第20話 酒場にて




「ふんふん、なるほど、ワイルドハントの異常行動ね」


 深夜三時、酒場の営業を終えたアージェは、通信を介してギラファからの報告を受けていた。


『ああ、当代のアーサー王に、聖剣の権能。どちらもこれまでワイルドハントで再現されたことは無いものだ』


 通信の先には、濃い疲労の色を残しながらも、何処か上機嫌なギラファの姿。後ろにちらりと見える毛布の塊は蜜希だろうか。


「それに加えて、やけに蜜希ちゃんを狙っていた、と。……わかったわ、私の方で出来る限り調べておく」


『すまないな、アージェ。ああ、そうだ、これは蜜希からの伝言だが、符を使い切ってしまったので代わりの武器か何かを用意してほしい、とのことだ』


「え、アレ全部使い切ったの? 情報は入って来ていたけど、相当な物量だったのね」


『というか、彼女が最前線に出過ぎていただけだがな……。まぁ、報告はそんなところだ』


 アージェは一つ頷き、通信用のディスプレイに笑みを送る。


「蜜希ちゃんの武器に関しては手を廻しておくわ。――それで、ギラファちゃん? まだ報告していない事があるんじゃないかしら?」


『――なんのことだ、特にこれと言って報告することは……』


「蜜希ちゃんと付き合うことになったんでしょう?」


『なぜそれを知っている!?』


 おっと、これは思ったよりも反応が大きい。その事に自分は笑みを深くしつつ、きちんと疑問に答える事とする。


「ふふ、甲板上で抱き合ってたって、常連さんとパーシヴァルから連絡が来てたわよ? それにしても、そんなに動揺するなんて、これは思ってたよりギラファちゃんも蜜希ちゃんに惚れてたって事かしら?」


 ついついからかう様に言葉が口から零れだす。何せこの数百年色恋沙汰とは無縁だったギラファだ、外界に出たばかりの彼を知る自分からすれば、それこそ子供に初めて恋人ができた母親の様な心境になる。


『……そうだな、自覚したのは蜜希に助けられた時だが、まだ出会って数日だというのに、蜜希が傍に居ない事を受け入れがたくなっている自分に気が付いたよ』


 想像以上の激甘空間に一瞬思考が砂糖漬けになるかと思った。


「え? 激甘だけど大丈夫ギラファちゃん? 今まで摂取して来た蜂蜜酒が体内で結晶化でもしたの?」


『新手の体内結石の様にいうのは止めたまえ、尿道から結晶化した糖の塊が出てきたら糖尿病とかいう次元では無いだろう。――確かに自分でも困惑してはいるが、自覚してしまったら誤魔化すことも出来なかろう。』


