第38.5話 お勉強
「今日の授業は前回のおさらいから始めましょうか。この世界には4つの大陸があると教えたわよね?アレスちゃんとジェイドくんには一つずつ答えてもらいます。それじゃアレスちゃんから」
アレスとジェイドに対しての勉強会。王都から戻ってきてより、オルテシアに追加された仕事、というよりは趣味である。本来侯爵夫人がするような職務ではないが、オルテシアに任されるような事案が現状ない事、教える事が読み書きや簡単な計算である事、そして何よりも、アレスを任せる事の出来る家庭教師の選定が上手くいってない事が一番の原因であった。
候補はいるのだ。掃いて捨てる程に。自薦他薦問わず、国の内外関わらず、アレスの家庭教師に立候補する者達は。にも関わらず未だに決定していないという事は、推して知るべしといった所だろう。
「はい!ぼくたちがいるアンサド大陸です!」
指名されたアレスが元気よく手を上げて答える。
「あっ!ずりぃぞアレスさま!なんでそれを最初に言っちゃうんだよ。おれが言うつもりだったのに!」
従者の割にアレスに対して気安く接するジェイドだが、咎める者はここにはいない。この場が身内の集まりという事もあるし、幼少からきっちり上下関係を叩き込む厳しい躾けは、双方の成長の妨げになるだろうとの判断からである。
「ふふ、前回言った事を覚えていれば難しい問題じゃないでしょう?それじゃジェイドくん、せっかくだし残り3つを答えて貰おうかな?」
「え!?えーっと…あ人がいるスタラブ大陸だろ?じゅう人がいるム…ムニ…ムンディア大陸!あとは…えっと…なんだっけな…モンスターがいるんだっけ?」
「ちがうよジェイドくん、ま族がいるクラード大陸だよ」
「そうだよ、それそれ!なんだよ、今おれが言うつもりだったのに。アレスさまが言っちゃうのかよー」
「はい、二人とも花丸を上げちゃいます。二人が今言った通り、私たちが住んでる世界は4つの大陸と、その中心にあるヤマトから出来ているわ」
「ヤマト!オルテシア先生、ヤマトって勇者レイが作った国なんだよな?じゃなくて、ですよね?」
勇者関連の話題が出た事でジェイドが鼻息荒く質問する。勇者レイは子供達の間では大人気なのである。
「そうね、正確には国という訳ではないのだけれど、似たようなものよ」
「すげえよなぁ、国を作るなんて!でもアレスさまも勇者なんだから、大きくなったら国を作るんだろ?その時はおれも一緒にてつだうからな!」
「う~ん、そんなこと考えたこともないよ。みんなはぼくを勇者なんて言ってるけど、ぼくはじぶんが勇者だなんて思ったことはないよ?それに…ぼくなんかよりよっぽど兄さんの方がそうじゃないかな?」
「そんなことねえよ!いきなりなぐってくるやつが勇者なわけないだろ!」
「なぐった兄さんも悪いけどさ、マルシェラさんのしっぽをいきなりさわろうとしたジェイドくんも悪いんじゃないかな?さいしょにさわってもいいですかって聞いてればなぐられなかったと思うよ」
「たしかにそうだけどよ…でもあんなボコボコになぐらなくてもいいだろ。あの後おやじにもゲンコツされて怒られたんだぜ?」
わいわいと授業内容を逸れて盛り上がるアレスとジェイドを微笑ましく見つめるオルテシア。授業と言っても半分は遊びで暇つぶしの様なものである為、叱ったりはしない。のびのびと健やかに育ってくれればそれで良いのだ。
それにしても…と、オルテシアの意識は目の前の喧騒から離れ、この場にいないもう一人の息子の事へと飛んだ。カティス・イストネル。とても不思議な子だと思う。
産まれて間もなく魔力暴走という災禍に見舞われるも奇跡の生還を果たすも、5歳時の祝福の儀では前代未聞の祝福なしという不幸に再度見舞われる。勇者の再来と持て囃されているアレスちゃんの5年と比べると、可哀想なほどの不幸に見舞われているのがカティスだ。それこそカティスの運や才能といった何もかもが、アレスちゃんに持っていかれてしまったのではないかと勘ぐってしまう程には。
にも関わらず、カティスはいっそ不気味なほどに手の掛からない子どもであった。アレスちゃんに嫉妬するでもなく、無茶な我儘を言うでもなく、自身の境遇を嘆くでもなく日々を淡々として生きる。まだ5歳の子供にして、その精神性は大人といっても差し支えない、むしろ枯れているのでは?そう思えてしまうのは、カティスの言動が子供のそれではない事と無関係ではないだろう。
賢い子だろうと常々思っていた。夫とは祝福などなくてもあれほど賢ければ問題ないと安心していたけれど。王都に行く事が決まってからだろうか、あの時から何かが狂い始めたような―――
「奥様、授業中の所申し訳ありません、至急お耳に入れるべき内容が」
不意に聞こえたセバスの言葉が、私の思考を中断した。
「セバス?珍しいわね。貴方がこの時間にここに来るなんて」
「あ!ししょー!!」
セバスに気付いたジェイドが声を上げる。アレスには柔和な、ジェイドには戒めを籠めた視線を一瞬飛ばした後、アレスやジェイドに聞こえないよう声を潜めてオルテシアにここに来た内容を伝えた。
「はい。緊急の案件で御座います。旦那様の執務室にカティス坊ちゃまが訪ねて来られまして。どうやら旦那様から外出の許可を貰おうとしているようでございます」
外出の許可?そんなものわざわざ許可を取らなくても、街に行きたいと言ってくれれば一緒にお出かけしてあげるのに…でもセバスがわざわざ伝えに来たという事は、単なる外出の許可ではない可能性が高いわね。
「そう。貴方が言うのなら急いだほうが良いわね。アレスちゃんとジェイドくんは任せます」
王都から戻って以降、使用人達にはアレスとカティス、特にカティスに関しては、普段と違う言動があれば些細な事でも即報告するよう厳命されていた。王都でのやらかしを考えた場合、当然の措置である。
「畏まりました。急がれた方がよろしいかと。私が思うに旦那様では手に負いかねます」
セバスの発言に引っかかりを覚えるも、問い正している暇はない。この様子だと本当に急いだほうが良いだろう。
「アレスちゃん、ジェイドくん。少し用事が出来ましたので、この後のお勉強はセバスに引き継ぎます。セバス、お願いしますね」
「お任せ下さい奥様」
「おー!ししょーが教えてくれるなんて珍しいな!!」
「それではさっそく勉強の続きを始めましょう。ジェイド、君の大好きなマナーの勉強をね」
「ぎゃー!!」
子供達の賑やかな声を後に、私は執務室へと急いだ。一体あの子は何をしようとしているのかしら。というかシグが手に負えないって一体どういう事かしら?
どけ!!俺は転生者だぞ!! はいぺりごん @MicArtur
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