど、恨むほどじゃないって意味では
「そっか。良かった。何か妙に距離が近いからどんな関係なのかと思ったよ」
ホッとしたカンナが漏らすと、ユズキは笑って返す。
「あの子は誰に対してもあんな感じなのよ。それこそ男子にもあんな風に接するから良くクラスメイトから告白されてたわ」
結局打ち上げはカンナの料理を食べつつユズキの身の上話をする会になってしまった。
まあそれを聞いたからといって柚子缶のメンバーからユズキへの態度が変わるわけでもなく。連休明けからは改めて日本一の探索者を目指して活動を頑張ろうと決意を固める一同だった。
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