9月12日 15:25 天宮家

 代表メンバーが発表されて2週間が過ぎた。


 週末になると、J2伊勢志摩でスーパーサブの地位を掴んでいる緒方以外は、高踏までやってくる。峰木が古賀や協会を通じて、高踏での練習時は代表活動にあたると認めてもらう手続を取り、練習を続けている。



 一方、高踏高校にとっては協会を通じてしなければならないことがもう一つあった。


 9人の所属選手が代表に属することになったため、県リーグ戦でBチームを出すことが困難になったのである。


 元々は、Aチームは主力組で控え組とミックスして使い、Bチームは1年に試合経験を積ませていた。しかし、主力組が抜けたことでAチーム側に1年が回らざるを得ず、Bチームを試合に出せなくなってしまったのである。


 もっとも、Bチームは県の2部に所属しているチームである。既にここまでの9試合で残留に必要な勝ち点には届いている。


 残り試合をきちんとこなせれば昇格の可能性もあるが、Bチームは来年も1年が所属することになるはずだ。あまりレベルが高すぎるとかえってまずい。


「残り試合は不戦敗ということにしよう」


 という形に落ち着いた。



 この日の夕方、陽人と結菜は揃って家にいた。


 そこに来客が来る。コールズヒルFCのスポーツ・ディレクターであるマリアーノ・ロッジと、コールズヒルのスタッフ、更には委託を受けた国際弁護士の勝山宰である。


 向かい合うのは陽人の両親達だ。共に緊張した面持ちで座っている。


 両親には、コールズヒルから声をかけられていることは説明してある。しかし、条件については以前の内容は正式決定ではないので、していない。


 そのため、「イギリスに就職するとしても、うまくいかない場合はどうなるんだ?」という疑問が両親からは出されていた。


 その部分について、勝山が英文と日本文の契約書を出して説明をはじめる。


「契約期間については卒業後から6年間です。最初の4年間についてはオックスフォード大学に通いながら、週末のチーム活動には帯同してもらう形となります」

「お、お、お、オックスフォード!?」


 両親2人の声が見事にはもる。


「4年間のうち、学費と生活費についてはコールズヒルが負担をします。卒業後は年3万5千ポンドを月ごとに支払うことになります」


 イギリスであるから、支払はポンドである。


 2人は当然のように計算機で3万5千ポンドが日本円でいくらか計算しだす。


「……プレミアリーグの選手達は物凄い年俸を貰っておりますが、彼らの立場が特殊だからです」



 選手達の活躍できる時間は短い。それこそ明日にも大ケガをして引退するかもしれない立場である。


 だから、高額な報酬が必要となる。


 フロントはそうではない。長い期間をビジネスマンとして生きていくのであるから、選手と比較すると年収は少なくなる。


「もちろん、仕事ぶりが活躍されてトップチームの監督になれば選手に匹敵する収入が保証されることになる。そこは今後の君次第、とも言えるね」


 ロッジがニヤッと笑った。



 陽人と結菜は両親の反応を伺った。


「うーん、いいんじゃないか?」


 2人ともあっさりと承諾する。


「イギリスでの仕事については分からないけど、オックスフォード大学を出たのなら、日本に戻ってきた時に色々な仕事があると思うし、失敗する危険が少ないだろう」


 両親の言葉に、勝山が笑顔になる。


「それでは、この条件で納得いただければ、こちらに署名と印鑑を押していただいて、こちらの封筒で一通を私の事務所までお送りください」

「分かりました」

「私の下に届き次第、コールズヒルにメールでお送りしますのでその時点で仮契約が成立となります。ただ、高踏高校のこともありますので発表は冬の選手権後に行う予定です」


 高踏高校は、サッカー部選手達の進路については冬の選手権後に発表すると公表している。


 チームの先頭に立つ陽人がそれを無視してしまっては、形無しになる。



「分かりました。ところで」


 陽人はロッジに質問を投げかける。


「僕はまだ高校の監督を続けていくわけですが、その間にボロ負けする可能性は考えなかったんですか?」


 冬の選手権から総体、代表合宿とここに至るまでは上々の結果が残せている。


 しかし、ワールドカップもあるし、二度目の選手権も含めて今後も成果を残し続けることができるか分からない。あるいは大失敗して「一年目だけだった」と言われる可能性もある。


「……もちろん、この先、君が失敗して株が暴落する可能性は十二分にある」


 ロッジが淡々とした顔で言う。


「一方でそれを恐れて待った場合に、君が更に成功をおさめ続けて、より大きなチームが誘いに来る可能性もある。そうなった場合、我々は太刀打ちできない。だから、今の段階で来たというわけだよ。それに選手と違ってスタッフだから大失敗は少ないという側面も大きいし、ね」

「なるほど」


 確かに最初の段階から青田買いと言っていた。


 今後失敗する可能性も考慮して、選んだということのようだ。


「それに、最終的に今回の決定に至ったのは結果よりも試合内容によるところが大きい。それほど戦術的レベルが高いと言えない日本人のハイスクールで、あの内容を実践したというのは結果以上に価値があるところだ。あのサッカーを実践できるティーンエイジャーは世界中探してもいない」


 ただ勝つだけなら、いくらでも勝っている人物がいる。しかし、それはサッカーのレベルや強さとの兼ね合いもある。


 日本で無敵だから、欧州でも無敵という理屈にはならない。


 ただ、実践しているサッカーの質については万国共通だ。


 日本で良いサッカーをしているのなら、イングランドでもできるはずである。


「君が勝てる指揮官であるのかは分からないが、良いチームを作れる指揮官であることは今後の結果に関わらず疑いがない。良いチームを作るだけの指揮官はトップチームには向かないが、育成組織でなら十分に役に立つ。そうしたことも含めての決断だ」

「分かりました。頑張っていきます」


 陽人は頭を下げた。

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