第三幕 真夜中のカップ麺 ④

 


 ハンマーで頭を殴られた思いだった。

 思考が追い付かない。そんな事件が自分の日常の裏側で起こっていたなんて。そんな秘密を目の前の彼が抱えていたなんて——

 想像だにしていなかった。

 そんな先達にはお構いなしに、煉真は続ける。

「俺はある夜誰もいなくなった学園でふらふらしてて、偶然夜霧とあいつをいじめてた女がふたりしてどこかへ向かうのを見かけた。何かあると思って後をつけたが、奴ら女子トイレに入って行った。流石になかまで追わなかったから詳しくは知らねぇが、まぁ大体察しはつく。そのあと見た夜霧は顔も髪もびしょびしょで泣いてるのかどうかも分からない酷い顔だったしな。けどそれだけじゃねぇ。奴は全身に燃え盛るような真っ青な炎を纏っていた」

「それは——」

「ああ、間違いなく《冥殺力めいさつりき》だ。俺がしばらくトイレの前で様子を見てると怒鳴り声や悲鳴が聞こえてきたからとうとう飛び込んだ。そこでそんなふうになってる夜霧と、トイレの壁に頭をぶつけて血を流してる相手の女を見た。一目で死んでると分かったよ。夜霧は俺に気付きもしないで呆然としてる感じだった」


 先達はごくりと唾を飲み込んだ。

 煉真は一度話し出すと歯止めが利かないように捲し立てた。

「夜霧が女を殺したのには驚いたが、冷静になると俺はどうしてもその秘密が知りたくなった。どうやって《冥殺力》を覚えた? どうしたら俺も使えるようになる? 何度かあいつを見つけては問い質したがあいつは話そうとしなかった。しらばっくれて、何のことか知らないだの勘違いだのと言いやがった。だから俺は脅した——お前がその力を使って人を殺したのを見た。俺に《冥殺力》を使う方法を教えないならそのことを学園じゅうにばらす……そう、言ったんだ」

 煉真の声が、視線が一度沈んだ。

 それでもその告白が止まることはない。

「夜霧は泣きそうな顔をしていたが、それでも秘密を明かさなかった。自分でもどうして使えるようになったか分からないだの、お願いだから自分に構わないでほしいだのと言って逃げ続けた。俺は何度もあいつに迫ったが、その度邪魔が入ったりして結局何も聞き出せなかった」

「その後、夜霧さんは……自殺したんだね?」

 煉真の瞳が激しく動揺した。

 目を伏せ、壁の方を向いて頷いた。

「ああ。はっきり分からねえ——いや、分かりたくねえ。まさか自殺するなんて思わなかった。けどあいつをいじめてた女はあいつ自身がもう殺したんだ。あいつが今更死ぬ理由なんてそれしかねえじゃねえか? あいつは秘密がばらされるくらいなら死ぬって思ったんだ。……俺は最初からそんなつもりは……」

 言葉の最後は聞き取れなかった。

 煉真がこんなふうに喋るのは見たことがない。

 先達はまだ衝撃を処理できなかった。

 しばらく彼の話を反芻する。もうすっかり眠気など吹き飛んでいた。

 やがて、先達は訊いた。

「荻納さんは?」

「あいつは全部知ってた。殺した女の死体を隠すのに手伝ったのはあいつだよ。夜霧があの性格でひとりで全部処理できたとは思えねえし、その後も何かと夜霧と荻納で秘密を共有しているフシだった。俺が夜霧を脅してたら何度も邪魔しに来たのもあいつだ。事情を知らなきゃあんなふうにはできねえ」

 そうだったのか——

 衿狭は自分の知らない秘密を背負っていた。

 そう思うと先達の胸はまた締め付けられた。

「でも、いまのを聞く限りだと、本当に夜霧さんは知らなったんじゃないかな、《冥殺力》を使えるようになった理由。と言うより——そのとき初めて《冥殺力》を使えたって可能性は?」

「どういう意味だ?」

「分からない。けど聞いたことがある。人間には普段使えないけど潜在的に眠ってる力があって、危険が迫るとそれが目覚めるって……《冥殺力》も《冥浄力》も本来そういう力の一種とも言えるし」

 実際は漫画か映画かの受け売りだったが、煉真は神妙な顔をして頷いた。

「さぁな。その可能性もあるかもしれねえ。けどそれだったら俺たちだってもっと《冥殺力》が使えるようにならねぇとおかしくないか? マガネと命がけで戦ってて急に覚醒しましたなんて話、聞いたことねぇぜ」

「分からない。何かそれ以外の条件がいるのかも……」

「俺が知りたいのはそこだよ。だが奴はそれを話す前に、ああいうことになっちまった。結局俺は何も分からないままだ。そのうち俺を人殺しだという噂が広まった。俺は学園に居辛くなって出て行った」

——そしてその後、殺人バットとしての人格を覚醒させたということか。

 煉真ははっきりとは言わない。だが先達の知る彼の性格なら、余程七星を自殺に追い込んだことで自分を責めたんじゃないだろうか。

 彼は見た目や口振りほど悪い性格じゃない。少なくとも先達はそう思っている。殺人バットのような凶悪な人格が目覚めたのも、その自責の裏返しじゃないか——口にこそ出さなかったが、先達はそう想像した。

「ともかく、俺が知ってんのはこれだけだ。つまんなかっただろ?」

「そうかな。もしかしたら、荻納さんが消えた理由もそこに関係するかもしれない」

 先達は言った。

 煉真は肩を竦める。

「さぁ、どうだかな」

 彼はこれ以上推理に付き合う気はなさそうだった。立ち上がってカーテンの隙間から外の様子を伺う。青色がもういないか確認しているのだろう。

「どのみち俺はこのクソみたいな学園を出て行く。最後にお前に話せてすっきりしたぜ。夜霧や荻納には悪いが、今更どうこうできることじゃねえ。お前も精々無理し過ぎんなよ」

「行くのか?」

「ああ、青色どもはいねぇみたいだ。出て行くならいましかねえ」

 玄関に向かって歩きながら煉真は言った。

 先達は立ち上がりその後を追う。

「灰泥——」

 何か言いかけて言葉を止めた。

 同期として引き留めるべきかもしれない。

 だがおとなしく天代守護に捕まったところで彼に明るい未来が待っているとも限らない。

 結局——

 先達には引き留める言葉が何も思いつかなかった。


 

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