第二章 円卓
第21話 城塞都市
大空を船が征く。
青空を水面に見立て、大気と質量の衝突によって生じる雲を曳き波の様に纏うそれは、遥かな原初から引き継がれる女神の遺骸。
眼下、荒れた大地の先、白亜の城砦が姿を現す。
中央に背の高い塔を置き、中庭を挟んでその四隅を一段低い塔と城壁が取り囲み、その外側には幅の広い堀。
周りには都市が形成され、更にその周りを都市ごともう一つの城壁が取り囲んでいる。
更に一つ特徴的なのは、都市そのものを二分する様に流れている川だろうか。都市の外から流れ込んだ川が、そのまま中央を通って別れ、城の堀となってまた合わさり、都市の外へと流れゆく。
それを見据える女神の遺骸、その舳先である前部甲板上に立つ人影があった。
「おお、見えてきたっすね、アレがキャメロットっすか?」
ワイルドハントの襲撃から一夜明け、いよいよ目的地へと到着である。
「ええ、このブリテンの首都にして、アーサー王の住まう城砦都市ですわ」
隣に立ち、風に髪を靡かせながら答えるパー子さんに対し、ふいにギラファさんが問いかけた。
「ところでパーシヴァル、君は領地の統治すっぽかして此処に居ていいのかね?」
「…………」
●
「おい! 突然居なくなったパーシヴァル卿はまだ帰ってこないのか!?」
「なんか遺骸の方にいる知り合いから酒盛りしてる卿の画像送られてきたんだが、何してんだあの人!?」
「あーーーー!! しょうがねぇ、代理人として酒場のアージェ店主呼んで来い!! あの人円卓の名誉席持ってるから!」
●
「まさかパー子さん、政務放り投げて此処までついてきたんすか?」
「し、しかたありませんでしょう、昨日はワイルドハントの襲撃に対する救援としてやってきたのですから!」
「いや、襲撃自体は昼には片付いたっすけど、パー子さんそのあと『祝勝会ですわ――!!』とか叫んで夜中まで騒いでたっすよね?」
と、
「ああ、ありゃ凄かった、酔っぱらったパーシヴァル卿が槍を使ってポールダンス始めるとはな、思わず凝視したら相方に蹴り喰らったし」
「他人をエロい目で見るなとは言わないけど、それはそれとしてムカつくから手が出るのは当然よね?」
不意に後ろから会話に加わって来たのは、昨日の襲撃では大変お世話になったお二人だった。
「お二人とも、おはようございますっす」
軽く頭を下げての挨拶に、エルフの女性が片手を顔の高さに上げて、
「おはよう蜜希のお嬢ちゃん、朝から騒がしくしてごめんね?」
いやまぁこっちの方が騒がしかったと言いますか、などと思っていると、横のパー子さんが額に手を当て言葉を紡ぐ。
「といいますか私、昨夜の記憶が一切無いのですけれど、そんなことしてましたの!?」
「パーシヴァル、君はもう少し領主としての自覚を持つべきだと思うぞ」
「ギラファ教官に言われると何も言い返せませんわね……」
その言葉に、ふと、昨日から気になっていた質問をパー子さんに投げかけることにする。
「そういえば昨日の祝勝会の時も思ってたんすけど、パー子さんがギラファさんを教官って呼ぶのはなんでなんすか?」
「パー子呼びが完全に定着しましたわね……。ギラファ教官は、私がパーシヴァルの名を襲名することが決まってからの戦闘技術の教官でしたの」
「とはいえ、型のような物を教えるわけでは無く、ひたすら実戦形式での指導が殆どだったがね」
なるほど、と頷きながらも、以前アーサー王の説明の時にも聞いた襲名と言う言葉が気になった。
「もう一つ気になったんすけど、襲名ってどういう感じで決まるんすか?」
「ああ、それについての説明がまだだったな。この国の対応神話であるアーサー王伝説だが、君も知っての通り神話と言うには力が弱い。そのため他の神話群の様に神格そのものが顕現しているのでは無く、円卓の騎士に由来する武具が顕現し、その担い手が半神的な存在として代々の円卓の騎士となるわけだ」
ギラファさんの説明に、補足するようにパー子さんが繋げ、
「円卓の騎士を襲名した者は、その肉体から書き換えられ、およそ千年程度の寿命を得ることになりますわ」
告げられた言葉、まだ説明は続く気配だったが、つい言葉を挟んでしまう。
「……それって、つらくないんすか? 見知った人たちを看取ることになるんすよね?」
自分の言葉に、パーシヴァルが一度寂しげに頷き、けれど確固たる意志を宿した口調で返す。
「ええ、確かに寂しく、孤独を感じることもあるでしょう。けれど、その程度に耐えられぬ様では、そもそも円卓の証たる武具に認められることすら適いませんわ」
ハッキリとそう宣言された言葉に、自分はその覚悟の強さを前にして、思わず言葉に詰まった。
「説明を続けますわね? 先代の円卓の騎士が亡くなると、武具は新たな担い手を求めますわ、それは血筋や能力などでは無く、その武具が認めるに足る精神を持った者。 故に、武具は自らその者の元へと姿を現しますの」
そこで一度、パー子さんは言葉を区切り、
「けれど、それを受け入れるかどうかは選ばれた者に一任されますわ。中には勿論それを拒むものも居て、その場合武具はまた新たな候補を探しますの」
「じゃあ、パー子さんは、それを受け入れたんっすね?」
わずかに眉に力が入っている事を自覚しての問いかけに対し、微笑みを持って回答は紡がれた。
「勿論。当時の私はただの商家の娘でしたが、この身がこの国の礎となれるのならば、それを拒むことなど致しませんわ」
「かっこよく言っているが、基本受け入れの儀式は家族なども居る場で行われるのでな。パーシヴァルは『やりましたわー!円卓の騎士になれば実家継がないで済みますのー!!』といって受け入れたものだからその後親にどやされたという逸話があるぞ」
「ノリ軽っ!? いいんすかそんな簡単に引き受けて!!」
いいんですのよ、とパー子さんが手を軽く振り、
「まぁ、そんなこんなでパーシヴァルを襲名したのが五年前、十三歳の時ですわね」
ちょっと待ってほしい、シレッと真顔で衝撃発言が飛んで来たのだが。
「え!? ってことはパー子さん今十八歳!? うっわ六つも年下!? これからパー子って呼んでいいっすか!?」
「貴女本当いい度胸してますわね!!?」
叫んだあと、パー子が仕方なさそうに息を吐く、顔に見えるのは諦めと僅かな楽の色。
「まあ、いいですわ、貴女は異境の民、こちらの身分に付き合う必要はありませんもの。――その代わり、私も貴女を蜜希と呼び捨てにしてかまいませんわね?」
了承の言葉に、自分は思わず飛び着くようにパー子の手を握る。
「勿論! じゃあこっちで出来た初めての友達として、これからよろしくっすよ、パー子!」
「――――」
暫しの沈黙の後、握りしめた掌が、向こうからも握り返される。
「ええ、よろしくお願いしますわ、蜜希」
眼下、キャメロットの城壁が近くなってきた。それに伴い、遺骸の停泊地であろう陸港に誘導の術式陣が展開される。
「さて、ようこそ城砦都市キャメロットへ、蜜希。円卓の騎士が一人、パーシヴァルが、この国を案内して差し上げますわ」
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