8話 質問状と羽根ペンさん・2

 さて、問題の質問状に向き合ったカトリーヌ。


『1.生の脳みそは 好き・どちらかというと好き・焼いた方が好き・どちらかというと嫌い・嫌い・その他』


 この質問にどう答えるべきだろうか。


(嫌い、にチェックするのは、なんだか失礼な気もする……)

 

 おかしな質問を前に、う〜んと頭を悩ませる。

 結局、『その他』にチェックをつけることにした。

 

 インクは見たことのない濃紺で、角度によっては白色にも紫色にも赤色にも光る。


(昔、お母様が身につけていらした首飾りの、オパールみたい)


 インクの色に見惚れながら、カトリーヌは亡き母を思い出していた。

 不思議と、目の前に現れるように、はっきりと思い出せる。


 

 カトリーヌの母は、漂泊ひょうはくの民だった。

 身分の低い妾の子、とカトリーヌがエリン王城内でしいたげられてきたのは、そのためである。


 もう一つ、理由があった。

 カトリーヌの母が持つ占いの力を、まったく引き継がなかったのだ。

 そのため、無才無能と言われ、使用人としてこき使われ続けてきた。

 

 占いを生業なりわいにしていた母は、エリン王国に来てすぐに、よく当たる美しい占い師として評判になったそうだ。

 それを聞きつけたエリンの国王が、なかばさらうようにして母を妾にしてしまったのだという。

 

 そんな母は、カトリーヌが七歳のときに肺の病にせってしまった。

 

「愛しいカトリーヌ。どんなときでも、希望を失っちゃだめよ。あなたは特別な子よ」

 

「特別なんかじゃない。わたし、お母様みたいに占いが出来ないもの……」

 

 カトリーヌが言うと、母は泣き笑いのような表情になった。


 「いいえ、あなたは特別よ。もし辛いことがあっても、あなたらしくいてね。いつでも、運命はあなたを……ゴホッ」


「お母様! 無理にお話しないで!」


「いいのよ。それより、もう私は長くないわ。カトリーヌ、この首飾りをお母様だと思ってね」


 カトリーヌに首飾りを渡す母の手は、やせて骨ばっていた。

 首飾りを受け取ると、ほっとしたように母の目の光が弱くなる。

 

「……愛しているわ、カトリー……ヌ」


 それを最後に、母は目を閉じた。


「いやだ! お母様! 私、特別なんかじゃないの! 何にも出来ないの!」


 反応を返してくれなくなった母の胸に顔を埋めて、カトリーヌは泣いた。

 握りしめた首飾りは、幼い彼女にはとても重く感じられた。




 結局その後、首飾りは壊されて、義妹のアンヌにオパールを奪われてしまった。

 残ったのは飾りに使われていた、名のない緑の石だけだ。

 それだけが母の形見だった。

 

(お母様と私の瞳と同じ色をした、大切な石……)

 

 胸元に忍ばせた、形見の石のペンダントヘッドを服の上から握る。

 涙が、頬を伝う。

 

 様々な色へと偏光するインクを眺めていると、抑え込んでいた思いがあふれて止まらなくなる。


 と、そのとき、羽根ペンが柔らかい羽毛で頬の涙を拭ってくれていた。


「ありがとう……なんだ、あなたって優しいんですね」


 そう答えるカトリーヌの目の前で、質問状の端に羽根ペンが文字を書いていく。


『これは魔法のインクだ。ザコは幻覚を見て心を削られる。お前、ザコだな』


「ざっ、ザコじゃない! ていうかあなた、筆談できるの!?」


 まずい、喋れないと思って王女らしくない言葉を使っていたのに。

 そう焦るカトリーヌと裏腹に、ペンは雄弁に文字を綴っていく。


『俺っちは特別な羽根ペンだからな。お前がザコじゃないってんなら、あれだな』


 とまで紙に書いていた羽根ペンは、ひょいとカトリーヌの手の甲に飛び移った。


『弱虫』


「弱虫じゃない! ……って、手の甲になんてこと書くんですか! 魔法のインクだなんて知ってたら惑わされませんでしたっ!」


 カトリーヌがムキになって言い返すと、ペンは「どうだか?」というように揺れてみせた。

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