11月23日 11:20 メルボルン・代表宿舎

 翌朝、陽人は峰木とともにオーストラリア戦を再度確認していた。


「前線の動きが速くなると、GKとCBが少し遅れてしまっている、か……」


 もちろん、ベンチからも薄々は感じていたが、テレビ映像を見ると良く分かる。


 昨日、テレビでスペイン戦をチェックしていた後田が首を横に振った。


「スペインはオーストラリアよりはプレスへの対応も強いだろうし、ここの部分を突いてくることは大いに考えられる」


 ベンチ外メンバーの3人も同意した。


「実際、昨日、スペインの連中もそこを確認していたみたいだったからな」

「……まあ、いかにスペインでも明後日はそう簡単にボールを回せないとは思うが……」


 城本の言葉に後田も頷く。


 昨日のオーストラリア戦ではバレーシステムのスライド布陣は実行しないままに終わった。


 スペインには試してみるしかない。機能すれば、いくらスペインでも少なくない混乱を起こすだろう。


 ただし、陽人には別の懸念もある。


「ただ、後方がこの変化につききれない可能性がある」


 明後日は前線がより複雑に動くことになる。オーストラリア戦のプレッシングでもつききれなかったGKとCBが、そこにつききれるか確信が持てない。


「俺達は正直、オーストラリア戦を見て鹿海と林崎を起用した方が良いと思ったけどな」


 小切間の言葉に石代と城本も頷く。



「やっぱりそうなるかなぁ……」


 陽人も腕組みをした。


 鹿海を呼んだのは、必要となるかもしれないと考えたからだが、実際に練習を見ているとゴールキーパーとしての能力は比較にならないほど垣野内が上だ。個人として鹿海が勝るのはスピードとキック精度だろう。しかも、特別上というわけでもない。


 その他の能力、セービング技術やパンチング、判断力、コーチングは垣野内の方が遥かに上である。


 とはいえ、優先されるべきはチームでの連動性だ。


 鹿海はこの点では上だ。慣れの度合いが違い過ぎる。



 話し合いが終わると、陽人は少し考えた後、ゴールキーパーの3人を部屋に呼んだ。


「昨日のオーストラリアとの試合なんだけど……」


 陽人は幾つかのシーンを取り出して端末で垣野内に見せる。前線の動きに少し遅れて修正していること。一つ確認作業が入るなどして、流れに乗り切れていないところ。


「……峻多だけの責任じゃない。善寿(角原)と重人(原野)と少しずつズレているから。ただ、スペインが相手だとこうしたズレも命取りになりかねない」

「……」

「もちろん優貴にはゴールキーパーとして色々問題点があるから、そこを突かれてしまうかもしれない。ただ、こういうチームを目指すという方向性でやってきて、その方向により資するのは優貴なのも確かだ。だから、スペイン戦のキーパーは優貴で行く」

「……分かった」


 垣野内は目を閉じて答えた。


「優貴は120、いや150でやってもらいたい。次の試合は大晦日くらいの気持ちで良い」


 大晦日、つまり、高校サッカー全国大会の2回戦である。


 高踏は昨年準決勝まで進んでいるから、1回戦はシードとなっている。2回戦が初戦だ。


「星名や緒方にも言っているけれど、俺がコンディションなどのやりくりで計算しているのは次の準々決勝までだ。準々決勝で全員120の力を出して勝って準決勝に行く。そこから先は出られる面々で総力戦だ。150出せるなら翔矢も出ることになるかもしれないから気持ちを切らさずにいてほしい」

「お、おう、分かった!」


 沢元が応じて、垣野内も頷いた。



 キーパー3人を帰すと、今度は颯田を呼んだ。


「五樹、言わずとも分かると思うが」

「あぁ……」

「3点リードしていたし、気が緩むのはやむを得ない部分もある。ただ、試合の流れはちょっとしたことで大きく変わることもありうる。次もあんな態度をとられると非常に困るし、即座に交代させるかもしれない」

「あぁ、心している。2度とやらない」

「……頼むぞ」



 続いて、楠原と佃を呼び出した。


「琉輝、できそうか?」


 陽人の問いかけに、楠原はこれ見よがしに眼鏡を動かして不敵に笑う。


「天宮監督が昇(高幡)ではなく、僕を高踏軍団の相方にしたのは慧眼ですよ。昇は何でもそつなくこなせる優等生ですが、戦術ヲタクという点では僕の方が数段勝っていますからね。この2か月間の研究で丸裸とは行きませんが、全容の理解に至っています」

「……できると解釈していいんだな?」

「もちろんです。見事にやってみせますよ」

「……スタートは右ウイング。右側は五樹、左に希仁だ」

「お任せあれ」


 楠原が頷いたので、佃に向く。


「耀太も前に置くから、左サイドバックで出てもらう。準備しておいてくれ」

「あ、そういうことになるのか……」


 佃は一瞬目を丸くした。スタメンは園口と思っていたのだろうが、その園口は中盤で出る。


「頼んだぞ」

「分かった」



 最後にディエゴ・モラレスを呼んだ。


「さすがに中盤で完全にこなすのは無理だと思うから、スペイン戦はCBで出てもらう」


 本人は「出られるの?」と嬉しそうな顔をしたが、次いで自信なさげな表情にもなる。


「でも、ルシアンとピーチョを止める自信はねえなぁ」

「心配しなくてもあの2人を個人で止められるCBはこのチームにはいないし、日本にもいない。チームがやられてあの2人にやられた場合、外野は知らんが俺と峰木さんが文句を言うことはない。あくまでチーム単位で止めるわけで、それに向いているのはおまえと大地だと考えたまでだ。もちろん、中盤で完璧に回れるというのなら、ポジションを再考する余地はあるが」

「ねえよ。2、3か所何とかなるかもというくらいで、全然無理だ。後ろできっちりついていくことに専念するよ」

「それでいい。任せたぞ」


 そう言って、部屋から出した。



 伝えるべき人間には伝えた。


 あとは当日まできっちり調整するだけである。

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