第19話 独白



     ●


 最初に出会った時に、古い友人の系譜だと言う事は一目で気が付いた。


 面影のある顔つきに、懐かしい匂いと気配。だが、異世界でいきなり会った相手に、君の親族と知り合いだ等と言われても信じられるわけがない。


 故に、普段、異世界人である異境の民を保護する時と同じ様に接しようと考えた。


 自分の容姿は異境の民からすれば奇異と恐怖の対象だ。いつもは保護した異境の民をアージェに引き渡し次第、速やかに姿を消すのが常だったのだが、彼女の場合は趣が違った。


 まず、自分に対して向ける視線が、明らかに好奇心や憧れといったそれであり、少なくとも嫌悪や忌避とは真逆の物だった。


 その上、街の中を歩く時も、アージェの店を訪ねる時も、まるでその方が安心できるという様に、自分の体に張り付いていた。


 だからだろうか、ついアージェの店で話し込んでいると、彼女は此方の世界に残りたいと言い、いつの間にか自分が護衛を引き受けることになっていた。


 いや、護衛に関しては問題ない。希さんの血縁であれば他人ではないし、それはこの身を持って守るだけの理由ではあるのだから。


 だが、彼女はこの世界に来た初日だというのに酒場で給仕係まで引き受けだしたのだ。

 

 ……希さんも相当楽観的ではあったが……


 彼女の祖母である秋楡・希は、自分のかつての相棒であり、保護者であり、まだ外界に出て間もない自分にギラファと言う名前を付けた張本人でもある。


 ……後で意味を調べたが、ギラファ単体だと動物のキリンという意味だったな……


 なんでも祖父が昆虫学者で、その持っていた図鑑に自分と似た姿の虫が載っていたとのことだが、それもあり、自分にとって希さんは姉と言うか、ある種保護者の様な存在でもあった。


 それゆえに、自分も蜜希に対して保護者の様に接するべきかと思っていた。


 だが、向けられる視線や表情を見れば、彼女がこちらをどう思っているかは何となく察する事が出来る。


 とはいえ、確信に至ったのは、彼女に希さんが小声で、しかし自分の聴力ならば確実に聞こえると理解した上で告げた言葉である。



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「蜜希、ギラファの奴は鈍くない、アンタが本気で惚れたなら、直ぐにそれは伝わる筈さね。だけどアタシの孫だからってことで、まず自分から手は出さないさ」


「だから、好きならアンタからガンガンアプローチしていきな、じゃなきゃギラファは捕まらんさね」



    ●



 正直、こいつは何を言っているんだと思ったのは確かだ。それと同時に、自分等に恋をしても仕方がないだろう、と。


 虫系異族である自分は人と同じ言葉を話し、同じ様に思考することが出来るが、やはり容姿からして早々馴染むものでは無い。


 この世界には同じような種族は、おり、彼等や自分のかつての功績と、戦力としての貢献から邪険にはされないが、やはり、知らぬ人々、特に女性からは多少なりとも敬遠されるのが常だ。


 だというのに、蜜希は真っ直ぐこちらに好意の視線を向けてくる。


 呆れに近しい感情と、それも悪くは無いと思ってしまう感情に戸惑いを感じたのは確かだ。


 それでも、出会って間がないにも程がある、もっと時間をかけて、この感情が何かはっきりさせていけばいいと、そう思っていたのだが――


 

   ●



「ギラファさん、言ったっすよね、何があっても守ってくれるって」


「じゃあ、私が一緒に戦いたいって言っても、守ってくれるっすよね」



   ●



 そう笑って自分を信じる彼女の姿が、とても綺麗だと思ってしまったのだ。


 同時に、どれだけ自分は彼女に強く信じられているのだろう、と。 


 死の危険を前にして、目を逸らさずに前を見続けるだけの信頼。たった一度命を救っただけの存在を、何故そこまで信じられるのか。


 ……だが、極めつけは嵐の王への飛び蹴りだな。


 まさか、自分が助けられるとは思ってもいなかった。しかもあのような突拍子もない手段で、だ。


 礼を告げた後、思わずきつく詰め寄ってしまうくらいには、自分はあの行動に動揺していた。


 『もし君の身に何かあったらどうするのか』と、それだけなら特に問題は無かった。


 だが、その感情が浮かんだ理由が、自分の中で変わっていたのだ。


 姉の様に慕ったかつての相棒の孫だからでは無い、純粋に蜜希が死ぬことを、酷く嫌悪している自分に気が付いたのだ。


 その感情は、かつて希さんの死を思った時よりも強いものかもしれなかった。


 ……まぁ、希さんの場合は純粋に死ぬところが想像できないと言う事もあるが。


 だが、その時に思ってしまったのだ。まだ出会って数日だというのに、自分の中で蜜希の存在はそこまで大きくなってしまったのか、と。


 その上で正面切って告白されたのでは、こちらの完全敗北だ。しかも、自覚したタイミングがほぼ同時と言うのだからいっそ笑えてくる。


 だから、覚悟を決めた。この気持ちが恋や愛であるのかは正直なところ確信は持てていない、だが、自分はこの人とずっと一緒に居たいのだと。


 ……まさか、私が恋人を作ることになるとはな。


 自嘲しながら、自分の腕の中で目を閉じている蜜希に視線を向ける。


 力を籠めれば折れてしまいそうなほどか細い体だが、その芯となる精神は驚くほどに強靭だ。


「ねえ、ギラファさん?」


「何かね? 蜜希」


 瞳を開け、視線を合わせながら、腕の中の彼女が問いかける。


 それは普段の彼女の口調ではなく、きっと、これこそが彼女本来の口調なのだろう言葉で放たれた。


「今、幸いですか?」


 その頬には鮮やかな紅が差し、まるで華の様だと、自分は感じた。


「ああ、幸いだとも」


 返る言葉は、既にいつもの彼女の口調だ。


「ふふ、私も、幸いっす」


 遠く、パーシヴァル達がこちらへやって来るのが見えた。


 せめて彼らが辿り着くまで、今しばらく、この幸いを感じていてもいいだろう。

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