地学部合宿会 第24話

 女子たちが今何をしているのか、こちらの窓からは何も確認はできないが、月明かりのおかげで、出入り口から出入りしている人くらいは確認できる。ずっと監視を続けるのは飽きそうだけど、そんなことよりも、今後のことを考えれば。待つ以外に選択肢はないし、問題を起こさず平穏な日々を過ごせるように願っている僕のモットーに反する。

 今の時刻は、二十一時だから。日を跨ぐ頃というのは、今から約三時間後か。長いな。シンプルに長いな。

 月明かりのおかげで、星がほとんど見えず、月のいる場所も悪く、せいぜい見えているのは、真っ暗な海くらいだった。

 流石に暇すぎて、木々も揺れている様子は見えないし、風もほとんど吹いていないからと、窓を開けると突風に似た風が部屋全体に入ってきていた。

 

「さっぶっ」

 

 開けたはいいものの、強烈な海風に煽られ、ほんの数秒で窓を閉じた。ここまで強烈な海風を感じたことはなかったから、眠気を少しでも感じていた僕の脳が、完全に覚醒した。

 

「はあー」

 

 山河内さんはまだ現れないし、目が覚めたおかげで、暇な気持ちが倍増して、自然と声の付いたため息が出ていた。

 もうこれは、海をひたすら眺めて、時計を見ずに、山河内さんが出てくるのを待ったほうがいいかもしれない。

 誰かを待っている時、チラチラと何度も時計を見ていると、例えいつもならあっという間に過ぎていく一分でも長く感じてしまうから。だからと言って、時計を見るのを我慢するのも、それはそれで、気になり過ぎてそわそわしたりするから、時間の経過は変わらないくらい遅いんだ。まあ、つまり何を言いたいのかと言うと、やることがなさすぎて暇だ。

 とりあえず今の時間でも……いやだめだ。見ないって決めたんだ。時計を見ずに、海だけを見て、山河内さんを待つんだ。

 普段からズボンのポケットに入れているスマホなのに、今日だけはいつも以上に、重さを感じていた。何もしていないから余計にスマホが、存在感を主張している。スマホは物質だから、自ら言葉を話すことはないのに、何故だろうか、今の僕にはスマホの声まで聞こえている気がした。

 それからもぼーっと海を眺めているのに、山河内さんは来ない。もしかして約束を忘れているのか。山河内さんに限ってそれはないから、間違えているとすれば、僕の思考だ。

 僕の脳は、山河内さんの「いつもの場所」を、コテージの出入り口付近だと勝手に思っている。これだけ待ってもまだ来ないと言うことは、「いつもの場所」が違うと言うこと。いやでも、まだ時間じゃない可能性もある。先輩方がまだ上がって来ないと言うことは、まだ零時を迎えていない。今日一日これだけ動いて、誰も上がって来ないと言うことは、まだ眠る時間ではないと言うこと。

 静かに海を眺めながらそんなことを考えていると、微かにだったが、階段を上がってくる足音が聞こえた。

 ただ単に窓の外を眺めていると不審だから、布団に入って寝たふりをしようか、そんなことをしている時間はあるか。布団を被っている最中に入って来られると最悪。だからだめだ。立っているから、ストレッチでも、余計に不審だ。

 変に考えているうちに、布団に入り込めたなと、後悔をしながら、何かしなければと、目の前にあった窓をとりあえず開けた。

 部屋の扉がぎしぎしと音を立てながら、ゆっくりと開いた。扉を開いたのは、楠木先輩だった。

 

「あれ、起きていたんだ」

 

「ええ、ちょっと目が覚めて、夜風に当たっていたところです」

 

 余計に不審な行動だったと後悔をしていたが、楠木先輩は何も追及はしなかった。

 

「八月だけど、海辺だから窓を開けると肌寒いね」

 

「そうですね……」

 

 簡単に返事をしてから気がついた。これは、窓を閉めてくれ、といっていると言うことに。

 

「す、すみません……閉めますね」

 

「お構いなく」

 

 窓を閉めて、女子のコテージを見つめてみるが、山河内さんの姿はなかった。

 

「そう言えば、楠木先輩はどうしてここに?」

 

「うん。僕もそろそろ休もうかと思ってね」

 

 これはまずい。楠木先輩が隣にいるって言うことは、窓の外を常時見れなくなる。楠木先輩がよ横になっているのに、僕だけ立っていれば不自然だ。そんなタイミングで山河内さんがきてしまえば、最悪入れ違いになって、僕は約束を破った悪い奴等レッテルを貼られて、三組四組どころか、全校生徒から批判の嵐を浴びなければならない。そして、僕は退学するんだ。

 それを回避するにはどうしたらいい。ここにいようがリビングに降りようが、外を監視できないのは同じ。隣の部屋は今更行けば、楠木先輩からの逆鱗を買いかねないし、それに、何より窓の外から女子のコテージが見えない。山河内さんが出てきたって、隣の部屋にいれば、わからないのだ。そうなったら結果は同じ。隣の部屋は行くだけ無駄か。

 顎に手を当てて考え込んでいると、楠木先輩はこう言った。

 

「眠ろうと思っていたけど、夜風に当たったらなんだか目が覚めたよ。リビングの方で、もう少しだけ勉強でもしてくるよ。おやすみ」

 

 楠木先輩は風のように去っていった。

 急にどうしたのだろか。

 はてなマークが頭の中をぐるぐると回っていたが、楠木先輩の言葉を脳内再生して、ことの重大性がようやく理解できた。

 楠木先輩の目が覚めたのは、僕がわけもなく窓を開けたせいだった。

 楠木先輩にまだ謝罪できていない。でも、今はリビングには降りたくない。岡澤君もいるし、今この場を離れるのは危険だと思うから。

 楠木先輩にはまた後で謝ろう。

 後が明日になる可能性もあるが、それだけは許してもらいたい。今は、山河内さんのことで精一杯だから。

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