9話 料理長はゴブリン……?

 羽根ペンにからかわれて、手の甲に『弱虫』と落書きされたカトリーヌ。

 

 をしているらしいペンに構っている暇は無い。

 あとでたっぷり文句を言うことにして、一旦いったんは無視することにした。


 「さっ、次、次! ペンになんて構ってられないんだから!」


 そう宣言して、質問状の二項目めを読み上げる。

 

「『2.生き血のスープは 好き・どちらかというと好き・生き血はワインが至高・どちらかというと嫌い・嫌い・その他』……う、う〜ん?」

 

 首を捻ったカトリーヌは、ざっと質問状の全体を見渡す。

 全部で三十項目あることにまず白目を剥きそうになる。

 そしてそのどれもが、恐らく似た質問なのだ。


 「これ、全部答えるわけ……?」

 

 カトリーヌが力なく呟いたときだ。

 

「おうい! まだ回答は貰えねえんですかい? メニューが決まりませんぜ」

 

 しわがれた声が扉の外から聞こえてきた。

 

「どなたでしょう、ですわ!」

 

 扉に駆け寄り、閉じた扉に顔を寄せてたずねてみる。

 

「料理長のゴーシュでさあ! すんませんが、質問状の回答を貰えませんかね」

 

 荒い口調だけれど、腰の低い人物らしい。それに心から困っている様子だ。

 

「お待ちくださいね、すぐ持っていきますですわ!」

 

 カトリーヌは急いで書き物机に戻ると、まだ一問しか回答していなかった用紙を手にとって、扉に向かう。

 

 扉を開けると、そこにいたのはゴブリンだった。

 ゴブリンというと、凶暴で知能の低い魔物として聞いている。ヒトと見れば襲ってくるのだとか。

 小さな頃、絵本に出てきたゴブリンが怖くて眠れないと泣いて母を困らせたこともある。

 

 母は、『全てのゴブリンが怖いわけじゃないし、意味なく襲ってくるものじゃないの。人間でも怖い人と優しい人が居るでしょう』と言った。

 母は嘘は言わないし、色々な場所を旅していたので物知りだと尊敬していた。

 でもそのときだけは、とても信じられなかった。

 

「あ、カトリーヌ様。すんませんね、調理場に立ちっぱなしなもんで、油っこくて、汚えで」

 

 カトリーヌが固まっていると、目の前のゴブリンが恥ずかしそうにしわっぽい禿頭はげあたまいた。

 

 前言撤回。

 

 確かに、怖くないゴブリンだって居るのかもしれない。

 

(それに、こんな質問状を用意してくれるってことは、私を気遣ってくれてのことだわ。お城の方たちを怖がるなんて、失礼なのかもしれない)

 

 カトリーヌの心は決まった。

 にっこりと微笑み、質問状の紙をゴーシュに手渡す。

 

「ごめんなさい。回答は間に合わなかったのですが、あなたが得意なお料理を作って下さいですわ」

 

「へ? でもそれじゃあダメだって王子……いやいや、なんでもねえです。とにかくお口に合うものを作らねえとならないんで」

 

 焦って紙を突き返そうとするゴーシュを、やんわりと押し戻す。

 

「多分、ここに書いてあるのは私の食べたことの無いものばかりです。だから、好きとか嫌いとかで答えられませんわ。私は、あなたの一番得意な料理が食べたいのですわ」

 

「そ、そうですかい?」

 

 まだ納得しきれないという様子のゴーシュだったが、得意料理で腕を振るうことが出来るのは嬉しいらしい。最後には張り切って厨房に戻って行った。

 

 その姿を見送りながら、カトリーヌは密かに自分を恥じていた。

 知らない食材や料理について「信じられない」と最初から拒絶してしまったことに。

 

(そういえば、質問状はゴーシュが作ったものじゃないみたい。じゃあ、誰が用意してくれたのかしら?)

 

 そんな疑問を残しながらも、晩餐会に向けてのカトリーヌの気持ちは少しだけ軽くなった。

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