第79話

 ガタンゴトンカランコロンと馬車の車輪が石畳を弾きながら進んでいく。

 馬車は全部で5台と隊列をを組んでおり、旅団のような様相を呈していた。

 王都からウルス砦までは途中途中で地肌が出ることもあるが、ほとんどが石畳で舗装された綺麗な街道があり、大きな揺れもなくのんびりとした馬車の旅を味わっていた。

 だがそれももうそろそろ限界だ。

 地面に降りるのは馬の休憩か夜のキャンプのみ。

 それ以外はひたすらパカラパカラと運ばれていくだけ。

 出来る限りの暇つぶしもやり飽きてしまい、外を眺めるくらいしかすることはなくなっていった。


「はぁ……のどかだねぇ……」

 

「のどかだなぁ」


 一面に広がる草原を見渡しながら、感嘆のため息交じりに呟いたリドの言葉にエマも眠そうな声で同意する。

 城門を出てから二日。最初は馬車の揺れに酔って介抱されていたリドだが、二日も続けばいい加減に慣れる。

 

 道中何度か村を通り過ぎたが、それ以外で景色が大きく変わることは無い。

 馬車の中から見える景色は目に刺さるほど青々しい草原と、同じく青い空だけ。

 

 少し遠くにまだ雪が少し積もっている山々が見えるが、ちょうど沿うように走っているからか一向に近づく様子はない。

 時間を潰そうにも何も持ってきていないリド達にやれることはなくなり、暇を持て余していた。

 

 一日目に移動中、それぞれ武器の手入れを終わらせてしまっているから手持ち無沙汰。いい加減退屈に殺されそうなほどに。


『おーい! ウルス砦が見えてきたぞぉ!』


 そんなことを思った時、先方の馬車を操る御者から大声が聞こえて来て体を伸ばす。

 窓から前方を除けば、石造りの山のようやものが見える。

 

「やっとかよ。このまま永遠揺られ続けるのかと思って絶望しかけてたところだ」

 

「移動などこんなものだと言ってしまえばそれまでだが、先月の騎士団戦での移動は短かったからな。リドにとっては初の長旅で疲れたろう」

 

「よく分かってんじゃねぇか。もっと近場にしろっつの」


 再度溜め息を吐いて腰の剣【ベル・メテオ】の刀身を鞘から覗かせる。

 淡く輝き、陰ることのない刀身は聖剣にふさわしい威容を放っている。


「魔物、か……」


 魔物との戦闘を経験したことが無い。

 過去に一度、スラムの地下に巣くっていた異形の物を魔物と呼ぶのならば戦闘経験はあるが、相当に強かったことを覚えている。

 攻撃が見えない速度で飛んでくるし、タフな生き物ばかりだった。

 根っからの戦闘狂であるリドにとって強敵というのは打ち倒せば自身の誇りとなる。

 配属先が魔物討伐隊だということもあり、少しだけワクワクしていた。

 子供の頃とはいえ、当時は死を覚悟したほどの強敵たちが、どんな屈強な騎士達によって倒されているのか想像すれば楽しみで身が震える想いだった。


 

 やがて馬車が停車すると御者のおっさんの指示で降車を命じられた。

 首を回していると、砦の方から鎧を着た女性が歩いてくるのが見える。

 足を止めると同時に「整列っ!」とエマが声を張り上げて、生徒たちは規則正しく列を作った。

 その様子を見て女性の騎士は満足そうに一度頷いた後、自身も背筋を正した。


「ルイ・カルメン学園の生徒諸君。長旅ご苦労だった。私は君たちの教官を務めさせてもらうレイス・キルロス中尉だ。ひと月という短い期間だがよろしく頼む」


 生徒たちを見渡し、レイスは長髪を翻しながらそう言った。


「美しいね……」


 その様子を見て満足げなモーリスが指パッチンをするように上着のボタンを一つ外した。

 それが聞こえていたのか、レイスはモーリスに近寄っていき、息がかかるほどの距離に顔を突き出した。


「はえっ?」


 モーリスがアホな声を出した瞬間、レイスは眉を吊り上げた鬼のような形相で彼の胸を人差し指で指す。


「貴様、今誰の許可でボタンを勝手に外した?」

 

「??」


 貴女が何言ってるかわかりません、と言った様子でモーリスが首を傾げるが、数秒経過したところで「あぁ!」と意味が理解できたように声を出す。


「おっと失礼、レディー。ボクは調子がいいと無性にボタンを外したくなるんです」

 

「――ふざけるなっ!!」

 

