10月22日 14:44

 後半が始まった。


 お互いのやり方は前半と変わりがない。


 北日本は消極的に見えるが、無失点というプランを遂行できているし、奥州第一もチャンスの数はともかくボールキープをしている。


 そんな中、唯一の違いは……


「あれ、七瀬と重谷が前に向かっている?」


 テレビで観る分にははっきりとは分からない。


 しかし、北日本の両サイドハーフ、七瀬と重谷が前半よりも前への推進力をあげているように感じられた。


 ただ、1トップの棚倉は引き続き右に流れている。そこからの展開も早くないので結局ボールは奥州第一へと流れてしまう。


「ボールを取り返した時に、七瀬と重谷が前に行くようになった。奥州第一が守備でミスをするか、うまくかいくぐれば抜けた2人に通してチャンスになるかもしれない」


 陽人はそう分析しつつも、随分と迂遠だと思った。


「テレビで観るより奥州第一の圧力がキツイのかな? もう少しうまくできるように思うのだけど」

「あるいは、ジワジワと弱火で料理しているような感じ?」


 後半になったらこう。10分を経過したらもう一手つけくわえて、20分に最後の一つを入れてゴールという料理が完成する。


 瑞江の感想は、事実だとしたら随分と手の込んだやり方ではある。相手が点を取れるわけがないという自信過剰とも言える。


 とはいえ、テレビの雰囲気ではそういう風に見えなくもない。



 後半10分、戦況が変わらないことに業を煮やした奥州第一が前線の選手を2人交代した。このままダラダラと維持して、流れが北日本に流れることを嫌ったのだろう。


 北日本守備陣は相手の選手交代にも全く動じない。


 そのまま数分が流れる。


 替わって入った志度隆幸しど たかゆきから筑下俊也つきした としやがボールを奪った。スッと左を見た後、筑下は前にパスを出す。


「あっ!?」


 七瀬が中盤の間を抜けていた。その右側を重谷が走っていて、前にはCBの衣川しかいない。


 七瀬は重谷をチラチラと見つつ前進する。衣川はどうにか両者を視野に広げようとしたが、重谷が背後側に走ろうとするのに気を取られた。


 その一瞬で七瀬も加速して一気に前進しようとする。


「キーパー!」


 衣川は抜かれると思ったのだろう、七瀬を諦め重谷へのパスコースを塞ぎにかかった。七瀬の対応にGK粟津が飛び出してくる。


 勢いよく出て来た粟津が、右側に倒れ込む。


「えぇっ?」


 呆れたような声があがった。


 ほぼ同じく、七瀬が停止して倒れた粟津をかわして冷静にシュートを打つ。


「いや~、それはないよ」


 ゴールを確認して、先程呆れ声をあげた須貝が首を横に振っている。


「いくら何でも早すぎるよ。もっと我慢しないと」


 そうかもしれないと思いつつも、もっと気になることがある。


「何であんなにフリーだったんだ? しかも2人とも……」


 七瀬と重谷しか走らないというのは奥州第一には明らかだったはずだ。


 それなのに、2人ともフリーで独走させてしまったのは理解に苦しむ。



 リプレーが出た。


 筑下がボールを取った時、右サイド側がおなじみのパターンに備えようと動き始める。


「あっ」


 しかし、それまで右サイドばかりで受けていた棚倉が、この時だけ左サイドに動いた。それに気づいた左サイド側が棚倉に向かおうとする。


 結果、真ん中を走る2人を見る選手が中央のCB衣川一人になってしまった。


 筑下は悠々と真ん中に通して、2人とも抜けてしまった。


 キーパーも含めて2対2となり、須貝がダメ出ししたGKの無謀な飛び込みもあって、あっさりとゴールとなった。


図:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16818023211847469022


 陽人は瑞江に声をかける。


「じわじわと念入りに弱火をかけて、ゴールしてしまったな」

「全く。我慢強いというか何というか」


 前半から丹念に布石を打って、焦らずしっかり守り続けて、相手がパターンを決めつけた頃を見計らっての仕掛けである。


 見事ではあるが、よくここまで守り続けるうえに実らない攻撃という布石を打ち続けたものだ。その我慢強さに感心する。


「センターバックが決めつけたらまずいよね、しかも中を開けてしまうのは」


 ゴールは中央にあるのだから、攻める側も守る側もまずは中央を優先しないといけない。どれだけサイドを突かれていても、中央よりもサイドを優先してはいけない。


「これで奥州第一が前に出ると、北日本は更に思うつぼとなるわけだな」



 その通りの展開となった。


 失点をした奥州第一は取り返さなければと前線と中盤を強化するが、そうなるとボールを失った時の反応が鈍くなる。


「うわ、来た!」


 それまでサイドを流れた棚倉が初めて中央を走る。中央で受けて更に前へパスを通ると、またも七瀬がフリーだ。


「おおぅ、惜しい」


 これはシュートが僅かに枠を逸れた。


 しかし、以降、北日本のカウンターが何度も展開されることになる。



 そして、タイムアップの時を迎えた。


『試合終了! 北日本短大付属、後半21分の七瀬のゴールを守り切り、14年ぶりの全国を決めました!』


 守り切った、という表現ではあるが、それは1-0というスコアゆえの表現だろう。


 実際は、ゴール以降はほぼ北日本の攻勢だった。むしろ完勝だったといっていい。



「いや~、トップはこういう試合をするんだな。練習試合でこの戦い方だったら負けていたんじゃないかな」

「でも、当時の高踏相手に練習試合でこんな戦い方していたら、選手がキレるよ」


 陸平の言葉に、一同が「それもそうだ」と笑った。


 聞いたこともない県立高相手に、前半はしっかり守って、しかも攻撃もダミーのようなことを続ける。選手達が「俺達を信用していないんですか」と怒って当然だろう。


 強豪だから、全国がかかっているから、できる試合である。


 陽人を含めた全員が、この時はそう思った。



(おまけ)北日本・全国への道・その3

https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16818023211847169005

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