第26話 庭園にて



 謁見を終え、アグラヴェイン卿に「茶会はまた後日、今日の所は場内を見学していくのが良かろう」と言われた自分たちは、パー子の案内の元、謁見の間のあった中央棟から、それを取り囲む城壁への間、中庭である花畑で一息を付いていた。


「ひ、酷い目に遭いましたわ……」


「まあ仕事ほっぽり出して来たパー子が100%悪いっすね」


「ぐぬぬぬ……」


 唸るパー子は放っておいて、自分達は辺りの景色に視線を向ける。


「しかし、素敵な花園ですね。私は王城内に入ったのは初めてですので、これは少々圧巻です」


 周囲を見回してのフィーネの言葉に、軽く腕を組んだギラファさんが頷き、 


「ああ、以前訪れた時よりも花の手入れが行き届いているようだ」


「そうなんすか?」

 

 確かに見事な花園だ、四季折々、本来であれば同時に咲くことがない花々が、それでいて調和する様に咲き誇っている。


 だが、ギラファさんが言うには昔はここまででは無かったようで、それを追補するようにパー子が口を開いた。


「もともとこの中庭はマーリンとモルガンの魔術によって、季節に関わりなく花が咲き乱れていたのですけれど、二年ほど前に新たに円卓の仲間入りをした者が、自ら管理を申し出たと聞いておりますわ」


 なんと、円卓の騎士自らが花畑の管理を申し出るとは、普通そうした物は城に住まう従者の仕事と言うか、専門の庭師が居るのでは無いだろうか。


「二年前と言う事は……」


 そうつぶやくギラファさんを置き去りに、ふと何かに気がついたパー子が手を上げて、


「あ、丁度あそこに居らっしゃいますわね、モードレッド卿ー! ちょっと来てくださいましーー!」


 呼び声に、泉の傍らで本を読んでいたと思しき人影がこちらへと歩み寄って来る。


「おや、パーシヴァル卿、王城に来ていらしたのですか。――そちらの方々は?」


 モードレッド卿と呼ばれたのは、パー子より幾分若く見える一人の少女だった。


 金色に、毛先を黒に染めた独特の髪は、後ろで一つ結んだポニーテール。


 下ろした前髪から片方だけ見える瞳は、深く吸い込まれそうな紫の色をしていた。


「ああ、モードレッド卿は会ったことがありませんでしたわね。こちらは私の教官であったギラファ殿と、英雄の子孫である功刀・蜜希、それからアージェの懐刀であるフィーネですわ」


「ギラファだ、お初にお目にかかる」


「蜜希です、よろしくお願いします」


「フィーネと申します、お噂はかねがね」


 自分たちのあいさつに対し、はっとした様な仕草で、けれど落ち着いた所作でモードレッド卿が頭を下げる。


「これは失礼いたしました、円卓の騎士の末席に身を置かせていただいている、モードレッドと申します」


 モードレッド卿の言葉に、パー子が仕方ないと言うように一つ息を吐いて、


「相変わらずですわね、その腰の低さ。もう少し堂々としてもいいと思いますのよ?」


「いえ、私はまだまだ円卓の騎士としては未熟ですので……」


 おや、これはなにやら訳ありの予感。


 とはいえコンプレックスと言うものは他人からの評価だけでそう簡単に覆る物ではない。


 彼女にどの様な思いがあるのかは分からないが、こちらから踏み込むことでは無いだろう。


「ところで、この庭園ですけど、モードレッド卿が管理されてるんですか?」


 こういう時は話題をずらすに限る。そうした意味も含めて、自分は花畑を見回しながら言葉を作ったのだが、モードレッド卿の意識もそちらにそれてくれたようだ。


「はい、この花園は加護の関係もあり、通常の庭園とは適した管理が違うのです。私は母の事もあって、そうした植物には通じておりますので」


「お母さまが?」


 自分の疑問に答えたのは、モードレッド卿ではなく、軽く片目を閉じて見せたパー子だった。


「ああ、モードレッド卿の育ての親は、さっき話したモルガンですのよ」


 なんと、確かにモードレッドと言えばモルガンの息子として有名な存在だが、こっちの世界でもそうであったとは。


「でも、育ての親っていうのは……」


「私は孤児だった所を、たまたま素養がある、と母に拾われたのです」


「モルガンは純粋な神格ですから、養子をとった時は地味に騒ぎになったらしいですわよ? まぁ私は当時赤子ですので知りませんでしたけれど」


 そう楽し下に語らう二人を見て、ふと、モルガンと言えばアーサー王伝説における悪夢の象徴のような存在の筈だが、話を聞く限りだとそうでもないのだろうかと思っていたところ、不意に、自分たちの周囲の水流が渦巻いたと思えば、中から一人の女性が姿を現した。


