第33話  言って良い事悪い事

「似非の女郎…この人がですか!?」


 流石にまともに勉強していないカティスでも、永世の上王、エリン・リエル様の事は知っていたようだ。顔を赤らめて非常に驚いた顔をしている。かつて人魔大戦において、窮地に追い込まれた我々人族を救うために現れた救世主、勇者レイ・アスターの師匠にして、人と亜人が手を組むきっかけともなった、我ら人族を永きに渡り護り導いて下さっている尊き御方。この国の歴史を学ぶ時、最初に知るのがエリン・リエル上王陛下だ。


 しかしこうして間近でエリン様とお会いし、ましてや会話出来る機会など、王城に住んででもいなければ滅多にないだろう。住んでいた所でこちらから声を掛ける等もっての外だが。私もその御尊顔をここまで近くで拝見するのは3回目だ。とはいえその顔を一度見れば、一度声を聞けば二度と忘れる事など出来ようはずもない。


 初めてエリン様を遠目に拝見し、その玉音を聞いた時は、その美しさに淡い恋心を抱いたものだ。少しでも良い所を見せようと、知ってもらおうと勉学に奮起したのは良い思い出だ。その結果シアと出会い、心を射止める一助となったと思えばエリン様には感謝しかないな。


「父上…お聞きしたい事があるのですが」


 何時になく、今まで見た事もない真剣な表情で私に話しかけるカティス。ふ…突拍子もない事をしでかすカティスも、こう言う反応を見るとやはり年相応の男の子だな。お前の気持ちは良く分かるぞ。なにせ私も、いや、エタニアルに住み幼少期にエリン様を見かけた男なら誰もが一度は通る道だ。


 エリン様への初恋。とはいえそれが成就した者など一人たりともいないがな。この国について学ぶほどエリン様の偉大さを知り、成長するにつれて、エリン様との立場の違いや身分の違い、そして何よりも…ウッ、何だこの悪寒は!?


 しかしこのカティスの反応、これを上手く誘導すれば嫌っている勉強にも精を出すかもしれんな。初恋を利用するのは少々気が引けるが、カティスの為にもなる事だからな。


「なんだ?」


「父上は…妻にしているのは母上一人…ですよね?」


  なぜ今ここでシアの事を?…そうか、私がどうやってシアと結ばれたのかを知りたいのか。そしてそれを参考にエリン様にアタックする気だな?成程確かに私がシアと結ばれた話は大いに参考になるだろう。だが今のお前が真似た所でエリン様に与える印象はマイナスどころか致命的になると知れ。お前にはまだ早い。


「勿論そうだ。だがカティス、お前が


「はぁ…父上には失望しました」


 深いため息と共に私に向けられた視線、それを見た私の背筋に冷たいものが走る。カティスのこの目…これは王城で貴族達に向けた時と同質の目だ。何故そんな目で私を見るのだ。


「な、何故だ?なにも私はお前に協力しないと言っているわけではない!」


「僕は、父上は誠実な人だと今この時まで思っていました」


「勿論だ。私は相手が誰だろうと常に誠実であろうと心掛けている」


「そうでしょう。なにせ王城で僕が盛大にやらかした時でさえ、僕を叱るよりもまず自身に非がある事を認め、謝罪されるくらいです。いくら家族だからと言って、あれだけ大勢の貴族の前で5歳児に頭を下げる等、生半な覚悟で出来る者ではありません」


「王城で盛大にやらかし?シグナス、一体何があったんじゃ?」


「エリン様、そ、それは…」


「ちょっと黙っててもらえますか?今凄く大事な事を話してるんで。でですね。そんな誠実なはずの父上が、一体なんでこんな惨い仕打ちをされてるんですか?」


 惨い?いや、確かにカティスには悪いと思っているが、だがそれは今なにも努力をしていないお前が試した所でなにもエリン様には響かないが故だ。お前がアレスの様に真面目に勉強していれば私もこの場で喜んでお前の手助けをしただろう。


「だが、それはお前の事を思ってだな…」


「僕の事はどうでもいいんですよ。ここで一番問題になるのはアレスです。領地を持つ貴族にとって一番重要なのは何ですか?任された領地を発展させる事でしょうか。外敵から領民と財産を守る事でしょうか。どちらも大事ですがそれは出来る部下に任せれば済む話です。貴族にとって一番重要なのは、僕は次代に血を繋ぐことだと思うのですが。良血であればある程、それが続けば続くほどに血筋は安心と信頼の担保となりえます。そうですよね?」


「お前の言っている事は正しい。だがそれが今この場で、アレスとどう繋がるのだ」

 

「アレスは将来イストネル侯爵を継ぐ身。加えて勇者の再来と持て囃されています。今、世間の耳目はイストネル領に集まっていると言っても過言ではありません。いえ、正確にはアレスとその両親にです。勇者の再来と呼ばれるアレスと、それを産んだ親、平民貴族関係なく、世間はさぞかし注目しているでしょうね。隙あらば、いやなくともイストネルと何かしらの縁を結びたいと考える程度には」


「そうだな…お前のその懸念は否定しない。実際、まだ5歳にも関わらず、アレスとの縁談を希望する書状がひっきりなしに舞い込んでくる。はっきりと断りを入れても手を替え品を替えてだ。とはいえアレスばかりにではないぞ。当然お前にもそういった話はきている。だがな、私はお前達に無理強いするつもりは一切ない。お前達には私のように愛する人は自分の手で見つけてもらいたいと思っているからな」


