4章 大魔樹の庭 編
第65話 お受験対策と2年目の春
「うーん、今日もあったかいや。もうすっかり春だなあ」
90日間の冬季が終わり、春季になった。俺が異世界に来てからもう少しで1年。なんだかあっという間だった気もするし、前世の3年分くらい時間が経った気もする。
「冬眠から目覚めた魔物が里を襲いに来る時期なのだ」
「嫌な季節だね」
ブラック・ラクーンの生活も楽ではなさそうだ。
「シュータくんは、そろそろ行っちゃうのだ? 寂しくなるのだ」
「そうだね……まあ、しばらくしたら帰ってくるから。そしたらまた泊まりに来るよ」
「絶対の絶対また来てなのだ。漢の約束なのだ!」
「うん!」
こうして俺は、冬の間お世話になった樂狗亭と茶々丸に別れを告げて、修行の為、とあるダンジョンへ出発するのだった。
__ __
少し時を遡って、冬の終わり頃のお話。
「なに、冒険者育成学校の入学試験?」
「うん。カリ~パンにいちゃんも受けた?」
「カリバーンな、カリバーン。受けた受けた。懐かしいな」
この国でそれなりの生活をするには、身分証代わりになるギルドカードの取得が必須だ。
俺は将来、冒険者になって冒険者ギルドに加入することで、このカードを手に入れることをひとまずの目標としている。
そして、正式な冒険者になるためには、この国の冒険者育成学校を卒業しなければいけない。
「そうか、シュータも王立学園に行きたいのか」
「まあ、お金かかんないし」
「だろうな。俺も同じ理由だったぜ」
俺が入学を目指しているのは、「王立冒険者育成学園」。通称、王立学園だ。
冒険者育成学校は他にもいくつかあるんだけど、入学費用や学費が結構高いのだ。
でも、王立学園だけは入学費も学費もタダ。そのうえ俺みたいなスラム暮らしの孤児でも受験できる。
その代わり、入学できるのは12才~14才になる年に、夏に行われる入学試験に合格した人だけ。チャンスは3回だ。
「夏季になったら試験があるんだ。なんか合格する秘訣とかない?」
「そうだなあ……ドラゴンと暮らしてたような人間なら余裕で受かるんじゃねえか?」
「またそんな適当言って」
試験は筆記と実技があり、筆記はある程度出題されるものが決まっているが、実技試験の課題は毎年変わるらしい。
「にいちゃんの時はどんな実技試験だったの?」
「俺の時は、なんだったっけな……あーそうだ、思い出した。薬草探しだ」
「薬草探し?」
「東の街道を行った先に“大魔樹の庭”っていうダンジョンがあるんだが、行ったことあるか?」
「ううん、初めて聞いた」
「そうか……まあそのダンジョンに連れていかれて、数種類の薬草の絵が描いてある紙を渡されて、2日以内に同じものを採取してこいっていう課題だったな」
薬草探しかあ。正直ちょっと苦手なんだよな……俺、毒草食っても死なないからさ、結構適当にやっちゃうんだよね。
「描いてある薬草はいくつか採取できれば合格で、全部見つけられなくても良かったんだが、もし全部集められたら……」
「集められたら……?」
「A級特待生ってことで、学園食堂のメシがタダで食えたらしい。まあ俺は一般合格だから噂で聞いた話だが」
「学食がタダ!?」
「あ、ああ。いや食いつき良すぎだろ」
「俺、A級特待生目指すよ!!」
「そ、そうか。まあ頑張ってくれ」
__ __
そんな感じで、試験が始まる前に大魔樹の庭へ行って、しばらく薬草探しの勉強をすることにしたのだ。
今回の試験が同じになるとは限らないけど、それこそ魔物討伐とかだったら得意分野だし、苦手なところを学んでおいたほうが良いだろう。
「大魔樹の庭は結構遠いから、しっかり準備をしていかないと」
とは言ったものの、食料は現地調達でいける気がするし、昔買った薬草図鑑もあるし、特に準備することもないか……
「というわけで、しばらく大魔樹の庭に行くんだけど、何か採ってきてほしい薬草とかある?」
「別にないわよ」
出発する前に教会に寄って、シルクたちにしばらく留守にすることを伝えたついでに、採取クエスト的なやつがないか聞いてみた。
「というか、シュータは鑑定魔道具持ってるんだから採取系は大丈夫じゃないの?」
「それがさー、試験中は防具と武器以外の魔道具使用禁止なんだってさ」
試験が始まったらすーくんは使えない。
「あ、それじゃあシュータくんにひとつお願いしてもいいかな~」
「ん、リネンさん何かある?」
「シソーバーっていう薬草が生えてたら採ってきて欲しいのよ~」
「シソーバー……」
そういえば図鑑に載ってたかも……あった、これか。
「分かった。もし見つけたら採って来るよ。教会で使う薬草なの?」
傷薬とか調合するんだろうか。
「トンホーンとシソーバーのはさみ焼がとても美味しくて~お酒が進むのよね~」
「……」
「……」
「あれ? どうしたの二人とも~」
「ううん、なんでもない。俺も食ってみたいなって」
「シュータ、シソーバーの採取はほどほどでいいわよ。」
「うん」
シソーバーは覚えてたら採ってこよう。
「それじゃあ、行ってきまーす!」
「いってらっしゃ~い」
「ドラゴンに攫われないように気を付けなさいよ」
「うん!」
こうして俺は、新たなダンジョン「大魔樹の庭」へ向けて出発した。
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