「ここに居たのね、モードレッド」


 そこに居たのは、胸元を大きく露出させたドレスを纏い、頭に鈍色のティアラを載せた若い女性だった。


「母様、なにかありましたか?」


 モードレッド卿の言葉に、この女性がモルガンかと納得する。


 パーシヴァルの話によれば襲名者ではない純粋な神格と言う事だが、確かにそこに佇んでいるだけで何処か取り込まれそうな美しさを感じるものだ。


「アーサー王が急に謁見を行ったと聞いたから、何事かと思ってね。――けれど出向いてみれば随分と懐かしい顔が居たものだわ」


 そう告げたモルガンさんの怪しげな視線が向く先は、少し自分を庇う様に前に出たギラファさんを見つめ、流れる様に自分に向かう。


「あら、随分と可愛らしい女の子を連れていらっしゃるわね、ギラファ卿。かつての相棒の子孫を誑し込んだのかしら?」


 皮肉を一切隠そうとしないその言葉に対し、ギラファさんは一度腕を組み、ふむ、と軽く頷くと、


「……いや、どちらかと言うと私の方が誑し込まれたような……」


「はーい! 誑し込んだっす!」


 そんな自分たちの返答に、モルガンの顔が一瞬困惑に固まる。


「え、貴方そういうキャラだったかしら? もっとこう、恋愛とか興味ないオーラ漂わせてなかった?」


「いや、別段自分にそのような自覚は無いが……」 


「そ、そう……、ふふ、だとしたら英雄も所詮は色恋に揺らぐ、ただの男だったって事ね、残念だわ」


 ……なんだろうか、作り出される言葉自体には毒や嫌味の様な物が伺えるのだが、それを言っているモルガン自身からそうした雰囲気を感じないというか、これは、そう、あれだ。


「憎まれ役を演じようとしてる根がまじめな善人タイプのそれ……!!」


「はあ!? 何を言ってるのですかこの小娘は!!」


 叫ぶように声を放ったモルガンさんに合わせるように、呆れた顔のパー子がこちらの肩を叩いて、


「蜜希、声に出てますわよ……」


「あーいや、声に出したんすよ。こういう人ってあれっすから、初っ端で言ってあげないと延々とそういうムーブ続けるんで」


「…………ッッッ!!」


 声が出ずに絶句しているモルガンさんを見つめていると、突然右手を強く握りしめられた。


「――わかりますか!!」


 そこに居たのは、満面の笑みを浮かべてこちらを見つめるモードレッド卿の姿。


「ほえ? どうしたんですかモードレッド卿?」


 若干驚いた自分に対し、そんなことは構わないという様にモードレッドが捲し立てる。


「いつも意地悪く振舞っているのですが、母様は本当はとても優しい人なのです。風邪を惹いたときはずっと手を握って居て下さいますし、誕生日にはいつも手作りのケーキを振舞ってくれたり――!!」


「も、モードレッド? 急に何を語りだしているのです?」


「母様は黙っててください! ……それにですね! 私が初陣に赴いた際は帰って来た瞬間に抱き締めてくれたり、よく頑張りましたねって頭を撫でてくれたりですね?」


「あ、あの、モードレッド、どうかそのあたりで……」


 あーうん、本当にお母さん大好きなんっすねー、でもモードレッド卿、でもですね? ちょっとモルガンさんの顔が凄まじい勢いで真っ赤になっているというか。横でパーシヴァルも「今まで皆気を利かせて気づかぬふりをしてたのにー」みたいな顔をしてるというか、


 えーと、どうしたもんっすかねこれ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る