6話 王女らしく、ですわ!

「遅ればせながら、わたくし、ミノス王陛下に仕える四騎士の一人、サージウスと申します」

 

 うやうやしく礼をしてみせる首なし騎士はサージウスと名乗った。


 それに、カトリーヌはかろうじて微笑みを作って返した。

 

「よ、よろしく、お願いいたします」

 

「こちらはカトリーヌ王女のために用意させていただいたお部屋になります。気に入りました?」

 

「あ、はい。ありがとうございます。す、素敵なお部屋ですね」

 

 どうやらこの不気味な部屋が、これからカトリーヌの住む部屋になるらしい。

 不安がどんどんとふくれていく。

 

「で、早速今夜、婚礼の晩餐ばんさんをどうかと王子から提案がありました。ご用意してもよろしいでしょうか?」

 

「あ、え、ええと? 晩餐、ですか?」

 

 問い返すと、サージウスは見る間にしょんぼりとした雰囲気をまとい始めた。

 顔が見えないのに、こんなに気持ちが分かりやすい相手というのも不思議だ。

 

「え、と。サージウスさん、何か落ち込んでます? 私のお返事に、よくないところがありましたか?」

 

 思わずたずねると、騎士は手を上げて無い頭の後ろをくような仕草をした。

 

「いえ、婚礼の晩餐について、あまり嬉しそうにお見受け出来なかったもので」


「え、えと、嬉しくないわけではなくて、式のお話ではないのかなと」


 カトリーヌが慌てて言葉を返す。

 しかし、騎士はさらに落ち込む様子を見せた。


「ゼウトスでは内々で食事をするくらいで、華やかな儀式などをしないんです。エリン王国式の結婚式には、司祭が必要でしょう? 我が国ではご用意が難しくて。駄目……ですかね……?」

 

 申し訳なさそうなサージウスの言葉に、ゼウトスは女神信仰の国だったことを思い出した。

 気まぐれで、ときに恐ろしくもある様々な女神たち。

 それをまつるゼウトスを、エリン国王が非難するのをよく聞いていた。


「いえいえいえ、ぜんっぜんこだわりはありません! ゼウトス王国に輿入れしたのですから、もちろん合わせますよ」

 

 見る間にしおれていくサージウスの言葉にかぶせて、カトリーヌは急いで返事をした。

 

「合わせてくれますか! ……なんだあ、エリン王国の王女様ってすごい良い人なんすね! しかも話しやすいし!」

 

「へ? じゃなくて、は? じゃなくて、ええと、お褒めに預かり光栄です……?」

 

 サージウスと名乗った騎士が、急に砕けた物言いに変わった。

 もしかして、もっと毅然きぜんとした態度じゃないといけなかったのだろうか。と迷いながらカトリーヌは返事をする。

 

(もっと王女らしく振る舞わなくちゃ、でもどうしたら!?)


 そんなことを考えている間にも、騎士は「じゃ、婚礼の晩餐は今夜ってことでよろしくお願いいたしますね!」と親しげに語りかけてくる。

 

 カトリーヌは慌てて背筋をのばすと、精一杯ツンとした顔を作ってみた。

 とりあえずのお手本は、継母である正妃と、高飛車な義妹のアンヌ王女だ。

 

「おほほ! そのように計らってくださいまし。私が許しますわ。よろしくお願いいたします……ですわ!」

 

 扇を持っているつもりで手をひるがえしながら、できるだけ偉そうに返してみる。

 気を悪くされたらどうしよう、と一瞬思ったが、サージウスは気にしない様子で、鎧の隙間からいそいそと紙を取り出した。

 

「では晩餐の用意を進めますね! それでですね、これに答えていただけますかね?」

 

「え、これ、なんですか!? ですわ!」

 

 騎士はカトリーヌに一枚の紙を渡すと、さっさと部屋から出ていってしまった。


 あとに残されたカトリーヌは、手元に残された紙をしげしげと眺めて呟いた。


「……これ、一体、なんなの?」

 

 几帳面きちょうめんな文字が、紙面いっぱいに書かれている。


 それは、食事内容についての質問状らしかった。

 一つ目の質問はこうだった。


『1.生の脳みそは 好き・どちらかというと好き・焼いた方が好き・どちらかというと嫌い・嫌い・その他』

 

 混乱したカトリーヌは、額をおさえた。

 引き続き、前途の見えない輿入れだった。


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