「あらあら、思わぬ熱さに熱中症になりそうね。けど、彼女が異境の民だっていう事は、忘れないでね、ギラファちゃん」


『……分かっているさ、いくら一緒に居ると誓ったところで、彼女は向こうの生活がある、いずれは離れるしかない』


「え? それに関しては別にギラファちゃんが向こうについていけばいいだけじゃない?」


 しばしの沈黙。まるで通信が処理落ちしたように映像の中のギラファが固まり、たっぷり三十秒ほどたってからようやく返事が返ってきた。


『はあ!?』


 こちらの返答よりも先に、彼がまくし立てるように声を放つ。


『待て待て待て待て、私が地球へ? いや仮にそれが可能だとして、この姿が受け入れられるわけがないだろう!?』


「そんなの、希にお願いして見た目を誤魔化してもらえば済む話じゃない、何も難しいことじゃないわよ?」


 自分の告げた内容に、画面の向こうでギラファが頭を抱える。


「ふふふ、引っかかったわねギラファちゃん、どうせ内心でそういう風に考えてるだろうから、カマかけてあげただけよ?」


『―――――』


「面倒な障害は大抵どうにでもなるわ。だから、貴方は貴方の好きなようにしていいのよ、ギラファちゃん」


『感謝する、アージェ』


「どういたしまして。――ところで、後ろに蜜希ちゃんが見えるけど、まさか告白初日でしちゃったの?」


『していないっ!!』


 叫び声と共に、強引に向こうから通信が切断された。


「ふふふ、ちょっとからかい過ぎたかしら。とにかくこれはお祝いね、希に連絡してワインでも持ってきてもらおうかしら」


 通信礼装をしまい、軽くカウンターの中を歩いて紅茶を注ぎながら、ふいに酒場のテーブルへ視線を向ける。


「そのときは、貴女も一杯付き合う? フィーネ」


 視線の先には、軽く座席に腰かけた女性の姿。


「あれ、もしかして最初から気づかれてましたか?」


 クラシカルなメイド服に身を包み、長い白髪を靡かせ振り向く瞳は、向かって左が黄、右が紫の色を宿したオッドアイ。


「当然、と言うか、貴女が来たら私はどうしたって気が付くわよ」


「繋がりがある、と言うのも考え物ですねアージェ様、ちょっと驚かせようと思ったのですが」


 苦笑する彼女へ紅茶を差し出しながら、自分は向かい合う様に席に着いた。


「それで、わざわざ来たってことは思うところがあるんでしょ? 今回のワイルドハントに」


 まだ熱い紅茶を一口啜り、ほう、と息を吐いてから、フィーネは答える。


「はい、あのワイルドハントには、間違いなく災厄の残滓が関わっています。私の中のそれが共鳴する様に反応しましたから、かなり強力ですね」


 紫の左目を指さしながら告げられたフィーネの言葉は、アージェにとっても予測出来ていた事だった。


「やっぱりね。災厄の性質は『浸食』『解析』『改竄』だもの、現象であるワイルドハントの性質が急に変化したとすれば、その可能性を疑うわよね」


「恐らくですが、災厄の残滓がワイルドハントを浸食し、そこから型を読みいといて聖剣の権能を再現したのではないでしょうか」


「でしょうね。……それで、災厄の専門家としてはどうするつもりかしら?」


 その質問に、フィーネは少し困った様に眉を下げる。


「あーー、最初はギラファ様達に合流しようと思っていたんですが、さっきの話を聞く限り、万が一、希様のお孫様に私の中の災厄が害を与える可能性が出ましたので、おとなしく引っ込んでいようかと……」


「そう、じゃあ悪いのだけれど、蜜希ちゃん達に合流してきてくれるかしら?」


「――――え!?」


 目の前、カップを持った姿勢で硬直するフィーネを見つつ、自分はゆっくりと紅茶を啜る。


「いやいやいやアージェ様!? 私大人しく引っ込むって言いましたよね?」


「ええ、だから『悪いのだけれど』って言ったわよ、フィーネ。ちなみにお願いじゃなくて命令だから、これ」


「あう……わかりました。けど、せめて理由は教えてください?」


「勿論、理由は二つ。まず一つ目は、直接蜜希ちゃんに近づけば、何故災厄が蜜希ちゃんに反応するか分かるかもしれないでしょう?」


「ですが、万が一にも希様のお孫様を害する様な事になっては……んむ?」


 フィーネの言葉に、腰を浮かせて伸ばした指先をその唇に当てる。


「大丈夫、自分の中のソレを抑え込めないあなたじゃないでしょう? それと、希の孫じゃなくて、きちんと蜜希ちゃんって呼びなさい?」


「……そうですね。ではアージェ様、蜜希様達に合流せよという、もう一つの理由は?」


「さっきの話でも出ていたでしょう? 蜜希ちゃんの専用武装、せっかくだから貴女に造ってもらおうと思って、ね? それから、私が彼女に渡した装備も、貴女に一度調整してもらった方がいいと思うのよ」


「……かしこまりました、それが本来の私の役割ですからね、喜んで承ります」


 そう答えると、ゆっくりとした動作でフィーネが席を立つ。


「あら、もう向かうの?」


「はい、何が起こるか分かりませんから、身を守る力は、少しでも早い方がよろしいかと。――では」


 軽くお辞儀をし、フィーネが酒場の出口へ向かおうとした、その時だった。


「連絡見たよアージェ! あのギラファがこんなに早く蜜希とくっ付くとはねぇ! 祝いにワインと秘蔵の大吟醸持ってきたからなんか肴頼むさね!!」


 突然店の奥から空間を抉じ開けて酒瓶抱えた希がエントリーして来た。


「…………」


「お、なんだいフィーネもいるんさね? こいつは久々にうまい酒が飲めるさねえ、ほらそんな所に突っ立てないで座んな座んな!」


「もう、来るならそう言いなさいよ希。肴なら作り置きの物が冷蔵室に入ってるから、好きなの持ってきなさい」


 はいさねーと言いながら厨房に消えていった希に嘆息しつつ、完全に口を開けて固まってしまったフィーネを椅子に座らせる。


「あのー、アージェ様、これって……」


「酒盛り確定ね、出発は明日にして、今夜は楽しみましょう?」


「あ――――、そうですね、お付き合いいたします」


 頷き、希の持ってきた酒を注ぐ器を探しに自分もカウンターへ足を進める。


 今夜は朝まで飲み明かすことになりそうだ。


 

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