5話 おかしな部屋とおかしな騎士

 目を覚ますと、カトリーヌは知らない部屋の知らないベッドにいた。

 

 薄暗いなか目をこらすと、家具の輪郭がはっきりしてくる。

 そうしていると、徐々じょじょに、自分がなぜ気を失ったのかを思い出してきた。

 

 山道で怪我をしたところに、王子の遣いが迎えにきてくれたのだ。


 恐ろしい姿をした黒の騎士に、美しい白の騎士。遣いをよこした王子の名は、確か……。

 

(フェリクス様と言っていたわ。今日まで名前も知らなかったけれど、どんな方なのかしら。とって食べられたりは、しないわよね、多分)

 

 それまでなんとなく「魔族の王子」としか思っていなかった相手と、とうとう会うことになる。

 輿入れが現実に迫ってきて、カトリーヌは急に緊張を覚えた。

 

(とりあえず落ち着いて、状況を見極めないと……!)

 

 そう考えて、大きなベッドから天蓋を見上げる。

 どこか違和感があるが、なにがおかしいのだろう? と、目をこらして見てみると、織柄が逆さまだった。

 鈴蘭に似た花の模様だけれど、天地が逆さまなので、吊り下げられた獣のように見える。布を逆向きに掛けてしまったのだろうか。

 

(なんだか不気味ね)

 

 ぞっとしたカトリーヌは、織柄からすぐさま目をそらした。

 次に、足元に柔らかなものが当たるのに気づいた。身を起こしてみると、ベッドの足側にも枕がたくさん置かれている。

 

(こんなベッドメイキング、知らないわ。頭が二つある人でも住んでいたのかしら)

 

 恐ろしい化け物を想像しそうになって、カトリーヌは急いで頭を振る。

 ベッドサイドには水差しが置かれているが、中には小さな魚が泳いでいる。なんの魚だろうか、と目を細めて見つめたカトリーヌは、次の瞬間のけぞって悲鳴を上げた。

 

「ひっ! し、し、鹿⁉」

 

 糸のように細長い体をした魚の頭には、雌の鹿の顔がついていた。

 魔族国領に入ってからというもの、異形の生き物はそれなりに見てきたが、これだけ近くで見たことは無かった。

 

「ドー・フィッシュです。浮袋に光の精霊の力をためる性質がある、観賞魚です。夜になると光って、きれいですよ」

 

 唐突に、背後から少し高めの男の声がした。


「ひっ!?」


 思わず悲鳴をあげて、身を硬くする。

 突然、部屋に現れた男性の気配に、カトリーヌは振り向くことができなかった。

 

「この城はミノス王陛下の城にございます。歓迎いたします、カトリーヌ王女」

 

「ミノス王? とは?」

 

 背を向けながらたずねると、声の主は小さく笑ったようだった。

 

「ああ、エリン王国から来られたカトリーヌ王女におかれましては、『魔王』とお伝えした方が分かりやすいでしょうか。倒れてしまわれていたので、勝手ながら、我々でお運びをいたしました」

 

 正確には、騎士の迫力で気を失ったのに、「倒れてしまわれていた」とは随分ととぼけた物言いだと思った。

 

「そう、でしたか。ここは魔王様……失礼、ミノス王様のお城なのですね。」

 

「はい。当城への山道はヒト族の馬車では通れませんもので。お迎えに上がった次第でございます。あ、俺はあの恐ろし~い黒ひげの将軍じゃないですから、安心してください。将軍にいきなり話しかけられたら驚かれますよね」

 

 そう言われて、少なくともあの恐ろしい黒の騎士ではないと分かった。

 それならば、振り向いて即、失神ということもないだろう。

 

「そうだったのですね。お出迎えありがとうござい……ま……」

 

 安心して振り向いたところで、カトリーヌの目に映ったのは、くすんだ青の甲冑に身を包んだ騎士である。

 ただし、その兜は脇に抱えられ、首から上には『無』が乗っていた。


 絶叫をなんとか飲み込んだカトリーヌは、ひきつった笑みを浮かべた。


(私、とんでもないところにお嫁入りしたのかも……)


 前途多難な結婚生活の幕が、いま開こうとしていた。


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