第22話 城壁越え



 陸港は、キャメロットの第二城壁の外側、都市に隣接する形で設けられた空間だった。


 港と言っても、遺骸は常時空中を浮遊している為、どちらかと言うと荷下ろし用の空間と言う言い方が正しい。


 数キロ四方の空間が幾本もの線で区画分けされ、区画ごとに積まれた大型木箱と、それを移動させる重機にも似た魔術礼装や大型異族達。


 上空から巻き上げ装置で降りてくる積み荷とは別に、陸港の端、城壁の門に近い位置へと、乗員移動用の昇降機がゆっくりとした速度で降下する。


 不意に、城門近くの空気が揺らいだ。


 やや外れた位置に発生した揺らぎに、昇降機の近くで作業を進める者たちは気づかない。


 そして揺らぎの中から現れる姿は、白と黒を基調としたクラシカルなメイド服。


「ふう、何とか間に合いましたね。――まさか日が昇っても酒盛りが続くとは、流石に少々頭が重いですが」


 やや疲労の残るため息を吐き、フィーネは降りてくる昇降機を見上げ呟く。


「さて、ギラファ様と蜜希様が降りてくるのを待つことにいたしますか」





    ●

 




 その上空、遺骸の上で、昇降機の順番待ちの列に加わろうとしている蜜希達の姿があった。


「いやー、舳先で話し込んでたらすっかり混んじゃってるっすねー」


「キャメロットで遺骸を降りる者は多いからな、混雑は致し方ない」


 そうなんすねー、とギラファさんに返しながら、自分は一度後ろへ振り向く。


 そこには、こちらを見送る一組の男女。


「お二人はこれからどうするんすか?」


「私たちは傭兵だもの、まだまだこの先の航路でも需要はあるから、暫くはこのまま居座るつもりよ」


「そういうわけだ、縁があったらよろしくな。ウェールズに行くときは酒場にも顔を出すからよ」


「……はい、じゃあ、またお会いしましょうっす!」


 手を振りながら、二人が居住区へ続く通路へ向かう。自分はその姿が見えなくなるまで手を振り返し、ほう、と息を吐いた。


「どういたしましたの? 蜜希。」


 首を傾げるパー子に、自分は軽く頭を掻き、苦笑と共に答える。


「いやあ、こんな広い世界で、また会うのってどれだけの確率なんだろうなって思っちゃってっすね」


「その中でも巡り合うからこそ、縁があるというのだよ、蜜希。それにあの二人は年に数度はウェールズを訪れている、また会えるさ」


 頭に手を置かれながらのギラファさんの言葉に、自分は頷きを返し、


「……そうっすね、別れを惜しむより、新しい人との出会いを楽しんでくっす」


「ふふ、切り替えが早いのは良いことですの。――しかし、一向に列が進みませんわね、私は普段円卓専用の礼装で来てますから、遺骸で来るのは何気に初ですわ」


「ああ、キャメロットの様な大都市の場合、間者や工作員の防止に内部に入る為の手続きなども多くなるからな」


「あ――、私はその辺り顔パスですけれど、話で聞く限り結構引っかかる連中居るらしいですわね」


「ひっかかる?」


「ええ、所属国や目的などを偽らないよう、幾つかの質問や術式による検査などがあるのですけれど、その時にうっかり偽装した身分証と違う事喋って引っかかるのが結構いますの」



  ●


「次の方どうぞー、えー、所属はアステカ。目的は観光とのことですが、具体的にどういったところを?」


「はい! 建築が好きなので、塔や城壁なんかを見るのが楽しみです!」


「なるほど、所でお風呂はシャワー派? 大浴場派?」


「え!? 大浴場入らないとかありえないでしょ、何言ってんすか!?」


「ふむふむ、見ざる、言わざる?」


「カエサル」


「よーし、こいつ出身ローマだな、強制送還用の独房に突っ込んでおけ、風呂無しで」


「あーー! せめて風呂は! 風呂は毎日入らせろーー!!」


   ●




「なるほどっす、でもそういうの突破して入って来る人達も多いんじゃないっすか?」


「そういう者の為に、術式である種の契約を結ぶ様になっている。中で破壊活動したり誰かを害そうとすると神罰が下るようにな」


「神罰っすか?」


「ええ、確か今のトレンドは行動を起こそうとすると肛門に聖剣を模した魔力塊が叩き込まれると同時に電撃が走り、警報音が鳴り響いて近くの者に注意を促したうえで警備隊が駆けつけますの」


 シンプルにひどい。


「それ最初の聖剣の下りいるんすか?」


「たしか日本神話に対応している国家でその手の神罰が多いらしくてな、当代のアーサー王がそこを訪ねた際に真似することにしたらしい」


「あーーーー、神道ならしょうがないっすねーー」


「……振っておいてなんですけれど、なんでそれで納得できますの?」


 地球でも日本はアバウトだったから仕方ない。


「まぁ、そんなわけで手続きに時間が掛かっている訳ですが、もう面倒だから私の権限でその辺すっ飛ばして入国いたしますわよ? 蜜希? この取っ手持っててくれます?」


 そう言って自分に腰へ装備する安全帯付きの取っ手を渡すと、パーシヴァルは展開した光槍に取っ手から伸びる縄を結び付け始める。


「え? パー子何してるんすか?」


「このまま壁超えてキャメロットに入りますわ。申請書は今通信で送りましたので気にしなくていいですのよ?」


「はいぃ!? いやいやそういう事じゃなくて、だったらギラファさんに抱えてもらうとか!?」


「君ワイルドハントの時に似たようなことしていただろう、しっかり捕まっていたまえ」


 困惑する自分をよそに、ギラファが背の翅を展開する。


「それでは、行きますわよLet's go!」


 言葉と同時、パーシヴァルが左手で縄を掴み、右手で槍を放り投げる。


 槍がすさまじい速さで飛んでいき、一瞬置いて自分とパーシヴァルの体が縄に引かれて空へと飛翔する


「パー子あとで覚えてろっすよおおおお!!」


 自分の絶叫の声が、城塞都市の上空で響き渡った。







   ●


 一方そのころ。


「あのー、アージェ様? キャメロットの城門前で待っていたのですが、一向に蜜希様とギラファ様がお見えにならないのですが、何かあったのでしょうか?」


『なんかパーシヴァルに遺骸の上からキャメロットの中へ放り投げられたとかギラファちゃんが通信よこしたわよ?』


「…………」


「は!?」


『そんなわけだから、頑張って探してね、フィーネ』


「そんな――――!? せめて連絡とってどこかで待ち合わせさせてくださいよ!!」


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