53話 残酷な王と猛る民衆

 すかさずゼウトスの四騎士が、腰の剣に手をかける。

 

「狡猾な魔族の考えそうなことですわ! 国王陛下はすべて見通しておいでよ!」

 

「カトリーヌお義姉様も、平和平和など言いながら、恐ろしい企てをしていたのね!」

 

 王妃とアンヌが騒ぎ立て、近衛兵たちが一歩前に踏み出す。

 一触即発の空気だった。

 

 そのとき、カトリーヌが静かに立ち上がった。

 

「おやめください。お父様、お義母様、それに、アンヌ様。私は、あなた方の破滅を防ぐためにここに参ったのです。どうか交渉に応じてくださいませ。恐ろしい未来を変えるために」

 

「カトリーヌ、何を……?」

 

 カトリーヌの言葉に、フェリクス王子をはじめとして、ゼウトスの騎士や兵たちが揃って目を丸くする。

 

「フッ、ゼウトスに嫁入りしてからインチキ予言者を名乗っているようだな。お前の言うことなど儂らが信じると思うか」

 

 エリン国王が鼻で笑い、王妃とアンヌが追従ついしょうして嘲笑する。

 

「不吉な予言でだまそうというのね! 愚かな浅知恵だこと!」

 

「しっぽを出したわね! 無才無能のカトリーヌお義姉様!」

 

「いいえ、私は先見の力で見たままをお伝えしているのです。私のお母様と同じ、未来を見る力です」

 

 カトリーヌは、震える手でペンダントを握りしめて言った。

 

「ミレイユの? あの占いがお前に出来ると? 何も出来なかったお前が笑わせる」

 

 王に鼻で笑われても、カトリーヌは退かない。退くわけにはいかなかった。

 

「お母様は、私の力が悪用されないようにと、力を封じてくださっていたのです。本当に私を大切にしてくれる人に、私が出会うまで」

 

「何を言うか。ミレイユがこのわしを信用していなかったとでも言うつもりか?」

 

 王の言葉に、カトリーヌは黙って目を伏せた。

 

「……お父様、このままでは、兵も、民も、あなた方に愛想をつかしてしまいます。ひとたび反乱が起これば、国は混乱に陥る。どうかお考えください」

 

「ぬかせ! この嘘つきを黙らせろ!」

 

 エリン国王が怒号をあげると、一人の近衛兵が歩を進める。カトリーヌの喉元に槍が突き付けられそうになった瞬間、フェリクス王子が剣を抜いた。

 

 カキン!

 

 王子の剣が槍を受け止め、耳障りな音が大広間に響く。それを合図として、四騎士が剣を抜き、エリンの近衛兵が突進を始めた。

 

 そのとき。

 

 大広間の入口に並んでいた捕虜のエリン兵たちが、ゼウトスの兵と共に近衛兵の背後に走り寄り、一斉に掴みかかった。

 彼らは、近衛兵に掴みかかり、続いて国王と王妃、アンヌを羽交い絞めにして拘束する。

 

「馬鹿どもが、血迷ったか!」

 

「無礼者! 離しなさい!」

 

「ヤダヤダヤダ! 何なの⁉」

 

 騒ぎ立てる王族三人に、エリン兵たちが怒号をあげた。

 

「オレ達を捨て駒にしようとしやがって!」

 

「処刑なんてされてたまるか!」

 

 兵たちの言葉に、エリン国王が怒りに顔をゆがめて叫ぶ。

 

「それが国に仕えるということだ! 愚か者ども!」

 

 その言葉を聞いたカトリーヌが、バン! とテーブルを叩いた。

 瞳のふちには、今にもこぼれそうな涙が湛えられている。

 

「お父様! お願いですから、民を見てください! あなた方のもとで、ずっと耐えてきた民を! この兵士たちを処刑したら、国中が怒り出すのです! 分かりませんか⁉」

 

 しいん、と大広間が静まり返る。

 

「……カトリーヌの先見の能力は本物です。だからこそ、あなたが差し向けた兵士たちを、待ち受けて捕えることが出来たんですよ」

 

 フェリクス王子が、底冷えのする声で告げる。それからカトリーヌに顔を向けると、うって変わって柔らかな声で訊ねた。

 

「カトリーヌ。君が交渉の席についてくるといって聞かなかったのは、その未来を見たからなのか?」

 

「……はい。交渉の席では戦闘が起こり、エリン兵は城下に逃れ、やがて民とともに城に攻め込む、という未来を見ました。彼らの怒りはもっともですが、国の混乱はさらに多くの不幸を呼んでしまいます。今、止めなくては」

 

「ふざけるな! そんな戯言を、」

 

 カトリーヌの言葉に、エリン国王が反論しようとした。

 が、その言葉は大広間に駆け込んできた門兵によってかき消された。

 

「大変です! 城の外に民が集まって騒いでおりま……! へ、陛下⁉ 何が起こって……ぐぅ!」

 

 大広間の様子に固まる門兵も、あっという間に取り囲まれて抑え込まれる。

 

「ええい、外で何があったというのだ!」

 

 狼狽するエリン国王に、カトリーヌがうれわし気な視線を向けた。

 

「兵たちの家族でしょう。捕虜となって戻ってきたのを知り、不安で駆けつけているのです。お父様、あなたは残酷な王であると、民に思われているのです。恐怖で民を縛れば、いつか、爆発してしまいます」

 

「適当なことを申すな!」

 

「適当ではありません、見たのです! 信じてください! お父様ご自身のためにも……!」

 

 カトリーヌの瞳からとうとう涙がこぼれた。

 その訴えを退けようと、王が口を開きかけたときだ。

 

「言い争っている時間は、無さそうですよ」

 

 フェリクス王子が、カチリ、と音を立てて剣を収めた。不思議な迫力に静まった広間に、城外から声が聞こえてきた。

 声の大きさから、大勢の人々が城を取り囲んでいるのだと分かった。

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