7話 質問状と羽根ペンさん・1


(……落ち着くのよ私。前提として、ここでは脳みそは『普通の食材』なのね? 信じたくないけどそうなのね?)


 カトリーヌは薄目をあけて質問状をもう一度ながめる。

 当たり前だけけど、何度読んでも内容は変わらない。

 

(やっぱり魔族って獣と同じなのかしら。これからここで生活するなんて、出来るかしら。魔王様が私を頭からバリバリ食べるって想像、間違いじゃないかも)

 

 カトリーヌの覚悟がゆらぎそうになる。逃げてしまいたい。

 でも和睦わぼくの約束を無しにすることは出来ない。

 

 暗くなりかけたカトリーヌは、急いで頭を振った。

 

(とにかく! 婚礼の晩餐ばんさん、ってやつで失敗しないようにしなきゃ! ……って言っても、うう、生の脳みそかあ……)

 

 げんなりしながら、カトリーヌはベッドから抜け出た。質問状に答えるためには、ずっと寝転がっているわけにはいかない。

 

 カトリーヌはスリッパに足を滑り入れて、部屋の調度ちょうどである書き物机の席に向かった。

 

 机の上にはインクと羽根ペンが用意されている。

 

 見たことのない極彩色ごくさいしきの羽根がついたペンを手に取る。

 ペンは、カトリーヌの知る羽根ペンとは少し違った。

 羽根にペン先を取り付けたものではなく、じくの先にペン先代わりの鉤爪かぎづめが生えているのだ。

 

 軸はごつごつとした皮膚でおおわれており、まるで鳥の脚にそのまま羽根をくっつけたようにも見える。


「ヒッ!」

 

 まじまじと見た羽根ペンのグロテスクな姿に驚いて、放り投げてしまった。

 すると、ペンが一枚きりの羽根で器用に羽ばたいて、またカトリーヌの手の中に戻ってきた。

 

「あなた飛べるの⁉」

 

 驚くカトリーヌの手の中で、ペンが羽根をらした。まるで早く書け、と言っているようだった。

 

「わ、分かったわ。使わせてもらうわね。インクにけるからね。ひやっとするからね」

 

 鉤爪の先にインクをひたすと、爪が突然に動く。そのせいでインクが散って、カトリーヌの頬に飛んでしまった。

 

 なんて扱いにくい羽根ペンなのだろう。

 カトリーヌは恐怖も忘れて呆れるしかない。


 魔族の城にきてから、ずっとおかしな物に囲まれている気がする。

 

(……ここで心折れてたら、魔王城で暮らすなんて出来ないわ。こういうのは最初が肝心! ガツンと言ってやるんだから!)

 

 カトリーヌはキッと厳しい顔を作るとペンの羽根の部分を握った。

 

「羽根ペンさん、大人しく文字を書かせて下さい! じゃないとこの綺麗な羽、むしりますよ! 私、鶏肉の下処理だって沢山してきたんです。どうやってやるか聞かせてあげましょうか?」

 

 言ってから、鶏肉の下処理をしたことがある王女は居ないと気づくがもう遅い。

 まあ羽根ペンが喋ることはないから大丈夫だろう、と楽観することにする。

 それに、脅し文句としては効きすぎるほど効いたらしい。

 

 ペンは途端に真っ直ぐになった。

 羽根の色が全体的に青っぽくなって、しおしおとしおれている。


「うん。そうしていてくれたら助かります。怖いこと言ってごめんなさい」


 少しペンが可哀想になったのでそう言ってやると、ペンの羽根はうなずくように上下に揺れた。

 ペンと仲直りをしたところで、カトリーヌは改めて質問状の回答にとりかかることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る