天才薬師の出来上がり!(3)

「……ああ、それで高級奴隷なわけですか」


 ロシェスの活躍を風の噂で聞いた里のエルフたちが、他の里のエルフなり人間なりから「お前の里の出身なんだって?」と話を振られて気まずい思いをする――

 という感じの妄想をしていたところで、ロシェスの声が私を現実に戻した。

 いけない、いけない。まだ話は途中だった。


「確かに聖女が国外に出て、しかもその力を行使しているなんてことがアロンゾ皇国に知れたら、確実に面倒なことになります。秘密保持魔法が施された者を使って正解です」

「そうそれ!」


 ロシェスの理解の早さに、私は思わずパチンと手を打った。

 そんな私の反応に、ロシェスが僅かに嬉しそうな顔をする。これくらいで喜ぶとか、美形な上に可愛いかよ。最高だよ。テンション上がるよ。


「重きを置くのが『高級奴隷』という一点であれば、私でもどうにかお役に立てそうです。いえ、立ってみせます。店をやるというなら、以前も治療院で客の応対をさせられたことがあるんです。普通のエルフは治療魔法が得意という常識を悪用しての、客寄せのハリボテとしてですが。今回もビジネスパートナーという名目で、私が表舞台に立てばいいということですね」

「――それは半分だけ正解」


 冷や水を浴びせられたというわけではないけれど、続けられたロシェスの言葉に私は幾分冷静になった。

 そして、ロシェスに興味を示した私に対するニーダさんの反応を思い出した。


『……エルフで魔法が使えないのって、かなり珍しいんですよね』

『ええ、泳げない魚くらいに』


 勧めない理由の一つ目に『魔法が使えない』を挙げた上でのあの台詞。はっきり口にはしなかったが、あれは『泳げない魚くらいに価値が無い』という意味ではなかったか。

 それがあの店での――これまでのロシェスの主人からの評価だったのだろう。そして同時に、彼の自己評価でもあったのだろう。


「名目じゃない」


 私はロシェスの両手を、ぎゅっとつかんだ。

 こちらを見下ろす彼の目を、しっかりと見据えた。


「名目じゃない。ロシェスは同族と違うことを気にしているみたいだけど、言ってしまうね。私があなたがいいと思った部分は、そこも含めてなの。奇跡の力を使っても『使えてしまうかも』と思わせるような、あなたは貴重な人材なの」

「え……?」


 ロシェスのピンクダイヤモンドな目がまたたく。とても綺麗だ。


「ロシェスの特徴は、私にとっては欠点どころか希少価値。そしてそれは今後、私たちの薬を買った皆の共通意識になる。ロシェスだからこそできる、他の誰も真似できない。ほら、唯一無二のビジネスパートナーでしょ?」


 最初は漠然としていた異世界新生活のイメージは、もうロシェスと一緒に店をやっている光景で鮮やかに思い描ける。

 皆がロシェスを大事にして、やがて屈託の無い笑顔を見せるようになった彼を私は間近で見る……特等席過ぎるでしょ。ご褒美が過ぎるでしょ。


「私が変わり者だからこそ、あなたの役に立つ……?」


 ロシェスが少し震えた声で呟く。

 その震えた理由が喜びからだといい。一日でも早く、彼の自己評価が書き換わればいい。


「ええ、そう。あなただから、必要なのよ」


 私は強く同意を示すように、ロシェスの手をまたぎゅっと握った。

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