第三話「チョコレートはやる気になった!」

「それで、怪盗ってなに?」

「んっふふふ、それはね。どんな困難な妨害も突破して、どんなに固く閉ざされた場所にも忍び込んで、華麗にお宝を盗み出すスターのことよ!」

「盗み……つまり、泥棒ってこと?」

「ノン! 怪盗よ、か・い・と・う! この二つは似て非なる物なんだから! 一緒にしないでよね!」

「でも、物を盗むのって、泥棒でしょ? 悪いことでしょ?」

「違うわ、レイト」

 その疑問に、ココアはレイトの膝から飛び降りると、くるんと尻尾を揺らして一回転し、ポーズを決めて言いました。

「素敵で格好いい、スリリングでミステリアス。つまり魅力的だっていう事には、正義よりも価値があるのよ」

「ふうん」

 ココアの渾身の決め顔に、しかしレイトはいまいち理解が追い付かないようで、気の抜けた相槌と共に小首を傾げます。

 そんな彼の様子に、ココアは心外だとばかりに言葉を続けます。

「なんでそんなに興味が無いの? 怪盗よ、怪盗。恰好いいでしょ! そもそも、チョコレートだった時、レイトのモチーフは怪盗だったじゃない! 分かるでしょ? 怪盗って言うのは、お菓子のモチーフになるくらい、アトラクティブなアイコンなの!」

「でも結局、俺捨てられちゃったわけだし。そんなに素敵なら、売れ残らなかったんじゃない?」

「十把一絡げの追従品が売れないなんて当たり前でしょ! あなたはブームに乗っかっただけのお寒い二番煎じ商品から、本物の怪盗、それも世界一の、ナンバーワンでオンリーワンの怪盗になるの! 最高のサクセスストーリーじゃない!」

「うーん、チョコレートとしての俺が、失敗だったってことしか分かんないや。後なんか、ココアが酷いっぽいなってことくらいしか」

「なんでよ、もー! ここはテンション爆上がりするところでしょ? 『ええっ? 俺が、怪盗に⁉』って色めき立つところでしょ?」

「んー、命を貰ってチョコレートが食べられるようになった時の方が、びっくりしたし、テンション上がったかな」

「確かにインパクトはそっちの方が大きいか……」

「良く分かんないけど、怪盗? になって、良いことがあるようには思えないし、やめとくよ」

「やめとくとかじゃなくてー! なってもらわなきゃ困るのよ! もー!」

「俺が怪盗にならないとココアが困るの? なんで?」

「言ったでしょ! 盗んで欲しいものがあるって。手に入れなくちゃいけないものがあるのよ」

「それって、お金集めて買ったらダメなの? このチョコレートみたいに」

「いくらかかると思ってるのよ、もー!」

「いくらかかるの? 分かんないよ。ココアが何欲しいのかも、まだ教えてもらってないもん」

「ああ、そっか、それはそうね」

 レイトの指摘にココアは、伏せていた耳をぴょこんと立てます。彼女は、誇らしげに胸を張って言いました。

「あたしが欲しいお宝は、宝石なのよ」

「宝石? 何それ。チョコレートより美味しいの?」

「食べ物じゃないわ。宝石っていうのは、きらきら光る綺麗な石のことよ」

「あ、それなら、向こうの森の小川に、綺麗なのいっぱい落ちてるよ。ココア、石が好きなの? 取ってきてあげようか?」

「違うわよ! もっともっと、そこいらの石ころよりずうっと綺麗なの! しかも、世界中にほんの少ししか無くって、とってもとっても大切なものなの!」

「へー。でも、綺麗でも石なんだよね。じゃあ、食べられないし、要らなくない?」

「要らなくなくない! ……まあいいわ、宝石もただの石って言うのは、この際譲ってあげる。その通りよ。食べられないのも本当だし、レイトはチョコレートの方が良いわよね。でも、あたしが欲しい宝石は、宝石の中でも特別なものなの」

「特別?」

「そう、あたしの欲しい宝石は、石は石でも、宝石は宝石でも、流れ星の欠片。どんな願いも叶えてくれる、魔法の宝石なのよ」

「へー」

「これでもまだテンション上がらないの⁉」

「それで、それはお金で買えないの?」

「買える訳ないでしょ。まさに夢のアイテム。一度手に入れたら、お金をいくら積まれたって手放すわけないし、仮に交渉を成立させたって、バカみたいなお金が必要よ。ゴミ箱や側溝でコインを探してるあたし達じゃ、到底用意できないようなお金がね」

「あ、じゃあお店屋さんやろうよ。お金って稼げるんでしょ? 俺、お菓子屋さんやりたい。コアントロ社のお菓子をいっぱい並べるの!」

「それは素敵ね、夢があっていいわ。でも現実の話をしましょ。仮にお菓子屋さんで一発当てて、それこそコアントロ社ばりの一大製菓会社になって、財産を築いたとしましょう。それを全部使ったって、一欠けらを手に入れるのが精いっぱいよ」

