第二幕 業 ④
「頼むから何も言わないでくれ」
康峰が言葉を取り戻すより早く、目の前の男は言った。
いつか聞いたあの科白を繰り返すように、静かな声で。
「きみの言いたいことは概ね察しがつく。何を考えてるんだ、とか、いますぐやめさせろ、とか——そんな具合だろう?」
「違う」
康峰はようやく乾いた声を発した。「自分が何をやってるか分かってるのか、あんたは?」
「なるほど」
床に落ちた灰を追うその視線は、一体何を考えているのか想像もつかない。
コンテナを出た
男たちはバイクに乗って彼らを挑発しつつ誘導する。そうして連中はこっちに目をくれることもなく、建物の外へと歩み出して行った。既に
そして奴らが向かった先は——
康峰は視界が揺れるのを覚えた。
いつもの体調不良ではない。いま起きていることを理解し、次に起こることを予想しようとしただけで眩暈を覚える気分だった。
このままでは、本当に取り返しのつかない事態になる。
何としても止めねばならない。阻止しなければならない。それなのに。
「分かっていないのはきみの方だよ。
雑喉は場違いなまでに落ち着き払った声で言った。
「きみは以前私がした島流しの話を覚えているかね?」
唐突に彼は奇妙なことを言い出した。
康峰が眉を顰めるのに構わず続ける。
「まぁ聞いてくれ。あれには続きがあってね。古老の話を聞かされて私なりに興味を持ち調べてみたのだよ。なぜこの島に禍鵺の伝承が生まれたか。本来
「それが何だ?」
雑喉は大袈裟に首を振って見せた。
「残念だな、きみにはもう少しこう、ロマンがあるかと思ったのだが。教師を務めるならもう少し想像力を働かせてほしいものだね。この歴史の符牒に気付かないかね? ——鵺はその鳴き声を恐れられ討伐された。別に直接誰かに危害を加えたという伝承はひとつも残っていないのにだよ。不思議だと思わないかね? ただ不気味だ、恐ろしげだというだけで殺されるなんて? それはまるで、反逆や謀反の兆しありとして
ぴりっとした何かが脳内を駆け抜けた。
彼が言おうとしていることが分かった。
「そう……私はね、この
康峰の目を覗き込んで男は言った。
「同じように不条理な運命に翻弄された鴉羽学園の生徒たちに引き継がれている——」
「……それが歴史の符牒だって言いたいのか?」
康峰は身を乗り出した。
固定された腕や足が軋んだが、構わず怒鳴った。
「あんたは間違ってる。そんな理由で島の人を、何の罪もない人を巻き込んで許されると思ってるのか? 他の生徒たちだって無事じゃ済まないぞ!」
「赦される赦されないの問題じゃない。結局これは起こるべくして起こる事態だったということだ。私がしなくても必ず誰かがやった。いまじゃなくてもいつか必ずこうなった。避けられないことなんだよ。この島にはそれだけの《
「頼む、止めてくれ学園長、いまならまだ——」
「引き返せる?」
康峰の言葉を引き取った雑喉は低く笑った。
その指先から煙草の灰がぽとりと落ちる。
「今更引き返す道などどこにもないよ。私にも——きみにもね」
禍鵺の不気味な声が闇夜に響く。
康峰の額に冷や汗が滑り落ちた。
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