二人の預け先
授業はつつがなく行われた。イーグルは世界警察ワールド・ガードの名前を出さなくなった。魔術の基礎を講義するのに差し支えなかったのだろう。
休み時間になるとすぐにシェイドはイーグルに、セレネとグレイスの預け先について相談しようとしたが、込み入った話は昼休みにしろと断られた。
次の授業では主に魔術が世界を変える可能性と、魔術学園グローイングの今後の展望について語られた。午後の授業では魔術の危険性について詳しく教えられるらしい。
午前中の授業は滞りなく終了した。
昼休み時間を告げるチャイムが鳴る。
シェイドは教壇まで歩き、イーグルに声を掛ける。
「できれば人がいない所で相談したい」
「分かった。俺の部屋までついて来い」
イーグルがずかずかと歩き出す。シェイドはもちろん、何故かジェノもついて来る。
シェイドは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
「余計な事はするなよ」
「安心しろ、僕は必要な事しかやらない」
ジェノは自信満々に胸を張っていた。
シェイドは溜め息を吐いて片手で額を押さえた。
「あんたにまともな回答を期待した俺がバカだった」
「僕はいつも真っ当なのに」
ジェノは不思議そうに両目をパチクリさせた。
シェイドは心なしか頭の重さを感じていた。
イーグルの部屋はさほど遠くなかった。
魔術学園グローイングの上級科の担任を務めるだけあって、棚には分厚い本がぎっしりと並んでいた。
ジェノが両目を輝かせる。
「すごいですね。教員になればこれだけの本が手に入るのですか?」
「生活費を切り詰めれば手に入る。版元と交渉が必要な本もあったな」
イーグルは手前のソファーにどっかりと座って、四角いテーブルの先にある椅子を指し示す。
「まずは座れ。立ったままの相手とは話しづらい」
「失礼するぜ」
シェイドはゆっくりと椅子に座った。ジェノは棚の本の背表紙をガン見しながら歩いていた。
シェイドは口を開く。
「単刀直入に言うぜ。セレネとグレイスの預け先についてアドバイスが欲しい」
「セレネとグレイスは誰だ?」
「俺が連れて来た二人の嬢ちゃんたちだ。俺じゃ面倒を見れないから、預け先のアテを教えて欲しいんだ」
「話が見えない。どのようにして二人の女の子と出会ったのか教えてくれ」
イーグルの目は真剣であった。
シェイドは逡巡したが、イーグルを信頼して正直に話す事にした。
「二人とも奴隷として売り飛ばされる所だった。奴隷商は倒したが、その後をどうするか考えていなかったんだ」
「奴隷商を倒したのか!? すごいぞ!」
イーグルは両手を万歳させた。
「あいつらは時々、どこかの国の精鋭かと思うくらい凶悪な奴を雇っているからな。倒すのは苦労しただろう」
「いや、そうでも無かったぜ」
シェイドが事もなげに答えると、イーグルは仰天した。
「本当か!? さすがはレベル99だな」
「まだ大した事はできねぇけどよ」
シェイドが苦笑すると、イーグルはぶんぶんと首と片手を横に振った。
「エリスとやり合ったのはすごいぞ。学園内じゃブライトを始めごく一部の魔術師しか対抗できないのに」
「あんたに褒められて悪い気はしねぇが話を戻したいぜ」
「そうだったな。二人の少女の預け先だな」
イーグルは落ち着いた雰囲気を取り戻して、両腕を組んだ。
「本当は正義を行う例の機構に預けたいが、そうもいかないだろうな」
正義を行う例の機構とは、世界警察ワールド・ガードの事だろう。
イーグルは続ける。
「奴隷を預けるとなると、奴隷たちに害意が無い事はもちろん、預ける人間の素性も細かく問われる。嫌だろ?」
「あいつらとは関わりたくないぜ」
シェイドは即答した。
「グレイスはクレセント家の出身で、セレネは帰る場所がないらしい。できればクレセント家の行き方を教えて欲しいし、セレネを魔術学園グローイングで預かって欲しい」
「クレセント家は北西の山を越えた所にある。猛獣に襲われるリスクはあるが、おまえたちなら大丈夫だろう。後で地図を渡してやる」
「マジか!?」
シェイドは両目を見開いた。
地図を見ればその地域のだいたいの情報が分かる。旅に出る時はもちろん、戦争や防衛線を考えた時も地形の情報が手に入るためにやりやすくなる。
地図を渡されるのは、よほど信頼できる相手だと思われた証である。
イーグルは得意げに口の端を上げた。
「必ず返しに来いよ。あとはセレネだな。残念だが魔術学園グローイングに孤児や奴隷などを預かる施設は無い。学生だったら寮生活を提案したが、部外者に貸し出す事はできない。入学試験が終わったばかりで新入生として迎える事も難しいな」
「まあ、そうだろうな……」
シェイドは肩を落とした。
「セレネについては残念だったが仕方ねぇ。あんたに相談して良かったと思うぜ」
「食堂とかで雇われれば昼間だけでも居場所を与えられるが、本人がどう思うかだな」
「セレネにその気があれば、食堂で雇ってくれるのか?」
シェイドが期待を込めて尋ねると、イーグルはポリポリと頭をかいた。
「求人を出しているからな。過去の経歴を問わない代わりに、かなり仕事を頑張る必要はありそうだが」
「セレネに聞いてみるぜ。ありがとな」
シェイドは立ち上がった。イーグルから満足な回答を得られた。
一方でジェノは不服そうに唇を尖らせた。
「もう話が終わったのか。読みたい本が山ほどあるのに」
「勝手な事を言うんじゃねぇよ。相談に乗ってもらえただけでありがたいんだ」
シェイドはこめかみを引くつかせたが、ジェノは気づく気配が無い。
「悩むくらいなら、僕に真っ先に相談しても良かっただろう」
ジェノはドンっと自分の胸を叩いた。
「僕はおまえの師匠だからな」
「セレネに関して、あんたに何ができるんだ?」
「セレネの立ち振る舞いによっては住む場所を提案できる」
ジェノは人差し指をシェイドに向けた。
「とっておきの案がある」
「どこだ?」
シェイドが尋ねると、ジェノは得意げに微笑んだ。
「ブレス王国だ。豊かな資源と恵まれた気候がある。国民として暮らす分には悪くないだろう」
「俺が絶対に行けない場所だぜ。セレネがそこに住むなら一生会う事は無いな」
シェイドは苦笑して歩き始めた。
「まずは二人の意志を確認するぜ。イーグル先生、地図が必要になったらここに取りにくればいいのか?」
「それでいい。あまり無茶するなよ。おまえたちには無駄なアドバイスかもしれないが」
イーグルの温かな言葉に、シェイドもジェノも互いに顔を見合わせて首を傾げた。
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