第9話 夕食②
「俺のことも忘れないで。俺、キミたち二年生陣とはお初だけど、こんなに可愛い子と一緒なの緊張がほぐれるのは同じだから」
ちょっとチャラく、でも場をさらに緩くする先輩に、春香が皮肉っぽく笑顔で応答する。
「褒めても何もでませんよ、先輩」
「いや、俺はウソ言わないマジだから」
「ってゆーか先輩、女の子にはみんな可愛いって言ってるでしょ」
「言ってる言ってる、ごめん。でも可愛くない女の子っていないし、マジ俺にとってはみんな天使だから」
「うっわー。言う言う、この人。私は本命の人いるからいいですけど、翠さんは本気にしちゃだめですよ。転校したてで、翠さんは先輩の本性、知らないんですから。あと……」
「あと?」
「先輩はニンジン残しちゃダメです。全部食べてください」
「むぅ」
先輩は皿に残しているニンジンを嫌な目つきで眺めて苦い顔。
翠はアルカイックに目を閉じて無言。
そして先輩が、黙々と少しづつカレーを食べている後輩女子に身体を向ける。
「で。そっちの方の可愛い後輩さんは……?」
「……え?」
セミロングの儚い清楚系後輩さんは、いきなりの話しかけに驚いた様子。春香に対してとは打って変わった丁寧な言葉遣いで話しかける先輩に、戸惑っている表情。
「後輩お嬢さま。お名前は?」
「ええと……。アカリ……です」
「アカリ……さん、ですね」
「はい。渚アカリと申します」
そのアカリさんはうつむいて、イケメン執事を演じている先輩のアタックに恥ずかしいというか、困っているというか。
「お綺麗です、アカリお嬢様。癒されます」
「…………」
「カレーの食し方も、上品で可憐です」
「…………」
アカリの顔がポッと染まる。
「癒されます。お嬢様」
「先輩……」
「で、この後二人で一緒にお茶などいかがですか?」
「困ります……」
「アカリお嬢様」
チャラいと評判の先輩は、あくまで礼儀正しいお付きの様。内向的に見えるアカリさんも、はずかしいけどまんざらでもないという感じの淡い笑みを浮かべている。
「先輩……困ります……。皆さん……見ていらっしゃいます……」
「いえ。お嬢様程の御令嬢を前にしてそんなことで引き下がるわけにはいきません」
「そんな……」
アカリさんは、赤くなった顔を見せられないとうつむく。
「アカリお嬢様」
「…………」
「そのぐらいにしといてやってくれ、竹中。渚が困ってる」
皆の様子を見ながらカレーを頬張っていた泉田先生が一言。その、場をまとめる様な泉田先生の言葉に、先輩もはいはいと素直に引き下がる。
この泉田先生。体育教師ながらがさつな所がなく、決して饒舌というわけではないが、紳士的な応対がクラスの生徒からも好評な好青年担任教師でもある。
その点が、この異質な状況下においても場の雰囲気を落ち着かせる重石的に機能していて、やっぱり一緒に閉じ込められてよかったと思える。先生、ありがとう。
そして、みんなで『ごちそうさま』をして食事を終える。
わいわいと騒ぎながらの夕食会。お腹の減っていた僕ら六人は、甘口のチキンカレーに舌鼓を打って、一同落ち着きを取り戻した。
やはり、こういうある意味追い詰められた状況下では、空腹とか睡眠不足なのは一番の敵になるんだなと、納得する。
よかった。外見は陽キャだったり陰キャだったり、学生だったり大人だったりするけれど、みんないい人だ。
これからもしかしたら困難が待ち構えているかもしれないけど、みんな一緒に協力し合えたらこの危機を乗り越えられる。
そんな雰囲気が場に漂って、みんなを見れば勇気づけられているのがきちんとわかる。
それからあと片付け。
こんどはかなり危なっかしい手つきながら翠も参加しての片付けをみんなでしてから、家庭科準備室から布団を引っ張り出してくる。
時間も夜の十一時を過ぎており、みんな疲れていることもあって活動は睡眠をとって体力を回復してからという事になって、女子三人は隣の教室に移る。
みんなで『おやすみなさい』と挨拶を交わしてから、照明を落とす。
僕もかなり疲れていたから、瞼を閉じるとすぐに眠気が襲ってきて、あっという間に意識が沈んでいった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます