第二幕 業 ②

 


 ようやく意識を取り戻したとき、康峰は碌に手も足も動かないことにすぐ気付いた。

 おまけに体の節々が痛い。どうやら固い椅子に座らされ、手足はガムテープで固定されているらしい。

 だがそんなことに不平を訴える余裕はなかった。

 薄暗闇のなか、何人もの男たちが蠢いている。ちゃちな電気スタンドに照らされて彼らの服装や顔がおぼろげに見て取れた。

 何者だ——と訊くのも憚られるような、見るからにタチの悪い連中。髪を染めたり、木刀や鈍器を肩に担いだりしている。恐らく十人は下らない。


「よぉ~やくお目覚めかい、?」


 おどけた声とともにひとりの男が背後から現れた。

 ぎょっとして振り返ろうとしたが、やはり固定されていて動かない。パイプ椅子の脚がコンクリートの床を擦っただけだった。

「だ、誰だ?」

 やっとのことで康峰は掠れた声を発した。

「おいおい、寂しいねぇ。俺の顔は覚える価値ナシかぁ?」

 やけに馴れ馴れしく言って男は康峰の正面に回り、そこにあった丸椅子を引き寄せて座った。康峰と向かい合う。

 康峰は男の顔に目を凝らす。

 男は電気スタンドを背にしていてほとんど横顔も見えない。だが髭面でなかなか厳つい顔つきというのは見て取れた。一瞬康峰と同年代か——と思ったが、実際はもう少し若いだろう。二十代半ばか。

 それに、声に聞き覚えがある気がする。

「……あっ」

 康峰は思わず言った。

 そうだ。思い出した。


『今回だけ見逃してやる。その代わり《祭り》には必ず来いよ。いいな』


 以前こいつから聞いた言葉が記憶に蘇る。

 それと同時にそのときの情景が記憶を染める。

 こいつは確か——康峰が煉真に初めて会い、殴り殺された日、目覚めると奴と話していた男だ。一瞬の邂逅だったが確かにあのときのあの男だ。

 だが何故こいつがここに?

 何故自分を拘束している?


 康峰は周囲に視線を走らせた。

 天井は高く壁や床は無機質なコンクリートに覆われている。部屋というより倉庫のような大空間には中央に大型コンテナがいくつもある。

 それを囲むように男たちと、彼らのものらしいバイクや武器などが散らばっていた。その向こうに見えるシャッターや窓の様子から見て、康峰がさっきいた建物のなかかもしれない。

 何か唸り声のような音を康峰の耳が拾ったのはそのときだ。

 男たちの蛮声に交じって僅かだが、それはコンテナの方角から聞こえた気がした。ここからでは距離があり、その様子を十分に見ることはできないが。

——何かいる?

 そもそも、男たちがコンテナを囲むように集まっているのも気になった。一体これはどういう状況なのか——


「準備は出来ているだろうな、火滾かたぎり?」


 不意にまた聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 今度はその顔を見るまでもなかった。背後から現れた雑喉ざこう用一よういちが火滾と呼ばれた男と並ぶようにして顔を見せた。

「が、学園長?」

 康峰は思わず裏返った声を出す。

 そんな康峰を雑喉はちらりと一瞥すると、眉をハの字にした。

「ふん、全く余計なことをしてくれる」

「どうしてあんたがここに?」

 だが雑喉は康峰の質問を無視して髭面の男に目を向ける。

 髭面——火滾と呼ばれた男が答えた。

「言ったろ、学園長さん。こっちはいつでもやれる。あとはあんたのゴーサイン待ちだ」

「準備は終わっているということかね?」

「今更特別やることもない」

「よく言える。灰泥煉真は集められなかったんだろう、結局?」

「俺だってレンが来られなかったのはおおいに残念だ。けど、それはあいつにこの《祭り》を見せてやれなかったからだ。戦力としては問題ない」

「……本当に大丈夫なんだろうな? 万に一つの失敗も許されんぞ」

「心配性はハゲの原因になるぞ? おっと、もう手遅れだったか。これは失敬」

 ふざけた口を利く火滾に周囲の男が同調するように吹き出す。

 雑喉は憮然として火滾を見下ろしていたが、やがて言った。

「そこまで言うならゴーサインを出してやる。お前らの言う《祭り》の時間だ。おおいに暴れてみせろ」

「おおっ!」

 火滾が弾かれたように椅子から立ち上がった。

 腕を大きく上げ周囲の連中に雄たけびにような声を上げる。

「聞いたか、クソ野郎どもぉ! とうとう我らがボスがゴーサインを出したぞ! いよいよ待ちに待った《祭り》の時間だ、お前ら、今日のために貯め込んだモノを全部出し切れよぉぉ!」

 ゴロツキたちが同調して雄たけびを上げた。十数人の声に部屋が揺れた。

 それに呼応するように再びコンテナの方でも唸り声が響く。コンテナが内側から揺らされた。


——何なんだ?

 康峰には依然として状況が理解できない。

 だが、途轍もなく不吉な予感だけが胸の内を浸している。

 《祭り》とは何だ? こいつらは何をしようとしている?

 火滾が康峰に顎をしゃくった。

「こっちはどうする?」

「彼は私の方で対処する。お前たちは手筈通りにやればいい」

「そうかい。——まぁ、任しときな。あんたの望み通りあのクソ高飛車女は二目と見れねぇツラにしてやるよ」

 火滾は馴れ馴れしく雑喉の肩を叩き、康峰に背を向けて歩き出した。

 周囲の連中がその後ろに続く。

 雑喉は黙って腕を組んだまま彼らの背を見送っている。


「……おい、いい加減に教えろ学園長! あんたは何をしようとしている⁉」

 堪り兼ねて康峰は怒鳴った。

 縛られてさえいなければ雑喉に掴みかからんばかりに身を捩る。

 雑喉がちらりと康峰に視線を向けると、わざとらしく大きな溜息を吐いた。

「雇用主に対して口の利き方がなっとらんな。クビになりたいかね、軛殯くびきもがり君?」

「雇用主なら部下にちゃんと説明をすべきじゃないか?」

「ふん。まぁいいだろう」

 雑喉はさっきまで火滾の座っていた椅子にどかりと腰を下ろした。

「どうせ今更何をやっても間に合わん。話しても別に構わんさ。まぁいわゆる、冥途の土産って奴だな」

「何だと?」

「残念だがもう手遅れ・・・だよ。……全てがね」

 そう言った雑喉は不吉な笑みを浮かべた。


 

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