「そう、僕が心配しているのは正にそこですよ父上。自由恋愛大いに結構。誰だって好きでもない相手と結婚したいとは思いません。ですが父上、アレスだけは別です。愛した一人だけと添い遂げる事は許されない。平民の娘を選べば嫉妬した貴族辺りに殺されるでしょう。どこかの貴族令嬢を選べば、その敵対派閥や、やはり嫉妬した貴族辺りに殺されるでしょう。同じ人族を選べばエルフや獣人が黙っていないでしょう。なにせ世界を救った勇者の再来なのです。あちらを立てればこちらが立たず。下手をすれば、アレスは悪くないのにアレスの嫁枠争奪のせいで世界大戦勃発です。アレスの恋愛に関して、選べるのは全て選ぶか全て捨てるか、二つに一つなのです」


「それは流石に大げさすぎる気もするが…いや、あり得るのか?」


「ですから困るんですよね。アレスが変な性癖を持ったりすると」


「…ん?」


「極端な話、アレスが誰彼構わず見境なく女性に手を出すような屑になると、それこそアレスのせいで世界大戦が勃発するわけです。同年代の独身女性と同意の上ならともかく、強引に迫ったり、他人の婚約者を寝とったり、人妻や幼女に手を出す様になったら、それこそこの世から秩序は消えてなくなるでしょう。であるからこそ、アレスには将来に向けて女性を見る目と誠実さを養ってもらわなければならないわけですが」


「確かに女性に誠実であるのは大事な事だ」


「その誠実さを教える役目は、父上と母上が適任だったはずなのですが…よりによって、自身を誠実などとのたまう父上にはほとほと呆れ果てました。どの口で誠実などと言っているのですか?真昼間から娼婦を家に連れ込んで、あまつさえ家中を巻き込んで女王様プレイをするような人の何処に誠実さがあるんですか!!」


「待て待て待て!!お前は一体何を言っている!?そんなおかしい事を俺は一切していない!!そもそも娼婦など何処にいるというのだ!!」


「いるじゃないですかそこに!女郎って言ったのは父上でしょう!!確かにこのエルフの女性は美人さんです。絶世と言っても過言ではないです。父上が惚れるのも無理はないとも思います。ですが見てください。この寸胴な体、子供並みの身長、見事なまでのまな板、女性らしさが欠片もない幼児体形を!どこからどうみても10歳かそこらの子どもですよ!!確かに見た目だけは凄まじく美人さんですが、それも性的な感じは微塵もなくて、絵画や芸術的な美しさでしょう?そんな見た目子どもに性的興奮を覚え、母上がいるにも関わらず家に堂々と連れ込み、主従逆転の女王様プレイを要求するとか、それのどこに誠実さがあるというんですか!!」


「――――――――」


「別に浮気が駄目とか言ってるわけじゃないんですよ?貴族なんだから一夫多妻はそこまで問題ではないでしょうし。ロリコンは不治の病ですから治せとも言いません。ただね、誠実と言うのなら、父上にはやる事があるんじゃないですか?女王様プレイなんてする前に、母上に頭を下げてこのロリエルフを紹介して、責任を取って第二夫人に迎えるべきじゃないんですか?そうすれば将来的なアレスの負担も幾分か減ると思いますし。新しく子どもが生まれれば妥協してそっちを狙う人も出て来るかもですし。今の父上を見てアレスが育った場合、将来どんなことになるのか恐ろしくて考えたくもありませんよ。まあでも流石にロリコン趣味はこのロリエルフで打ち止めにして欲しいですね。見た目的には文句ないどころか大当たりなので十分でしょう?アレスが性癖を拗らせて、NTRや小さい女の子にしか興味を持てなくなったりしたらそれこそ大変ですからね」


「――――――――」


「どうしました父上。さっきから黙ってばかりじゃないですか。確かに正論すぎて耳が痛いかもしれませんが、これも父上やアレスを思っての事なんですから。そもそも悪いのは父上でしょう?自分のやった事の責任はちゃんと取らないと駄目ですよ」


 ポンと肩が叩かれた。くるっと後ろを振り向くと満面の笑顔を浮かべたのじゃロリエルフがいた。そうかそうか、そんなに嬉しいか。別に俺に感謝しなくても構わないぞ。俺は当然の事をしたまでだからな。でもそこまで感謝してくれてるなら俺の外出許可取るのに協力してくれると嬉しいんだが。


「自分の、やった事の、責任は、ちゃんと、取る。良い、言葉じゃの?」


「人として当然の事ですよ。そういえばあなたの名前なんでしたっけ?とりあえず母上…は被っちゃいますね。義母様とでも呼べばいいですか?まあ、後5年もしたら僕の妹に間違えられるかもしれませんけど!!あ、それは今もですかね?ふふふ」


 ふふん!フレンドリーな対応で義母との仲も良好アピールだ!!心配しなくても俺がしっかり母上との仲を取り持ってやるから安心しろよな!というかマルシェラと朱璃ちゃんどこ行った?俺の後ろにいたはずなんだが…ん?なんで部屋の隅っこで蹲ってガクブルしてるんだ?二人とも耳がへにゃんとして尻尾がピンと立ってぞわぞわしてるの面白いな。今すぐもふもふしてー。


「ふ…ふふふ…あははは…ハハハハハッ!!!―――――ここまで…ここまで虚仮にされたのは、レイ以来…いえ、千年以上生きて来て初めてだわ!!!誰が…誰が寸胴まな板幼児体形だぁぁぁぁあああアアアアッッ!!!!!」


 あれ?俺なんかやっちゃいました?

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