146話 「おかしな体」と「かわいかったはずの不思議な子」

「んぐっ、んぐっ、んぐっ、んぐっ……ぷは」


ふぅ。


やっぱりお家は良いよね。

誰にも見られないで気を抜けるし。


ほんと、これってひとり暮らししないと味わえない……


「あ」


僕は我に返った。


玄関。

買ったばっかりの女児用の靴を履いたまま。


手に持った料理酒。

口から漂うアルコール臭。


それを、夢中で……呑み切っちゃった。

ジュース感覚で。


「え?」


これ、900ml……。


……うん、そうだ。

これ、この体のせいなんだ。


だっておかしいじゃん?


紙パックの料理酒、日本酒。

1リットル近くを帰り道で呑んで――いや。


「呑み切っちゃえる」だなんて。

「それで体に問題が起きてない」だなんて。


「体にとっては無害だ」って「何故か確信がある」んだ。


だって知ってるもん、料理酒ってこんなに呑んじゃいけないものだし、塩とか入ってるからそもそも呑めないってものだって。


たくさん呑んだら体に悪いって。

それなのに「絶対に大丈夫」ってなんで確信してるの?


「……………………………………」


……これもこの体の特徴なんだろうなぁ……いやまぁ、弱くなってるよりは強い方がありがたいけどさ……。


え、じゃあ、ちょっと悪くなった食材とか使っても……うん、大丈夫っぽい……なんだろこれ、怖……。


ほ、ほら?


僕の体、ベースは成人男性だし……多分。

その面影はどこにもないし、アイデンティティーも喪失してるけどさ?


だからきっと、アルコール処理能力も――なーんて言い訳じゃ通らないよなぁ……一応、法的には成人してるけどさぁ。


……そもそもからして、おかしかったんだ。


だって僕、普段お酒なんて夜しか呑まない。

そんなにへべれけになったら本読めないからって、量も多くない。


なのに、ごく自然に手に取るし、しかも「体にとって必要だから呑みたい」って思ってる。


「……………………………………」


と、とりあえずは僕がアル中さんじゃなくって、この変な体のせいだとは分かったけども。


……どのくらいでどんだけ酔うのか、どんだけ呑んだら満足できて、どんだけ呑まなかったら禁断症状とかが出るのか。


そういうの、調べとかないと怖いなぁ……。


だって、ほら。


「ふー……」


ぱたぱたとあおぐけども、特段に汗も出てない体。

酔ってるって言ってもこの程度。


ほんの30分で1リットルの日本酒とか……普通ならしゃっくりとか出るし、汗だって出るはずで、そもそも料理酒なんてこんなにまとめて呑めないもの。


しかもこんな幼女の体で。

いくら人種的に強いとは言っても無理でしょ。


なのに、ただほろ酔いって感じなんだもん。


「……なんか、こわい」


あ、底の方にちょっとだけ残ってた。





「……ふぅ」


気を取り直した僕は、無事食料調達を達成した喜びに浸った。


けども料理用とかのやっすいのでも「そういうもの」って思えばそれなりに楽しめる、この貧乏舌。


さっきのは置いとくとして、これはこのままで良かった。

本当にそう思う。


もし味覚とかが敏感になってたらスーパーのお弁当も安酒も楽しめないもんね。


……この体になって、女の子ってこと以外に1番心配してるのがお酒のことだけどもしょーがない。


だってひとり暮らしの男だもん。


晩酌が毎日の楽しみ。

これがなきゃ生きて行けないもんねぇ。


「……………………………………」


……ちっちゃいころ、親からお酒勧められて呑んだとき、すごい臭いと後味の悪さで「やだ」って言った記憶がある。


つまり、いろいろなベースは男のまま。


ただ容れ物が子供になっただけ。

五感はだいたい大人なまま。


じゃなきゃ男の僕の服からのにおいを「男臭い」とも感じるはずだし、女の子な僕の体から漂ってくるにおいを「良い匂い」とは感じないはずだもん。


じゃなきゃ、そもそも外に出てみんなおっきいって思わないよね。


「いろいろ分かったけど、ちょっと休もー……」


ぽふっと体をお布団へダイブ。


今日はダンジョン行ったし、疲れたもん。

これ、遠出したり旅行したりしたときのあの肉体的な疲労感だよね。


……こーやって会社休んでる罪悪感とか明日からどーしよっていろいろとかをごまかしてるんだろうなぁ。


って言う僕自身の思考が分かっちゃう僕。


やば、アルコールさんもっとがんばって……僕全然酔えてないじゃん……。


……アルコールのお仕事は、中枢神経を麻痺させてさ?


僕たちが将来への不安とかいろいろを何時間かだけでも意識させないようにがんばってくれることでしょ?


「……まったくもー! ちゃんとしてよね! ……って、え?」


がばっと起き上がる僕。


……「今の、僕が怒って言ったの」……?


待って。


待って。


……僕、こんなに怒りっぽかったっけ……?


や、違うなこれ。


疲れたからむかむかした……え、何。

こんなところまで子供なの?


「……………………………………」


……と、とりあえず落ち着こ……ほら、女の子は男よりも感情が上下しやすいって言うし、これが普通なのかもだからさ……。





「ねえねえ、あんな子この辺に居たっけ?」

「さあ……乗り換えとかで降りてきたとか?」


「ねーねーお母さーん、あの子かわいー」

「え? どこに?」

「ほら、居るじゃん、『あそこに』」

「……あら本当。 まるでお姫様みたい」


「……あんな小さな子がスーパーに? おつかいとかじゃない?」

「それもそうか、慣れてるみたいだしな」

「最近は物騒だけど、まぁ駅前くらいなら大丈夫なのかしらね」


「店員さーん、あの子、子供用のカゴなかったみたいです」

「ありがとうございます。 お客様、よろしければこちらを……」


「……何であの子、煮物の材料買ってるんだろ……」

「お母さんのお手伝いなんでしょ、あんまり見ちゃかわいそうよ」


「あっ……重そう……」

「料理酒買ってたもんねぇ……」

「料理酒って子供買えたっけ?」

「さすがに料理用って分かってるから良いんじゃないの?」


「……えっ」

「え、今」

「あの子……」

「ごく自然に……」


「……何かの間違いでしょ、きっと」

「……ううん、やっぱ普通に飲みながら……」

「て、店員さん……いえ、警察に相談――」



【忘】



「……今、私たち……なにしようとしてたんだっけ」

「え? 小さい女の子がおつかいしてて偉かったんじゃなかったっけ?」


「……そう、だったのかな……でも、どんな顔だったっけ?」

「あれ、かわいいって……長い髪の毛だった気がする……」

「黒、金色……どっちだったかなぁ……」

「ふらふらしてたけど、あの子大丈夫かな」


「どっちに行ったか分かんないし……」

「慣れてたみたいだから『もう忘れましょ』」

「……うん、そうだね」



◆◆◆



あけましておめでとうございます。


ハルちゃんのTS直後もそろそろおしまい。時系列は1章開始直前まで近づいていきます。


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