「おぷすぅッッ!?」


 耳に突き刺さるような怒号と同時に鈍く刺さるボディーブローを貰ったモーリスは地面に崩れ落ちた。


「風紀が乱れるっ! それでもペイジか貴様っ!」


 エマやジェシカは必死に揺れる肩と笑い声を抑える。

 よく考えなくても当然である。

 色物揃いの【フラム・サクレ騎士団】の中では、モーリスの奇行はそう目立たないが、街中で上半身を脱げば普通に衛兵沙汰だ。

 怒られるのは尤もであり、擁護のしようはない。


「いいか貴様ら、今後砦内で風紀を乱す行為をした者には容赦なく体罰を加える。貴様らは今や生徒ではなく、この砦のいち兵士にすぎん。肝に銘じておけっ!」

 

『はいっ!!』


 勢いよく返事をし、ピシッと背筋を伸ばす生徒達。

 際物を除けばよく訓練されている、とレイスは一度薄い笑みを浮かべて頷きながら、今度はエマを見る。


「ふむ、貴様には見覚えがあるぞ。件の騎士団戦で副団長をやっていたトリエテス参謀の娘か」

 

「はっ! エマ・トリエテスと申します!」


 胸の前で拳を握り、エマはレイスに返事をする。


「名前など聞いていない。大体、あの戦いを私は認めていない。たかが学生数名が他国の騎士団に勝つなど不可能。出来レースだったのだろう? ん??」


 本当のことを話せ、とレイスはエマの目を睨む。


「いえ、あの戦いの結果には思想も思惑も存在しません」

 

「どうかな? 事実、そこのモーリス・ベーガーは私の一撃で地面に伏せったようだが?」


 未だに地面に沈んで涙を流しながらぴくぴくと震えているモーリスを見て、レイスは鼻で笑う。


「この程度の人間がアミリット騎士団の精鋭を6人撃破などおかしな話だ」

 

「……お詳しいのですね」

 

「なっ!?」


 エマの言葉にレイスは顔を赤くする。


「じ、自国の戦だ! 当然だろう! 大体、あの戦いは国内外問わず放映されていたから、知っていて何が悪い!!」


 言い訳するようにレイスは捲し立てる。


「でも、そうですね。確かに私達はまだまだ若輩の身。ですが……モーリス、いい加減立ち上がれ。みっともないぞ」

 

「――ハハッ、バレてたかっ! 笑えたかい? 二日馬車に囚われていたからねっ! 避けられなかったよっ!」


 やせ我慢でもなんでもなく、モーリスは清々しい笑みを浮かべている。

 ボディーブローを貰ったところには負傷の痕跡は残っていなかった。

 もしかしたら彼なりの一発芸のつもりだったのかもしれない。


「ともかく失礼いたしましたレディー、いやレディー教官っ! これからご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いしますっ!」

 

「……なっ!?」


 全力で殴ったにも関わらず、モーリスのピンピンした様子に目を見開く。


「私からも、失礼いたしましたレイス教官。見ての通りこの男はバカですが、その中でも愛すべきバカです。そして我々の大切な仲間です。侮辱するのは控えていただけませんか?」

 

「……チッ!」


 新兵しごきのつもりでレイスは話題性のあるモーリスやエマの出鼻を挫こうと思ったのだろうが、見事失敗に終わる。


「流石です主席」


 ジェシカが小声でエマに話しかける。


「いや、本来ならこんなことは言わないが……私が言っておかなければ、アイツが黙っていないだろうからな」

 

 あくまで今の無礼はレイス教官を思ってのことだ、とエマは言外に口にする。

 恐らくモーリスやエマが何も言わなければ、我らが騎士団長様は一発どぎついのをかますだろう。

 その様子が容易に想像できてしまい、苦笑いを浮かべる。エマは件の『あいつ』に視線を向けようとするが、そこで初めて姿が見当たらないことに気が付いた。


「む? おい、ジェシカ。リドを見たか?」

 

「え? いえ、見てませんが……主席と同じ馬車だったのですよね?」


 ジェシカも風紀を乱さない程度に周囲を見渡すが、リドの姿は見当たらない。

 ココやセシリアはちゃんと並んでいるが、リドだけが居ない。

 まさか……と確信を含んだエマが眉根を寄せるのとレイスがリド不在に気が付くのは同時だった。


「おい。リド・エディッサはどこだ?」

 

『…………』


 その言葉だけでなんとなく事情を理解できた面々は顔を背ける。

 到着10分で脱柵。

 エルセレム王国騎士 バカ代表の新記録更新だった。

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