418話 洗礼
「……おねえさま……!」
「……どうやらあの湯は、回復の効能がすさまじいようですね。 これなら、ひと晩で魔力も相当回復します」
久しぶりに温かいお湯で気持ちよくなった上に、軽い傷から魔力まで明らかに回復しています。
それに加え、みなさんのお肌もつやつやしていますし、髪もしっとりと。
……それに、みなさんの顔色も。
恐らくは精神的な傷――故郷のいろいろも、入る前よりは格段に癒えているのでしょう。
わたくしも、実感していますもの。
「……これほどの効能のある泉でしたら、王国が見つけていたら大騒ぎになっていましたね。 もしこちらへ直通できたなら、それこそ兵士の方たちの戦力もきっと……」
「おねえさま……」
「……ごめんなさい。 わたくしたちは、アルア様に救われました。 ……きっと、他の方々も……」
アルア様は――白い布地のお召し物を羽織られただけのあのお方は、ただそれだけなのにまぶしいばかりにお美しく。
さらに言いますと――見ているだけで、傍に居るだけで――速すぎる鼓動と吐息、顔の火照りが収まりません。
ただでさえお美しいのに、泉のお湯であそこまで。
「……すんすん」
と。
ノーム様とお話になっていた彼女が、先ほどわたくしたちが集めてきました荷物の山へと吸い込まれていきます。
「あるてー?」
「のーむ?」
みなさんも気づき、何かお気に召すものがあったのかと心待ちにしているようです。
がさごそ――きゅぽんっ。
「ふぅー……」
「……お酒……でしょうか」
「お酒ですね……」
「そういえば、ありましたね……ラベルの文字は、読めませんでしたが」
「この地上にも――滅んでいるかどうかはともかく、人間――かどうかも分かりませんが、文明があるようですね」
少なくとも、気分を害される品質のお酒ではなかった様子です。
でしたら、
「アルア様。 お気に召したようでしたら、皆、総出で探しますわ」
「――――――――――?」
ちゃぷっ。
「おねえさま、あれは……」
「――神酒を、分けてくださる……コップを探しましょう」
ごそごそ。
急いで荷物の山を漁ります。
「……こ、これとかどうかな?」
「キャシー様。 ……せっかくですから、お先に」
「え、でも、私……」
「キャシー様が先に見つけましたから。 ね?」
「……うん」
こそこそと作法を教え、その通りに彼女はアルア様にひざまずき――
ちゃぷんっ――こくり。
「アルア様の信徒が、異なる世界にも……!」
「おねえさま……!」
次々と、手にした器を持ち寄るみなさん。
そして、わたくしたち。
――ああ。
まさか、すべてを捨てて逃げ延びた先で――神話の女神手ずから、洗礼をいただけるなんて。
「何があろうと、御身に尽くすことを再度にお約束いたします……」
「い、いたします……」
◇
「アルア様は――恐らくは、魔王と戦われたのでしょう」
「だからこうして、ときどきしかみんなと話せないのね」
「けど、ときどきは元気になるってこったな」
「そ、そうだね……」
「ま、肝心の女神様たちとは話せないけどな」
女神様たちがお二人で談笑されています。
お酒を飲み交わされて、ご機嫌で。
「ですが、皆様」
「あー、さすがにここまでされたら当然だよな」
「うん。 もともとぼくたちはそこまで熱心じゃなかったし、別の存在を信じても怒られない……かな」
「そうね……私の信じてる神さまも、別の世界で助けてくれた存在を信じちゃダメとは言わないだろうし……」
「おねえさまとわたしは、前から信仰していました。 けれど」
4人とも、同じ顔をしています。
きっと、わたくしも。
「危険を――あたしたちじゃ逆立ちしたって敵わない敵を排除してもらって」
「ぼくたちに食べものも飲みものも……この服も、与えてくれて」
「しかも私たち……っていうか、完全に別の世界から来てしゃべれる人が誰も居ない私を、ときどきでもしゃべらせてくれて」
「こうしてすぐ傍で、大丈夫だと安心させてくださるのですもの、ね」
「……子供しか居ないこの場で、お姿は幼くともわたしたちよりも上で……昔々からの、神さま……」
ぽつり、ぽつり。
恐らくは――子供のころから知っていたわたくしたちと、同じくらいに。
「ま、とりあえずは、だ。 うざったがられない程度にそばに居させてもらって、んで、また戦闘とかするんなら道具回収くらい手伝おうぜ」
「う、うん。 ぼくもがんばる」
アリス様とアレク様。
「お酒は優先して……今のところ4種類くらいのビンがあるのよね。 あと、お風呂にも入るんだから触り心地のいいタオルでしょ、あ、昔の貴族って髪の毛とか体とかお世話させてたって言うし……」
キャシー様。
「ですから……リリー?」
「……まだ記憶が……途切れ途切れだし、他の4人も……あ、はい、なんでしょうおねえさま?」
……リリーは……少し疲れているのでしょう、妙な独り言が増えた気がしますね。
そういうときのリリーは、少しだけ――少しだけ大人びたような。
そんな雰囲気が出ますが、すぐにわたくしの知るリリーの顔になります。
「あ、おねえさま。 女神さまがまた荷物の山を」
「お手伝いしに参りましょう、リリー」
まるで、以前視察した先の詰め所の兵士の方たち――夜とあって、こっそりと持ち込んで隠していたお酒を漁っていたあの方たちのようなことをされているアルア様。
けれどきっとそれも、わたくしたちを安心させようとしてのこと。
でしたら、存分に甘えさせてもらいましょう。
いつまで見てくださるのか分かりませんけれども、その日までは――1人の、家も国も関係ない、ただの子供として。
◆◆◆
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