「それじゃ駄目なの?」

「駄目なの。言ったでしょ。世界中から盗んで欲しいって。流れ星の欠片は一つじゃないの。あたしはそれを全部集めなきゃならない。買ったりなんだり、正規ルートじゃ埒が明かないわ。達成するには、盗むしかないの」

「うーん」

「ね? レイトにとっても良い話の筈よ! 流れ星の欠片を集めてくれたら、レイトのお願いの一つや二つ、なんだって叶うわ! 素敵でしょ?」

「でも俺、願い事とか特に無いよ。こうしてココアと一緒に、時々チョコレートを食べて暮らしてたら、十分楽しいもん。それじゃ駄目なの?」

 レイトの言葉に、ココアはしょんと耳と尾を下げます。

「駄目なのよ……」

 ココアのしょんぼりとした声に、レイトも眉毛をハの字にします。

 廃墟の中に、気まずい沈黙が訪れました。

 ややあって、その沈黙に耐えかねてか、レイトは軽くため息を吐いて言いました。

「流れ星の欠片って、何処にあるの?」

「レイト……」

 その気づかいに、ココアは瞳をこころなし潤ませて、レイトを見上げます。彼女の金色の瞳に応える様に、レイトは苦笑しました。

「ココアが困るなら、仕方ないよ。あんまりやりたくないけど、やったげる」

「うう、やっぱり後ろ向き……でも、ありがとう。大好きよ、レイト」

 ココアは、鼻先をレイトの手に軽く擦り付けると、くるりと身を翻し、床の上に無造作に捨て置かれた紙くずを引っ張ってきます。

 ズタボロでインクの滲んだその紙切れは、古い新聞でした。日付は数週間ほど前の物です。

 ココアは、その新聞を広げると、一面に書かれた記事を前足で指し示して言いました。

「この記事よ。とある資産家が、大枚叩いて宝石を買い付けたんですって。宝石趣味なんてないビジネスライクな野心家なのに、突然。しかもその宝石は、不思議な力があるっていう噂付き。あたしはこれが流れ星の欠片なんじゃないかと思うの」

「ふうん。良く分かんないけど、その人は宝石が好きだからじゃなくって、何か別の理由があって宝石を買った。その理由は、願いの叶う流れ星の欠片だからって、ココアは思ってるってこと?」

「そういう事! しかも、なんとこの資産家の別荘、隣町らしいの。しかもしかも、その資産家は、毎年この時期にバカンスでその別荘に滞在中! ね? 運命だと思わない? あなたの初仕事にピッタリよ」

「そんなの、何処で調べたの?」

「町の人の噂とか、こういう古新聞とか、後は捨てられてた雑誌のインタビュー記事とかからよ」

「へえ、すごいね」

 ココアの地道な情報収集に感心しながら、レイトは古新聞を手に取り、改めて紙面に目を通します。そして彼は、記事の内容をたどたどしく読み上げなら、文字を追って行きます。

「えーっと、小国の国家予算にも匹敵する金額……歴史上、持ち主に幸福と富をも、もたらしてきたと語られる幻の宝石……彼は突然宝石の美しさに取り憑かれたのか?……しかし若き成功者には、痛くも痒くもない散財か……最近では製菓部門の躍進も目覚ましい新進気鋭の財閥……その総帥クトーア・コアントロ氏の個人資産は……コアントロ?」

 そこまで読み上げたレイトは、思わず立ち上がって叫びました。

「コアントロって……コアントロ社の? あの、チョコレートがすっごく美味しいコアントロ社のCEO?」

「え? ああ、そうね。そう言えば、そうだったわ。流れ星の欠片のことで頭がいっぱいで忘れてたけど、レイトのお気に入りの製菓会社だったわね」

「じゃあ、俺が宝石を盗みに行くのって、コアントロ社のチョコレートを作っている人の所ってこと?」

「ええ、そうなるわね」

 そう答えて、ココアは何かに気づいたかのように焦って言いました。

「待ってよ、まさか、相手が好きなチョコレートの会社だからって、止めるなんて言わないわよね?」

 ココアの心細そうな問いかけに、レイトは彼女を振り返ります。彼の大きな瞳は、星のきらめきを閉じ込めたかのように、煌めいていました。

「言わないよ! コアントロ社なら、なんで言ってくれなかったの? CEOのお屋敷なんて、どんなところだろ!秘密のお菓子部屋とかあるかなあ? まだ発表されていない新商品とか、CEOだけの特別なお菓子があったりして! わー、楽しみだなあ! ねえ、いつ? いつ行くの? 明日?」

 ぴょんぴょんと小躍りするレイトに、ココアは暫く唖然として、それから大きく溜息をつきました。

「そうね、貴方には願いの叶う宝石より、美味しいお菓子よね」

 それから、ココアは気を取り直して、尻尾を一振りして言いました。

「残念だけど、明日って訳にはいかないわ。いろいろ準備しなくちゃならないもの。いい? レイト。貴方を最高の怪盗に仕立てなくっちゃ。まず用意しなくちゃならないものが二つ。格好いい衣装と、それからたっぷりのチョコレートよ」

 ココアの言葉に、レイトはきょとんと首を傾げました。

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一番星はチョコレート しうしう @kamefukurou

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