第92話 商会に認められる方法とは
まさかレトリーが人生を賭けて俺に会いに来るとは。
おかげで一文無しとなって帰る所もなくなったみたいだが。
以前のままの関係なら捨て置いただろうが、今はそうもいかん。
俺を慕ってくれているのは少なからず嬉しいし、そんな女になら手を差し伸べたくなるのが人情ってもんだ。
そこで俺はナーシェちゃんにも相談してみる事にしたのだが。
するとナーシェちゃんはとんでもない事を言い出したのだ。
「ならレトリーさんもリミュネール商会に入ればいいのでは」と。
おかげで今、俺はレトリーと共にディマーユさんの前に立てている。
ただしディマーユさんはリミュネール商会会長〝ミュレ=ディネル〟として。
あいかわらずのラフなお姿だが、デスクに座ると実に様になっているな。
「――という訳で、このレトリーをリミュネール商会で雇って欲しいんですわ」
「不採用!!!!!」
「がぁーん!」
「決断はええ!」
だがそんなディマーユさんの回答は光速のごとき速さだったぁ!
「だって出会うなり淫臭漂わせてる奴を雇うなんて嫌じゃん?」
「ハッキリ言わんといてくださいよ……」
さすが魔獣みたいな神だけの事はある。
心は読めなくとも、とても鼻が利くようだ。
けれど人の人生が掛かっているのだから、このまま引き下がる訳にはいかん。
「しかしですね会長、彼女の業務能力は本物です。私もずっと傍で一緒に仕事をしてきたからわかります。真摯に仕事に向き合う姿は信頼に値するかと」
「でもなぁ、その裏でずっとエロい事考えられるのはちょっとぉ……」
「そこは個性って事でどうか」
「じゃあナーシェ、一緒に働く男がずっとお前の裸を想像していたらどう思うの?」
「……やめてください、その質問ってセクハラですよね」
とはいえさすがのナーシェちゃんもフォローしきれない。
もはやすでにレトリーが事故物件みたいな扱いだ。
あとごめんナーシェちゃん、俺も想像した事ある……!
「ナーシェやラングの言いたい気持ちもわかる。だが私欲でしか行動できぬ者が我らと共に歩めるとは思えん。少なくともたった今でも淫臭を増させている女郎などには我の同志は務まらぬよ」
「ハァン! 厳しいけどそれが効くゥ!」
「お前はお前で少し隠そうと思えよ! 俺にバレてから節操無いぞ!?」
「あれから開き直りまして、もう欲望のままに生きようと思ったので」
「その結果がこれってもう笑えないんだが?」
「ワタクシはあなたに抱きつけたゆえにもはや本望ッ!」
「あのー、我を置いていかないでほしいんだけど?」
おっといかん、俺もレトリーの暴走に乗せられてしまった。
ここで上手くやらないとコイツが野垂れ死に確定なのを忘れていたぜ。
なにせヴィンザルムの環境はワイスレットと比べてずっと厳しい。
とてもではないが、無一文が生き続けられるような気候ではないのだ。
「会長もここの気候が人にとって厳しいのはご存知でしょう!?」
「そうだな。なにせ夜間における寒暖の逆転が激しい。海の精霊とやらと、砂漠の精霊とやら――その二つのせめぎ合いが激しくなるがゆえにな」
「だったら!」
「だが結果的に人が住めるようになったのは人間自身の努力によるものだ」
「――ッ!?」
「その精霊同士のいざこざをいさめ、調和させてこの地域を産んだ。その一つがこのザトロイという街なのだ。その努力や苦労を忘れてはいけない。つまりなんの努力も無しに認めさせる訳にはいかぬのだよ」
そうか、そうだよな。
そんな簡単な話じゃあないんだ。
勢いだけで来てそれで雇ってもらうなど、本来は図々しい事なのだから。
それを鑑みれば、ディマーユさんの判断は厳しくとも筋が通っている。
「……だが認めさせる方法がないとは言わない」
「「「えっ!?」」」
けれどディマーユさんが人情には厚い御方であるのも事実。
それゆえに、机の引き出しから一本の長く茶色い瓶が取り出される。
ラベルも貼られていない、妙な液体を含んだものだ。
それが机の上へゴトリと置かれる事に。
「これはいわゆる毒というやつだ」
「毒!? な、なぜそんなもんが……」
「そんなこと決まっている。必要だからだよ、我への忠誠心を測る為にもな」
そんな事を言いながら瓶を指で押し、瓶底の端だけで立て転がす。
おかげで不安定なまま机の上をゴロゴロと走り、今にも倒れてしまいそうだ。
そんな中で、ディマーユさんが不敵にニタリと笑う。
「この毒は特殊でな、段階的に効果が出るものとなっている。まず一口含めば、舌が焼けて味覚が失われるのだ」
「なっ……!?」
「さらに二口含めば鼻孔に届いて嗅覚が失われ、三口含めば喉がただれて声が出なくなる」
「ううっ……!」
「四口含めばついには耳へ侵食して聴力を失い、五口含めば神経を通じて視力さえも失う」
な、なんだそのあからさまにヤバイ毒は!?
そんなものを雑に扱って、冗談じゃないぞ!?
「そして六口含めば……死に至る」
聞くだけでも恐ろしい話だ。
それほどの劇毒を、なぜ……?
「これを飲め」
「「「!!!??」」」
「そうだな、三口分でいい。それができれば認めてやろう。お前のその犠牲心が忠誠に足るものだとしてな」
そ、そんなバカな!? 一歩間違えれば死ぬ毒を飲めだと!?
一口だけでも相当な後遺症を負うっていうのにか!?
そんな方法、認められる訳がないだろうッ!!!
「会長ぉ! その方法は――」
「待ってくださいラング=バートナー」
「――えッ!?」
だけどこの時、物言おうとした俺を制止したのは他でもない、レトリー本人だった。
しかもその時の彼女の表情は真剣そのもの。
冷や汗を浮かばせたその顔には、相応の覚悟がにじみ出ていて。
俺はそんなレトリーに圧倒されるしかなかった。
「……いいでしょう。それが唯一、彼と共にいられる手段ならば」
ここまでの決死の覚悟を見せた女を、俺は知らない。
あのチェルトでさえここまでできるかどうか。
そんなレトリーが見せてくれる結果を、俺はふと――期待してしまっていたのだ。
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